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4 聖人候補の領地経営

745 聖なる国の盛衰

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私が〝聖戦士〟洗脳に完全に染まっていると思っている彼らは、もう行き先を隠す素振りすらなく、もちろん目隠しをされることもなかった。

こうしてすっかり彼らの信用を得ているの私はといえば、いずれ訪れる日のために《地形探査》をしながら《完全脳内地図》のスキルにしっかりとその経路を刻みつつ、表面上は何食わぬ顔をして、大人しく馬車に揺られていた。

馬車の進路は明らかにキルム王国を示している。それはすでに想定されていたことなので驚きはない。では一連の組織的誘拐事件はキルムの誰が行なっているのか。〝院長先生〟が、その容姿にキルムの王族を示す特徴を持っていることはわかったが、係累の多い一族らしく、それだけでは王族が関与しているかどうかを証明する証拠とはならない。この事件にキルムの国家的関与があるかどうか、それはこれからの動向を決める大きなポイントだ。ここを確定しなくては、迂闊に軍部は動かせない。

(ともかく〝院長先生〟の素性を明らかにしないとね……)

私がいろいろと考えを巡らせている間も、馬車は猛スピードで山の中の悪路を進んでいく。だが、この立派な馬車の揺れはこの状況でも驚くほど少ない。この走行を可能にするため、さまざまな移動系の魔法を駆使しているようだ。もちろん速度は〝天舟アマフネ〟に及ぶべくもないが、それでも普通の馬車移動の三倍近い速度が出ている。

(相変わらず、魔法を使うことに躊躇ないな。《駆け馬》ぐらいならさしたる負担にはならないけれど、三倍速で走り続けるとなると、かなり負担の大きい魔法も併用しているよね……まぁ〝院長先生〟ならば、まったく問題ない程度なんだろうけど……ここで魔法を使っているのはお付きの人たちだし、この強行軍はキツいんじゃないのかな)

馬周りの様子を見ると、従者用の普通の馬車が先導しながら走っており、その数人で交代しながら魔法を使い続けているようだ。やはり彼らの様子を見ると疲労は隠せない雰囲気で、かといって〝ポーション〟といったいった疲労回復系の魔法薬を飲んでいる風でもない。魔法力を酷使するその様子に、私はそこまで無理しなくてもいいのにと思わずにはいられなかった。

無理を重ねているとしか思えない彼らが、さすがに気の毒になってしまった私は、前の席に座る〝院長先生〟に

「もし必要でしたら、私も移動中の魔法のお手伝いをさせていただきたいのですが……」

と申し出てはみたが、それは彼らの仕事だから気にする必要はないと言われてしまった。

(その仕事がキツそうだから言ってるのに!)

これがキルム流なのだろうか。下の者は上の者のために惜しみなくその魔法力を使う……魔法力を使う必要がない場面や魔法以外の手段で解決できるようなことでも、まずは魔法で解決を図る……それがキルムのやり方ということなのだろう。

これまでの勉強に加え、今回の潜入のために詰め込んだ知識によると、キルム王国の人々は、大陸の他の地域に比べて一般の人たちの魔法力が総じてやや高く、それを〝マーヴ神の加護〟と信じ誇りにしている。そのため、古くから魔法の知識を持つ一般人も多く、他の地域なら魔法屋ぐらいできそうな人も多いそうだ。
だが、それ以外キルム王国には目立った産業と呼べるものがない。

(〝聖地巡礼〟を産業と呼んでいいなら、それもまたお金を落としてくれるものだろうけど、それだけじゃね……)

そして現在シド帝国の台頭によって、キルム王国は大陸での存在感を失っている。国土争いではロームバルト王国に何度となく大敗し、最盛期の半分の面積になっているし、北に位置するキルムは農業に適した土地も多くない。

歴史的にはいつの時代も、基本的に聖地のあるキルムに対し、他国は侵略を考えてなどいなかったのだが、キルム側は何度となく〝聖戦〟の御旗を掲げて周辺国に対し侵略戦争を仕掛けた。歴史の浅い時代には、その魔法力の高さで常勝の国であったし、国土も増やしたそうだが、徐々に敗戦することが多くなり、ついには何度も大敗し続けるようになってしまった。当然そうした戦いが続いたことで国土を失うことになり、貴重な農地や山林を失ったまま現在に至っている。

キルムという国は、国としての生産性の低さを侵略によって埋めようと考え、結局失敗してきたというわけだ。さすがに他の国が安定してきつつあるここ百年はそこまで無謀なことはしてこなくなってはいるが〝神の民〟だというプライドと生活の貧しさの間で、打開策がない状況が続いていると聞いた。

(それで国家規模で魔術師を売る商売を? いくらなんでもそれはないよね……)

馬車の中で出された干し肉と堅いパンだけの食事を食べながら、私はまだ見えない彼らの目的を考えていた。
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