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5森に住む聖人候補
823 薬師の商談
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823
お礼だといって私にこの村特産のレモンとすだちの中間のような風味の〝ラジーネック〟という果実を絞り蜂蜜を入れたレモネードのような飲み物を出してくれたあと、ソロスさんは忙しなく手を動かし検品作業をしながら、この〝タスマ谷集落〟の事情について話してくれた。
ここは大きな山に囲まれていて、しかもどの山にも多彩な植物が生えおり運が良ければ珍しい高額アイテムも発見できる。それに獲物にできる動物や魔物も多い。森の木の質もよく、これも大きな資源となっている。
「つまり、こんな山間にしては仕事も身入りも悪くはないのさ。ただ、危険も多いから集落は小さくまとまっていたほうがいいんで、多少金があってもあまり大きな家は持てないんだがな」
そういって苦笑するソロスさんの大きな躰を見て、きっと住みづらいのだろうと私も同情した。なるほど谷間の村では場所を確保するのには限界があり、しかも安全のために高い塀を巡らした中に住む必要があるから、どうしても住環境は制限されてしまうのだろう。
ともあれ、ここには田舎の山間部とは思えないぐらいの往来があるということのようだ。そういう事情でアイテムハンターやら猟師やら冒険者も中継基地として利用するので、この店には彼ら相手の品物も多いということらしい。
「まぁ、そういうわけで山に入る連中が多いと怪我も多いんだよ。もちろん、ここじゃ〝ポーション〟なんて高級品は手に入らないことはわかっちゃいるが、傷薬やら熱冷ましやらといった普通の薬だってそう簡単には仕入れられない。こんな山の中まで来てくれる薬師は多くないし、行商人も薬を扱う奴は少ないからね」
「こういった集落では、薬草の知識を持った方や治療が得意な方がいるとお聞きしますが……」
「ああ、たしかに薬草なんかに詳しい奴は何人かいるがね。所詮素人なんでな、売り物にできるようなものじゃないんだ」
「そうなんですね。考えてみれば、村で使う分には保存性や携帯性を考えなくてもいいですもんね。そういったすぐ使うためのものでは売り物には向きませんか……」
「まぁ、そういうこった」
薬師の作る薬の大きなメリットにはこの〝保存性〟というのもあるということだ。魔法による完璧な消毒と密閉は薬の品質を保つために必須なので、私がハルリリさんから最初に教わったのもこの作業だった。
普通薬を作る場合でも魔法を使ってしっかりとした乾燥を行うことで保存性を高めたり、防腐効果のある素材を《鑑定》を使って組み合わせるといった技術も使われている。
「いまの在庫はどういった感じなんですか?」
「そうだな……消毒薬や包帯は数があるんだが、あとは熱冷ましが三包、打ち身用の練り薬が十二個に腹痛用の水薬が六本ってところかな……」
ソロスさんは後ろの棚に大事そうに置いてある薬を確かめながら教えてくれた。
私は持ってきたメモ帳に在庫状況を書き込みながら聞く。
「それで、いま欲しいのはどのような薬でしょうか。やはり傷薬は欲しいですよね。それに熱冷ましはいろいろな病気に必要でしょうし……そうだ、こんなものはどうでしょう?」
私が取り出したのは粘着性のある小さな布に滅菌した通気性の良い布を貼り付けたもの。そう傷に巻いておくアレだ。仮に〝キズバンド〟と名づけた。
「なるほど、切り傷や擦り傷の上にこれを貼ると化膿せず早く傷が治るのか。これはいいな」
「ええ、それにこれは水にも強いですし、耐久性もあるんですよ」
これの粘着液は私が旅の途中で見つけた〝アマヅラ草〟という植物の葉から取れるものだ。精製には薬師の技術と魔法が不可欠だが、繁殖力のある草なので、これも現在はシラン村で栽培している。
この商品のアイディアは私だが、商品に落とし込むためには薬師の知識が不可欠だったためハルリリさんとの共同開発で完成させた。実はこの商品、シラン村ではだいぶ以前から私の店とはハルリリさんの薬局で売っている。手仕事が多い村の人たちからは大変に評判が良く、原価が安いため誰でもが購入できる気軽な商品としてあっという間に定着した。汎用性が高く、いろいろな人たちが便利さを知り始めてからはすぐにお店の主力商品のひとつになった。
