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4 聖人候補の領地経営
714 適任者
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714
相変わらず、瞑想するように目を閉じたまま、グッケンス博士は言う。
「メイロード、わかっているか? ドールがお前の能力を聞きたいというのは、お前にとてつもなく危険な何かをさせようとしておるということだぞ。お前にしかできないというのはそういうことだとわかっているか?」
もちろん、それはわかっている。ドール参謀は私が日常接しているみんな以外では、おそらく、もっとも私の力について興味を持っていて、よく知っている人物なのだ。だが同時に、時々茶目っ気を出して私を試そうとしたりはするものの、いままでドール参謀は私が自分の能力を隠そうとしていることを理解して、決して表立って追求したりはしなかったし、ごく普通の子供に対するように接してくれてきてもいる。
そのドール参謀がそこまでいうということは、ドール参謀の想像する私の能力が、この事件解決の鍵ということなのだろう。
それに魔術師の奴隷化という恐ろしい事態の解明と収拾のためだというなら、私にだって大いに関係はある。できることならば協力は惜しまないつもりだ。
「〝私でなければ〟という理由、お聞かせください」
グッケンス博士はため息をついているが、これは私の大事なお師匠様であるグッケンス博士を守るためでもある。心配はわかるが、事態が打開できるならば多少の危険も覚悟の上だ。
「ありがとう、メイロード」
真剣な顔で私に礼を言いながら、ドール参謀はすべての部下も部屋から下がらせた。
「少ない情報の断片をつなぎ合わせることで、ひとつの可能性が浮上した。この作戦がうまくいけば〝孤児院〟の場所が掴めるはずだ。だが、それにはどうしても高い魔法力を持つ〝子供〟が必要なのだ」
盗賊のひとりがつけていた記録には、メモ書きのような記載があった。それは
〝魔法の素質の高い子供と交換なら大幅に値引きする〟
という交渉が、サンクたちを売った男との間にあったという記述だった。
「呆れた。子供を誘拐してくればその子を値引きの材料にするっていうんですか! 最悪な交渉ですね」
「盗賊たちももちろん値引きを望んだが、そんな都合の良い子供をさらうなど、国中を逃げ回っていた奴らにできるはずもなく、結局言い値を支払ったわけだ。だが、ここに〝孤児院〟の本音が見える」
ドール参謀は、トルルの妹がさらわれた事件の誘拐団は、この〝孤児院〟とつながっているのではないかと考えていた。あの事件では、魔術師で構成された誘拐団の男たちは、ひとりを残して全員自決した。かろうじて生き残った男には厳しい取り調べが行われたのだが、その中でも男の口は硬く閉ざされ、無理に喋らせようとすると自死に走るため、魔法薬を飲ませることもできない状況だったそうだ。
その中でも〝孤児院〟〝聖戦士〟というキーワードだけは引き出すことができたらしい。
「それは……ふたつの事件がつながっていると考えられる言葉ですね」
「ああ、しかもあの事件で多くの魔術師を失った誘拐団は、警戒しているのか、その後シド帝国内ではまったく活動している様子がない」
参謀の言葉に、私は冷静にこう返した。
「つまり誘拐をしていた〝孤児院〟は、いま商品の入手が難しい状況にあり、仕入れをするために躍起になっている可能性が高い、ということですね」
私の物言いを聞きながら、少しだけシニカルな笑顔をしたドール参謀がうなずく。
「その通りだよメイロード。いままで慎重に自分たちだけで仕入れを行ってきた奴らだが、なりふり構わなくなってきている様子が感じられる。
言い方としては失礼だが、あの三人の魔術師が、さながら不良在庫を処分するかのように秘密が漏れる可能性のある得体の知れない市井の人間に売り払われたことも、これまでの慎重さからすればおかしいのだ。
商売が成り立たずに追い詰められつつある〝孤児院〟が危険な賭けに出ざるをえなくなっているとも考えられるが、それ以上に質の高い商品を手に入れるためならなりふりをかまってはいられなくなってきている、と私は考えている」
(ああ、わかった。そういうことか)
