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5森に住む聖人候補
820 置き手紙と共に去りぬ
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820
「また来たんですか、イーオとかいう子は……」
机の上のうさぎ肉と野草の花束を見てソーヤが呆れ顔をしている。
一か月ほど前になるのだが、山奥で私がスローな自給自足生活を満喫していた小さなお家(まぁ……細かい補正はあるけどね)で、森の狼の群れから逃げてきた負傷者の応急処置を行った。
こういうとき、自分には関係ないと割り切れるような性格だったら、私はもう少し上手く生きられるのかもしれないが〝できるなら助けられる範囲の人は助けたい〟という気持ちは、オカン気質の世話焼き癖とともに私の中に深く根ざしていて、勝手に躰が動き始めてしまうし、自重しようと思ってはいるものの、結局いつもこの体質には抗えないのだ。
ともあれ、この気質に突き動かされて、今回も助けてしまったわけだが、このとき私のアリを使った縫合もどきの処置を受けたアゲルさんは、なぜか集落の人たちが驚くほどの奇跡の回復をみせた。足の傷はもとより、動かせなくなる可能性も高かったはずの深い腕の怪我まで何の後遺症も残さずに治ってしまったのだ。三週間ほどで再び山に入ることができる程度にまで動かせるようになったと、本人が一番驚いた様子で話していたという。
(まぁ、怪我の急速な回復の原因は主にこっそり使った〝ポーション〟なんだろうけど……)
アゲルさんとイーオは山に再び入れるようになると、すぐ改めて私の家へとお礼にやってきた。
彼らはあのときの約束通り私のことは集落の人たちに黙ってくれていた。ゆえに、あの怪我の処置はイーオがしたことになっているそうで、〝親父を救った孝行息子〟としてイーオの株はだいぶ上がったらしい。
やってもいない治療のことで皆に褒めそやされたイーオは、人の手柄を横取りしたようでかなり気まずかったそうだ。本当のことを言いたいという気持ちを抑えるのがとても辛かったと苦笑していたが、そうしてくれないと私が困る。ちゃんと私との約束を果たしてくれてよかったと、改めて黙っていてくれたことへの感謝を伝えた。
「イーオ、それが正しい対応よ。ありがとう。私はここで静かに過ごしたいの。ちゃんと約束を守ってくれて嬉しいわ」
傷の様子も家族以外には見せず、アゲルの受けた治療の詳細については誰にも伝えていないそうだ。そういうわけであの縫合方法も広く人に知られることなく済んだそうなので、興味を持たれることもなく、ひとまず安心だ。
(私もあんなことは何度もやりたくないしね)
必要ないと言った治療費の代わりに、私に猟で得られた物の中から必要な肉を届けると約束したイーオは、あれから山に入ると必ずといっていいほど一度は顔を出して御用聞きをしてくれるようになった。毎回来なくても、一月かニ月に一度で十分だと伝えてあるのに、山へ入るたびに寄っていくのだ。
そしてそのときには必ず、野に咲く花々をこうして摘んできてくれる。
「律儀な子よねぇ……そんなに気を使わなくてもいいのに」
花瓶に活けるため、テーブルに山積みになったたくさんの野の花にハサミを入れ始めた私を見ながらソーヤが何とも言えない表情を浮かべている。
「なに、その顔?」
「いーえ、何でもございません。さすがメイロードさまでございます」
「何か言いたいことがあるんでしょ?」
私の言葉にソーヤが口を開く。
「メイロードさまはご自分についての理解が足りません。いえ、ご理解はされているのでしょうが、それの影響を過小に捉えられすぎです。
よろしゅうございますか。たとえ豪華なドレスをまとっていなくとも、煌びやかなアクセサリーに飾られていなくとも、メイロードさまのお美しさはまったく隠せていないのでございますよ。ましてや、相変わらずセーヤが毎回渾身のお手入れをしているその髪です。
少年のひとりやふたり、一目で落とせますよ」
ハサミと綺麗なお花を持ったまま、私は固まった。
「あ……、ああ、そういうことなのね。は、ははは、そうなんだ」
「………」
そこからソーヤが話してくれたことはこうだった。
治療の翌日、彼らが無事に家に辿り着くまで陰ながら護衛したソーヤは、その後も彼らが私との約束を守っているかときどき確認しに行っていたそうだ。
「イーオには幼馴染の許嫁に近い関係の娘がおりまして、この子がどうもイーオの様子がおかしいと周囲に漏らし始めたのです」
恋する女の子のカンというのは侮れない。イーオの挙動不審が父親の大怪我を自分が誘発したという自責のせいだけではないと、彼女だけは気づいていた。
「イーオは決して嘘が上手な子ではありません。この調子で何度もこの家に出入りし続ければ、いつまでもメイロードさまのことを隠しきれはしないでしょう。きっと近いうちにその子は危険を冒してでもここまでやってきますよ」
「え!! ここすごく深い山の中なのよ。危ないじゃない! それに、そんな波風起こしたくないんだけど……」
「そうでございましょうね。ですが、現状メイロードさまの存在こそが〝波風〟なのでございます」
「……」
ひとつため息をついた私はソーヤにこう言った。
「家を移動しようかな」
「そうなさいませ。面倒が起こらぬうちにそうなさるのがよろしいでしょう」
そして、その日のうちに私の家はその場所から消えた。人の恋路を邪魔してまでその場所に留まる理由はなかったのだ。
家のあった場所には置き手紙ともし読めなかったときのために、一度だけ再生される音声データを入れたオーブを置いてきた。
〝イーオへ
