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5森に住む聖人候補
822 谷の集落
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822
ぼんやりした顔の薬師見習いのご近所付き合い大作戦は、とてもうまくいった。
引っ越したばかりの住居に一番近い集落までは、近いとはいっても徒歩で半日以上かかるため普通っぽくしようとすれば野宿も必要となる。だがソーヤによる事前チェックで食堂兼酒場が宿屋も併設しているとのことなので、寝る場所だけは確保できそうだった。
(まだまだちびっこ扱いの私が野宿するなんて言ったら心配されるだろうし、不審に思われるかもしれないからね)
集落の入り口には持ち回りでやっているらしい番人の方がいたが、子供からは中に入るためのお金は取らないとのことで、ほぼ何も言われずに通された。有無を言わさず子供認定されたことに若干の悲しさはあったが、この辺りのゆるさは実に田舎らしく牧歌的でいい。
村人以外の大人の入場には三十カルが必要だそうだ。およそ三百円、大した額ではないが毎度払うとなるとそれなりに支払いは嵩む。ただし村に関わる仕事をしている人たちには依頼人から通行手形が貸し出されるので、それがあればこの費用も必要ないという。
この集落の規模は、私が現れる前の懐かしのシラン村と比較すると三分の一といったところだった。タスマ谷集落と呼ばれているそうだ。だが小さな集落とはいえ商店は二軒あり、酒場もあるというちゃんと経済が回っている雰囲気を感じられる集落だ。
入り口付近には商店と広場があり、その背後に人々の住む家々があるという構造で、人々の暮らす家はとても小さく、畑は共同で運営されている様子だ。
背負い籠をしてフードつきのマントを羽織った私は、まずこの村の雑貨店〝ソロスの店〟へと向かった。
「ごめんください。こんにちは~」
大きな看板を屋根に掲げたその店は、開店中は店の扉を開けっぱなしているようだ。店の前にも商品が並べられている。こういう風にオープンな商売ができるということは、ここの治安がかなり良いことを意味する。
店の中の雑貨も集落の規模からするとかなり充実していた。日用品の他に保存食や洋服や靴、野営に必要なちょっと値の張る道具も揃っている。どうやらこの店の客筋はかなり幅広いようだ。
私の声に店の奥から返事があった。
「はいよぉ。いま手が離せないから、こっちへきてくれ。会計ならこっちでやるから!」
野太い声の主に方へそろそろと近づいていくと、奥のカウンターの中ではプロレスラーのような筋肉質の中年男性が躰を丸めるようにして何か作業をしていた。
どうやらちまちまと何か拾っているようだ。
「いやな、仕入れた鉄釘を検品するはずが大箱ごと落としちまってさ。小さな釘なんで俺のこの指じゃ拾うのも大変でよ」
そう言いながら私に見せた男性の手は、確かに小さな釘をつまむには向かなそうな大きさだ。
「えっと、このお店には磁石はないんですか。鉄釘ならそれを近づけたらくっつきますよ」
私の言葉に男性は少し考えながら首を振った。
「ああ、磁石っていうのかい。鉄のくっつく石は確かどっかにあったはずだが、あれは強力すぎるからなぁ……あの石に釘がくっつけちまったらそれを取るのにまた苦労するよ。ダメダメ」
そう言いながら、男性はずっとちまちまと釘を拾い続けている。このままでは、私の話を聞いてもらえるのがいつになるかわからないので、仕方なく私はお店に売られていた一番薄そうな布を手に取り男性に渡した。
「この布にその〝鉄のくっつく石〟を包んでから釘に近づけてください。そのあとくっついた状態で机の上まで持っていき、そこで布を開いて石を取り除けば、布の下に釘が落ちます」
私の言葉に半信半疑の顔をしながらも、男性はこの作業に飽き飽きしていたのだろう、すぐに店の奥から男性の拳より少し小さな〝鉄のくっつく石〟を持ってきて布に包み始めた。
「こんなのでうまくいくのかねぇ」
そう言いながらも布に包まれた石を床中に散らばった釘に近づけるとあっという間にすべてが石の強力な磁力に引き寄せられてくっついてきた。そして、それを机の上に置き、布を開いてから布を押さえつつ石を取り除くと、私の言った通り、布の下にはすべての釘が回収されていた。
「こりゃすごいや! ははは、あっという間じゃないか! あんた知恵者だね!」
男性は上機嫌で釘を回収すると、私の方へと向き直った。
「ありがとよ。いや、助かったわ。今日は雇っているやつがたまたま休みでな。こんな慣れない細かい検品は久しぶりだったんでやっちまってな。本当に助かったよ、ええと……」
「メイロードと言います。今日は少し品物を買っていただきたいと思いましてやってきました」
「ああそうなのかい。よろしくな、メイロード。俺はソロス。ここは俺の店、まぁ何でも屋だな。ところで売りたいものってのはなんだい。お嬢ちゃんには世話になったし、ちゃんと値踏みするよ」
(つまり、ふっかけたり、ハッタリを使ったりせずに、最初から適正価格で取引するってことね。そうした交渉も利益を増やす大切なことだけど、時間がかかるのは面倒だし、いまはさっさと取引できるほうがありがたいわ)
「ありがとうございます。実は私は薬師の修行のため人里を離れた山で暮らしております。そこで作った薬を買い取っていただけないかと思いまして……」
私の言葉にソロスさんの目は輝き始めた。
「いま薬って言ったかい!? ああ、それはありがたい! ここに一番足りないものはソレなんだよ!」