ドール参謀が必要としているのは、〝孤児院〟が喉から手が出るほど欲しい質の高い商品である〝高い魔法力を持つ子供〟なのだ。しかも、敵陣の中にあっても、彼らに取り込まれず、それに対抗できるだけの魔法を習得した特殊な子供でなければならない。
私はしばらく考えを巡らせた後、ちょっと困った顔をしてグッケンス博士の方を向いた。
「博士……どう考えても私以外に適任者がいません。どうしましょう?」
「……」
グッケンス博士はこめかみをピクッとさせているが、博士自身もこんな特殊な子供をシドのどこで探せばいいかアイディアはないだろう。
自分で言っていて悲しいが、発育の良いこの世界の子供たちの中では私はとても小さい。散々背が伸びたとか、大きくなってきたとか言ってきたが、非常に不本意だが、おそらくまだ十歳でも通用するだろう。
子供の見た目と高すぎる魔法力とグッケンス博士仕込みの魔法知識、そう、私しかいないのだ。
(実際はそれ以上に色々できるしね)
「もちろん、我々もあらゆる作戦を検討し、子供役の人選も試みてはいるが、ことは急を要す上に、これはただの囮捜査とは違うのだ」
ドール参謀は、この事件には複雑な背景があると確信しているらしく、絶対に失敗は許されないとも言った。
「この捜査は〝孤児院〟の場所を突き止めて終わりではない。少なくとも、奴らの本拠地の規模と背景をある程度把握する必要がある。〝孤児院〟の場所がシド国内でない可能性も高い。そうなると、国家間での交渉も必要となるだろう。情報は多ければ多いほどいいのだ」
サンクたちからの聞き取りによれば、高い才能と能力を認められた子供たちの〝孤児院〟での待遇は破格で、自由度も非常に高い。潜入捜査を円滑に進めるためにも、実力を認められるほどの優等生であることが絶対条件なのだ。しかも(これはドール参謀は知らないが)、私には《無限回廊の扉》がある。
幽閉されているはずの〝孤児院〟からだって、いつでも逃げ出せるのだ。
「やっぱり、私しかいないですよ……どう考えてもそうですよね、博士」
私の言葉に肩を揺らして大きくため息をついた博士は目を見開いた。
「ドール、できる限りの協力はしてやる。今後の作戦を説明しなさい。早く決着をつけねば、わしは安心できそうもないぞ」
相変わらず、瞑想するように目を閉じたまま、グッケンス博士は言う。
「メイロード、わかっているか? ドールがお前の能力を聞きたいというのは、お前にとてつもなく危険な何かをさせようとしておるということだぞ。お前にしかできないというのはそういうことだとわかっているか?」
もちろん、それはわかっている。ドール参謀は私が日常接しているみんな以外では、おそらく、もっとも私の力について興味を持っていて、よく知っている人物なのだ。だが同時に、時々茶目っ気を出して私を試そうとしたりはするものの、いままでドール参謀は私が自分の能力を隠そうとしていることを理解して、決して表立って追求したりはしなかったし、ごく普通の子供に対するように接してくれてきてもいる。
そのドール参謀がそこまでいうということは、ドール参謀の想像する私の能力が、この事件解決の鍵ということなのだろう。
それに魔術師の奴隷化という恐ろしい事態の解明と収拾のためだというなら、私にだって大いに関係はある。できることならば協力は惜しまないつもりだ。
「〝私でなければ〟という理由、お聞かせください」
グッケンス博士はため息をついているが、これは私の大事なお師匠様であるグッケンス博士を守るためでもある。心配はわかるが、事態が打開できるならば多少の危険も覚悟の上だ。
「ありがとう、メイロード」
真剣な顔で私に礼を言いながら、ドール参謀はすべての部下も部屋から下がらせた。
「少ない情報の断片をつなぎ合わせることで、ひとつの可能性が浮上した。この作戦がうまくいけば〝孤児院〟の場所が掴めるはずだ。だが、それにはどうしても高い魔法力を持つ〝子供〟が必要なのだ」
盗賊のひとりがつけていた記録には、メモ書きのような記載があった。それは
〝魔法の素質の高い子供と交換なら大幅に値引きする〟
という交渉が、サンクたちを売った男との間にあったという記述だった。
「呆れた。子供を誘拐してくればその子を値引きの材料にするっていうんですか! 最悪な交渉ですね」
