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4 聖人候補の領地経営
739 決戦
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739
どうやら彼がキルム王国の王族に連なる人物らしいという情報は博士たちから得られたものの、依然〝孤児院〟の院長の名前すら、セーヤとソーヤでも掴むことができずにいた。考えてみれば、それだけ極秘にされていることがそもそも怪しいのだが、いまの段階では、それ以上の情報は取れそうにない。
彼の正体に近づくためにも、私はこの〝孤児院〟からステップアップして、この〝孤児院〟の先にあるだろう彼らの中枢へと駒を進める必要がある。
(詰まるところ、現状を打開するには今日の模擬戦で、私が勝つしかないんだよね)
瞬く間に一週間は過ぎ、今日はいよいよ模擬戦の当日だ。
殺伐とした力比べだった〝覇者決定戦〟と違い、今回の模擬戦はだいぶ紳士的な競技になっている。
強い魔法使い同士が一対一で直接対決をする場合、本人たちだけでなく周辺にも非常に危険が伴う。もちろんそれを防ぐための結界なども準備されるが、本当に強い者同士がぶつかりあった場合、その被害がどう及ぶのかの想定が難しい。
そこで、より冷静な戦略性が必要な、設定された条件のクリアを目的とする試合形式の模擬戦が行われる。これには、軍とともに動くことが多い魔術師の資質として、より冷静に戦況を見ながら動けるということが重要視されているからでもあるそうだ。
(本当に魔術師って〝戦う魔法使い〟なんだなぁ……こんな模擬戦が用意されているってことは、〝先生〟方は、ここにいる子供たちをみんな戦場へ送るつもりでいるのよね)
そうなる前にすべてを明らかにしなければならない。その思いを強くして、私は身支度を始めた。
今回は互いに陣地を築き上げ、そのすべてを完全破壊するまでの時間で勝敗が決する。作る陣地の数も制限はなく、どうやって守るか攻めるかについては一切制限がない。ただひとつの制限は、お互いに対する直接攻撃の禁止だ。
(この辺りにも、王族を万が一にも傷つけないようにという配慮を感じなくもないな……)
私としても、相手を直接攻撃して傷つける行為はできるだけ避けたいのでこの試合形式は臨むところだ。
とはいうものの、この勝負には、ひとつ落とし穴がある。敵のすべての陣地を完全に破壊するという勝利条件は、魔法力が多い方が圧倒的に有利だからだ。比類なき魔法力を持つ〝消えぬ炎〟のふたつ名を持つ〝院長〟は、相手の攻撃が続く間、常に新しい陣地を立てていけば、必ず相手が魔法力切れで降参すると考えているし、おそらくそれは正しい。
……ただし、私を除くだ。
私ならばなんの問題もなくサクッと〝院長〟を魔法力切れに追い込んで潰せる……それは間違いない。
だが、その最も簡単な解決法は、同時に私の魔法力量の一端を開示してしまうことに等しく、ここまでひた隠しにしてきた私の魔法力量について、いろいろな人たちの関心を引いてしまうことになるだろう。
(それはそれで非常にまずいんだよねぇ……)
つまり魔法力量の力押しで簡単に勝ちを狙える相手に、私は力押しで戦ってはいけない、ということだ。時間をかけるほど私の魔法力の大きさが露わになってしまうのだから、勝負は早めに着けなければならない。
私が自分が使える魔法力を1000以下と規定した。
それで勝てる勝負を今回は仕掛ける。新参者で過去に〝院長〟とは一度も対戦経験がないことを利用していこう。相手が私の使う魔法をよく知らない、ということは私にとって最も有利になるはずだ。それを最大限に活かそう。
前回よりも広くとられた競技場では、多くの子供たちが観戦席にいたが前回のような声援はあまりない。むしろ、皆が緊張の中にある様子だ。もちろんここでの絶対権力者である〝院長〟を差し置いて、私を応援することにも抵抗があるのだろう。
私も今回は笑顔を見せることなく真剣な表情を崩さずに入場した。余裕があることを相手に悟らせたくはないからだ。
案の定〝院長〟の側近と思しき先生方は私の様子を見て勝ちを確信したような顔をしている。
「随分と緊張しているようだね。〝院長〟はおやさしい方だ。胸を借りるつもりで気楽にやりなさい」
そんな言葉をかける先生もいた。
「ありがとうございます。この〝模擬戦〟をご快諾いただき、感謝の言葉もございません。若輩者ですが、精一杯頑張ります」
私は悲壮な覚悟という雰囲気を醸し出しつつ、固い表情を作ってそれに答えた。
そう、私は〝聖戦士〟として立つためにここにきている(という設定)なのだ。先生たちからの好感は維持しなければいけない。
私の言葉に先生方もどこか満足げなので、私の演技は効果をあげているようだ。
院長もまた、余裕を見せながら落ち着いた表情で手を挙げた。
「では、始めようか、メイロード」
「はい!」
いよいよ、この〝孤児院〟での最後の勝負が始まる。
(行くよ! そして絶対に勝つ!)