どうやら、私の森の薬師としての初の営業はドンピシャの相手に行なわれたみたいだ。
ぼんやりした顔の薬師見習いのご近所付き合い大作戦は、とてもうまくいった。
引っ越したばかりの住居に一番近い集落までは、近いとはいっても徒歩で半日以上かかるため普通っぽくしようとすれば野宿も必要となる。だがソーヤによる事前チェックで食堂兼酒場が宿屋も併設しているとのことなので、寝る場所だけは確保できそうだった。
(まだまだちびっこ扱いの私が野宿するなんて言ったら心配されるだろうし、不審に思われるかもしれないからね)
集落の入り口には持ち回りでやっているらしい番人の方がいたが、子供からは中に入るためのお金は取らないとのことで、ほぼ何も言われずに通された。有無を言わさず子供認定されたことに若干の悲しさはあったが、この辺りのゆるさは実に田舎らしく牧歌的でいい。
村人以外の大人の入場には三十カルが必要だそうだ。およそ三百円、大した額ではないが毎度払うとなるとそれなりに支払いは嵩む。ただし村に関わる仕事をしている人たちには依頼人から通行手形が貸し出されるので、それがあればこの費用も必要ないという。
この集落の規模は、私が現れる前の懐かしのシラン村と比較すると三分の一といったところだった。タスマ谷集落と呼ばれているそうだ。だが小さな集落とはいえ商店は二軒あり、酒場もあるというちゃんと経済が回っている雰囲気を感じられる集落だ。
入り口付近には商店と広場があり、その背後に人々の住む家々があるという構造で、人々の暮らす家はとても小さく、畑は共同で運営されている様子だ。
背負い籠をしてフードつきのマントを羽織った私は、まずこの村の雑貨店〝ソロスの店〟へと向かった。
「ごめんください。こんにちは~」
大きな看板を屋根に掲げたその店は、開店中は店の扉を開けっぱなしているようだ。店の前にも商品が並べられている。こういう風にオープンな商売ができるということは、ここの治安がかなり良いことを意味する。
店の中の雑貨も集落の規模からするとかなり充実していた。日用品の他に保存食や洋服や靴、野営に必要なちょっと値の張る道具も揃っている。どうやらこの店の客筋はかなり幅広いようだ。
私の声に店の奥から返事があった。
「はいよぉ。いま手が離せないから、こっちへきてくれ。会計ならこっちでやるから!」
野太い声の主に方へそろそろと近づいていくと、奥のカウンターの中ではプロレスラーのような筋肉質の中年男性が躰を丸めるようにして何か作業をしていた。
どうやらちまちまと何か拾っているようだ。
「いやな、仕入れた鉄釘を検品するはずが大箱ごと落としちまってさ。小さな釘なんで俺のこの指じゃ拾うのも大変でよ」
そう言いながら私に見せた男性の手は、確かに小さな釘をつまむには向かなそうな大きさだ。
「えっと、このお店には磁石はないんですか。鉄釘ならそれを近づけたらくっつきますよ」
私の言葉に男性は少し考えながら首を振った。
「ああ、磁石っていうのかい。鉄のくっつく石は確かどっかにあったはずだが、あれは強力すぎるからなぁ……あの石に釘がくっつけちまったらそれを取るのにまた苦労するよ。ダメダメ」
そう言いながら、男性はずっとちまちまと釘を拾い続けている。このままでは、私の話を聞いてもらえるのがいつになるかわからないので、仕方なく私はお店に売られていた一番薄そうな布を手に取り男性に渡した。
「この布にその〝鉄のくっつく石〟を包んでから釘に近づけてください。そのあとくっついた状態で机の上まで持っていき、そこで布を開いて石を取り除けば、布の下に釘が落ちます」
私の言葉に半信半疑の顔をしながらも、男性はこの作業に飽き飽きしていたのだろう、すぐに店の奥から男性の拳より少し小さな〝鉄のくっつく石〟を持ってきて布に包み始めた。
「こんなのでうまくいくのかねぇ」
そう言いながらも布に包まれた石を床中に散らばった釘に近づけるとあっという間にすべてが石の強力な磁力に引き寄せられてくっついてきた。そして、それを机の上に置き、布を開いてから布を押さえつつ石を取り除くと、私の言った通り、布の下にはすべての釘が回収されていた。
「こりゃすごいや! ははは、あっという間じゃないか! あんた知恵者だね!」
男性は上機嫌で釘を回収すると、私の方へと向き直った。
「ありがとよ。いや、助かったわ。今日は雇っているやつがたまたま休みでな。こんな慣れない細かい検品は久しぶりだったんでやっちまってな。本当に助かったよ、ええと……」
「メイロードと言います。今日は少し品物を買っていただきたいと思いましてやってきました」
「ああそうなのかい。よろしくな、メイロード。俺はソロス。ここは俺の店、まぁ何でも屋だな。ところで売りたいものってのはなんだい。お嬢ちゃんには世話になったし、ちゃんと値踏みするよ」
(つまり、ふっかけたり、ハッタリを使ったりせずに、最初から適正価格で取引するってことね。そうした交渉も利益を増やす大切なことだけど、時間がかかるのは面倒だし、いまはさっさと取引できるほうがありがたいわ)
「ありがとうございます。実は私は薬師の修行のため人里を離れた山で暮らしております。そこで作った薬を買い取っていただけないかと思いまして……」
私の言葉にソロスさんの目は輝き始めた。
「いま薬って言ったかい!? ああ、それはありがたい! ここに一番足りないものはソレなんだよ!」
どうやら、私の森の薬師としての初の営業はドンピシャの相手に行なわれたみたいだ。
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