「盗賊たちももちろん値引きを望んだが、そんな都合の良い子供をさらうなど、国中を逃げ回っていた奴らにできるはずもなく、結局言い値を支払ったわけだ。だが、ここに〝孤児院〟の本音が見える」
ドール参謀は、トルルの妹がさらわれた事件の誘拐団は、この〝孤児院〟とつながっているのではないかと考えていた。あの事件では、魔術師で構成された誘拐団の男たちは、ひとりを残して全員自決した。かろうじて生き残った男には厳しい取り調べが行われたのだが、その中でも男の口は硬く閉ざされ、無理に喋らせようとすると自死に走るため、魔法薬を飲ませることもできない状況だったそうだ。
その中でも〝孤児院〟〝聖戦士〟というキーワードだけは引き出すことができたらしい。
「それは……ふたつの事件がつながっていると考えられる言葉ですね」
「ああ、しかもあの事件で多くの魔術師を失った誘拐団は、警戒しているのか、その後シド帝国内ではまったく活動している様子がない」
参謀の言葉に、私は冷静にこう返した。
「つまり誘拐をしていた〝孤児院〟は、いま商品の入手が難しい状況にあり、仕入れをするために躍起になっている可能性が高い、ということですね」
私の物言いを聞きながら、少しだけシニカルな笑顔をしたドール参謀がうなずく。
「その通りだよメイロード。いままで慎重に自分たちだけで仕入れを行ってきた奴らだが、なりふり構わなくなってきている様子が感じられる。
言い方としては失礼だが、あの三人の魔術師が、さながら不良在庫を処分するかのように秘密が漏れる可能性のある得体の知れない市井の人間に売り払われたことも、これまでの慎重さからすればおかしいのだ。
商売が成り立たずに追い詰められつつある〝孤児院〟が危険な賭けに出ざるをえなくなっているとも考えられるが、それ以上に質の高い商品を手に入れるためならなりふりをかまってはいられなくなってきている、と私は考えている」
(ああ、わかった。そういうことか)
ドール参謀が必要としているのは、〝孤児院〟が喉から手が出るほど欲しい質の高い商品である〝高い魔法力を持つ子供〟なのだ。しかも、敵陣の中にあっても、彼らに取り込まれず、それに対抗できるだけの魔法を習得した特殊な子供でなければならない。
私はしばらく考えを巡らせた後、ちょっと困った顔をしてグッケンス博士の方を向いた。
「博士……どう考えても私以外に適任者がいません。どうしましょう?」
「……」
グッケンス博士はこめかみをピクッとさせているが、博士自身もこんな特殊な子供をシドのどこで探せばいいかアイディアはないだろう。
自分で言っていて悲しいが、発育の良いこの世界の子供たちの中では私はとても小さい。散々背が伸びたとか、大きくなってきたとか言ってきたが、非常に不本意だが、おそらくまだ十歳でも通用するだろう。
子供の見た目と高すぎる魔法力とグッケンス博士仕込みの魔法知識、そう、私しかいないのだ。
(実際はそれ以上に色々できるしね)
「もちろん、我々もあらゆる作戦を検討し、子供役の人選も試みてはいるが、ことは急を要す上に、これはただの囮捜査とは違うのだ」
ドール参謀は、この事件には複雑な背景があると確信しているらしく、絶対に失敗は許されないとも言った。
「この捜査は〝孤児院〟の場所を突き止めて終わりではない。少なくとも、奴らの本拠地の規模と背景をある程度把握する必要がある。〝孤児院〟の場所がシド国内でない可能性も高い。そうなると、国家間での交渉も必要となるだろう。情報は多ければ多いほどいいのだ」
サンクたちからの聞き取りによれば、高い才能と能力を認められた子供たちの〝孤児院〟での待遇は破格で、自由度も非常に高い。潜入捜査を円滑に進めるためにも、実力を認められるほどの優等生であることが絶対条件なのだ。しかも(これはドール参謀は知らないが)、私には《無限回廊の扉》がある。
幽閉されているはずの〝孤児院〟からだって、いつでも逃げ出せるのだ。
「やっぱり、私しかいないですよ……どう考えてもそうですよね、博士」
私の言葉に肩を揺らして大きくため息をついた博士は目を見開いた。
「ドール、できる限りの協力はしてやる。今後の作戦を説明しなさい。早く決着をつけねば、わしは安心できそうもないぞ」
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