どうやら彼がキルム王国の王族に連なる人物らしいという情報は博士たちから得られたものの、依然〝孤児院〟の院長の名前すら、セーヤとソーヤでも掴むことができずにいた。考えてみれば、それだけ極秘にされていることがそもそも怪しいのだが、いまの段階では、それ以上の情報は取れそうにない。
彼の正体に近づくためにも、私はこの〝孤児院〟からステップアップして、この〝孤児院〟の先にあるだろう彼らの中枢へと駒を進める必要がある。
(詰まるところ、現状を打開するには今日の模擬戦で、私が勝つしかないんだよね)
瞬く間に一週間は過ぎ、今日はいよいよ模擬戦の当日だ。
殺伐とした力比べだった〝覇者決定戦〟と違い、今回の模擬戦はだいぶ紳士的な競技になっている。
強い魔法使い同士が一対一で直接対決をする場合、本人たちだけでなく周辺にも非常に危険が伴う。もちろんそれを防ぐための結界なども準備されるが、本当に強い者同士がぶつかりあった場合、その被害がどう及ぶのかの想定が難しい。
そこで、より冷静な戦略性が必要な、設定された条件のクリアを目的とする試合形式の模擬戦が行われる。これには、軍とともに動くことが多い魔術師の資質として、より冷静に戦況を見ながら動けるということが重要視されているからでもあるそうだ。
(本当に魔術師って〝戦う魔法使い〟なんだなぁ……こんな模擬戦が用意されているってことは、〝先生〟方は、ここにいる子供たちをみんな戦場へ送るつもりでいるのよね)
そうなる前にすべてを明らかにしなければならない。その思いを強くして、私は身支度を始めた。
今回は互いに陣地を築き上げ、そのすべてを完全破壊するまでの時間で勝敗が決する。作る陣地の数も制限はなく、どうやって守るか攻めるかについては一切制限がない。ただひとつの制限は、お互いに対する直接攻撃の禁止だ。
(この辺りにも、王族を万が一にも傷つけないようにという配慮を感じなくもないな……)
私としても、相手を直接攻撃して傷つける行為はできるだけ避けたいのでこの試合形式は臨むところだ。
とはいうものの、この勝負には、ひとつ落とし穴がある。敵のすべての陣地を完全に破壊するという勝利条件は、魔法力が多い方が圧倒的に有利だからだ。比類なき魔法力を持つ〝消えぬ炎〟のふたつ名を持つ〝院長〟は、相手の攻撃が続く間、常に新しい陣地を立てていけば、必ず相手が魔法力切れで降参すると考えているし、おそらくそれは正しい。
……ただし、私を除くだ。
私ならばなんの問題もなくサクッと〝院長〟を魔法力切れに追い込んで潰せる……それは間違いない。
だが、その最も簡単な解決法は、同時に私の魔法力量の一端を開示してしまうことに等しく、ここまでひた隠しにしてきた私の魔法力量について、いろいろな人たちの関心を引いてしまうことになるだろう。
(それはそれで非常にまずいんだよねぇ……)
つまり魔法力量の力押しで簡単に勝ちを狙える相手に、私は力押しで戦ってはいけない、ということだ。時間をかけるほど私の魔法力の大きさが露わになってしまうのだから、勝負は早めに着けなければならない。
私が自分が使える魔法力を1000以下と規定した。
それで勝てる勝負を今回は仕掛ける。新参者で過去に〝院長〟とは一度も対戦経験がないことを利用していこう。相手が私の使う魔法をよく知らない、ということは私にとって最も有利になるはずだ。それを最大限に活かそう。
前回よりも広くとられた競技場では、多くの子供たちが観戦席にいたが前回のような声援はあまりない。むしろ、皆が緊張の中にある様子だ。もちろんここでの絶対権力者である〝院長〟を差し置いて、私を応援することにも抵抗があるのだろう。
私も今回は笑顔を見せることなく真剣な表情を崩さずに入場した。余裕があることを相手に悟らせたくはないからだ。
案の定〝院長〟の側近と思しき先生方は私の様子を見て勝ちを確信したような顔をしている。
「随分と緊張しているようだね。〝院長〟はおやさしい方だ。胸を借りるつもりで気楽にやりなさい」
そんな言葉をかける先生もいた。
「ありがとうございます。この〝模擬戦〟をご快諾いただき、感謝の言葉もございません。若輩者ですが、精一杯頑張ります」
私は悲壮な覚悟という雰囲気を醸し出しつつ、固い表情を作ってそれに答えた。
そう、私は〝聖戦士〟として立つためにここにきている(という設定)なのだ。先生たちからの好感は維持しなければいけない。
私の言葉に先生方もどこか満足げなので、私の演技は効果をあげているようだ。
院長もまた、余裕を見せながら落ち着いた表情で手を挙げた。
「では、始めようか、メイロード」
「はい!」
いよいよ、この〝孤児院〟での最後の勝負が始まる。
(行くよ! そして絶対に勝つ!)
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