修行のためここを離れることにしました。
いままでありがとう。元気でね。
メイロード〟
「また来たんですか、イーオとかいう子は……」
机の上のうさぎ肉と野草の花束を見てソーヤが呆れ顔をしている。
一か月ほど前になるのだが、山奥で私がスローな自給自足生活を満喫していた小さなお家(まぁ……細かい補正はあるけどね)で、森の狼の群れから逃げてきた負傷者の応急処置を行った。
こういうとき、自分には関係ないと割り切れるような性格だったら、私はもう少し上手く生きられるのかもしれないが〝できるなら助けられる範囲の人は助けたい〟という気持ちは、オカン気質の世話焼き癖とともに私の中に深く根ざしていて、勝手に躰が動き始めてしまうし、自重しようと思ってはいるものの、結局いつもこの体質には抗えないのだ。
ともあれ、この気質に突き動かされて、今回も助けてしまったわけだが、このとき私のアリを使った縫合もどきの処置を受けたアゲルさんは、なぜか集落の人たちが驚くほどの奇跡の回復をみせた。足の傷はもとより、動かせなくなる可能性も高かったはずの深い腕の怪我まで何の後遺症も残さずに治ってしまったのだ。三週間ほどで再び山に入ることができる程度にまで動かせるようになったと、本人が一番驚いた様子で話していたという。
(まぁ、怪我の急速な回復の原因は主にこっそり使った〝ポーション〟なんだろうけど……)
アゲルさんとイーオは山に再び入れるようになると、すぐ改めて私の家へとお礼にやってきた。
彼らはあのときの約束通り私のことは集落の人たちに黙ってくれていた。ゆえに、あの怪我の処置はイーオがしたことになっているそうで、〝親父を救った孝行息子〟としてイーオの株はだいぶ上がったらしい。
やってもいない治療のことで皆に褒めそやされたイーオは、人の手柄を横取りしたようでかなり気まずかったそうだ。本当のことを言いたいという気持ちを抑えるのがとても辛かったと苦笑していたが、そうしてくれないと私が困る。ちゃんと私との約束を果たしてくれてよかったと、改めて黙っていてくれたことへの感謝を伝えた。
「イーオ、それが正しい対応よ。ありがとう。私はここで静かに過ごしたいの。ちゃんと約束を守ってくれて嬉しいわ」
傷の様子も家族以外には見せず、アゲルの受けた治療の詳細については誰にも伝えていないそうだ。そういうわけであの縫合方法も広く人に知られることなく済んだそうなので、興味を持たれることもなく、ひとまず安心だ。
(私もあんなことは何度もやりたくないしね)
必要ないと言った治療費の代わりに、私に猟で得られた物の中から必要な肉を届けると約束したイーオは、あれから山に入ると必ずといっていいほど一度は顔を出して御用聞きをしてくれるようになった。毎回来なくても、一月かニ月に一度で十分だと伝えてあるのに、山へ入るたびに寄っていくのだ。
そしてそのときには必ず、野に咲く花々をこうして摘んできてくれる。
「律儀な子よねぇ……そんなに気を使わなくてもいいのに」
花瓶に活けるため、テーブルに山積みになったたくさんの野の花にハサミを入れ始めた私を見ながらソーヤが何とも言えない表情を浮かべている。
「なに、その顔?」
「いーえ、何でもございません。さすがメイロードさまでございます」
「何か言いたいことがあるんでしょ?」
私の言葉にソーヤが口を開く。
「メイロードさまはご自分についての理解が足りません。いえ、ご理解はされているのでしょうが、それの影響を過小に捉えられすぎです。
よろしゅうございますか。たとえ豪華なドレスをまとっていなくとも、煌びやかなアクセサリーに飾られていなくとも、メイロードさまのお美しさはまったく隠せていないのでございますよ。ましてや、相変わらずセーヤが毎回渾身のお手入れをしているその髪です。
少年のひとりやふたり、一目で落とせますよ」
ハサミと綺麗なお花を持ったまま、私は固まった。
「あ……、ああ、そういうことなのね。は、ははは、そうなんだ」
「………」
そこからソーヤが話してくれたことはこうだった。
治療の翌日、彼らが無事に家に辿り着くまで陰ながら護衛したソーヤは、その後も彼らが私との約束を守っているかときどき確認しに行っていたそうだ。
「イーオには幼馴染の許嫁に近い関係の娘がおりまして、この子がどうもイーオの様子がおかしいと周囲に漏らし始めたのです」
恋する女の子のカンというのは侮れない。イーオの挙動不審が父親の大怪我を自分が誘発したという自責のせいだけではないと、彼女だけは気づいていた。
「イーオは決して嘘が上手な子ではありません。この調子で何度もこの家に出入りし続ければ、いつまでもメイロードさまのことを隠しきれはしないでしょう。きっと近いうちにその子は危険を冒してでもここまでやってきますよ」
「え!! ここすごく深い山の中なのよ。危ないじゃない! それに、そんな波風起こしたくないんだけど……」
「そうでございましょうね。ですが、現状メイロードさまの存在こそが〝波風〟なのでございます」
「……」
ひとつため息をついた私はソーヤにこう言った。
「家を移動しようかな」
「そうなさいませ。面倒が起こらぬうちにそうなさるのがよろしいでしょう」
そして、その日のうちに私の家はその場所から消えた。人の恋路を邪魔してまでその場所に留まる理由はなかったのだ。
家のあった場所には置き手紙ともし読めなかったときのために、一度だけ再生される音声データを入れたオーブを置いてきた。
〝イーオへ
修行のためここを離れることにしました。
いままでありがとう。元気でね。
メイロード〟
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