(粘着剤作りだけは薬師の技術がないと難しいんだけど、それ以外の工程の多くは普通の人にもできるから、いまではハルリリさんは〝キズバンド〟製造のために人を雇ってるんだよね。村の雇用も増えて何よりだね)
試しに一枚コーティングを乾燥させないための紙を外してソロスさんのささくれのあった人差し指に巻いてみる。よほどささくれが気になっていたのか〝キズバンド〟の上から何度も手をこすってソロスさんは感触を確かめた。
「ああ、これはいい! これなら指の傷を気にせずに作業ができる。うん、これは絶対欲しい!」
「わかりました。では、いろいろなサイズを持ってきましょう。衛生上、五枚一組を密閉した袋に入れているのですが、それで大丈夫ですか?」
そう言いながらも先程ソロスさんの指に巻いた〝キズバンド〟を取り出すために開けた袋を見せると、ソロスさんは少し考えた。
「値段はこの大きさで五枚入り六十カルだったな……村人たちは一枚単位で欲しがるだろうが、こと薬に関しては薬師の言うことに逆らっちゃならないからな、わかった。大小すべての大きさのものを二十個づつ頼めるかね?」
六十カルおよそ六百円は元いた世界での値段を考えたら高い設定だが、なにせ手作り品だ。量産品のような値段では出せない。この世界で大量生産されるようになったら、そのうち価格はもっと下がっていくだろう。
「了解です。あ、これ売値なので六掛けでいいですか?」
「なんだよ、売値でその値段かい。それは安すぎないか? これを売値六十カルってのは……一ポルでも十分売れる値つけと思うがなぁ」
「なるべく手軽に使って欲しいので、価格は抑えめでいいんですよ。ではご注文いただいた薬は、検品してから明日お届けしますね。お金はそのときにお願いします」
「ああ、頼むな。いや助かるよ、メイロード。山を降りるのは大変だろうが、なるべく頻繁にきてくれると助かるよ」
「あはは、それはちょっと……」
私は言葉をおにごしつつ、店を後にした。
(私、行商の薬売りでも結構やっていけそうだな)
商談がまとまって上機嫌の私は、居酒屋兼業の宿へと向かう。
「せっかくだし、土地のお料理も食べてみようかな」
お礼だといって私にこの村特産のレモンとすだちの中間のような風味の〝ラジーネック〟という果実を絞り蜂蜜を入れたレモネードのような飲み物を出してくれたあと、ソロスさんは忙しなく手を動かし検品作業をしながら、この〝タスマ谷集落〟の事情について話してくれた。
ここは大きな山に囲まれていて、しかもどの山にも多彩な植物が生えおり運が良ければ珍しい高額アイテムも発見できる。それに獲物にできる動物や魔物も多い。森の木の質もよく、これも大きな資源となっている。
「つまり、こんな山間にしては仕事も身入りも悪くはないのさ。ただ、危険も多いから集落は小さくまとまっていたほうがいいんで、多少金があってもあまり大きな家は持てないんだがな」
そういって苦笑するソロスさんの大きな躰を見て、きっと住みづらいのだろうと私も同情した。なるほど谷間の村では場所を確保するのには限界があり、しかも安全のために高い塀を巡らした中に住む必要があるから、どうしても住環境は制限されてしまうのだろう。
ともあれ、ここには田舎の山間部とは思えないぐらいの往来があるということのようだ。そういう事情でアイテムハンターやら猟師やら冒険者も中継基地として利用するので、この店には彼ら相手の品物も多いということらしい。
「まぁ、そういうわけで山に入る連中が多いと怪我も多いんだよ。もちろん、ここじゃ〝ポーション〟なんて高級品は手に入らないことはわかっちゃいるが、傷薬やら熱冷ましやらといった普通の薬だってそう簡単には仕入れられない。こんな山の中まで来てくれる薬師は多くないし、行商人も薬を扱う奴は少ないからね」
「こういった集落では、薬草の知識を持った方や治療が得意な方がいるとお聞きしますが……」
「ああ、たしかに薬草なんかに詳しい奴は何人かいるがね。所詮素人なんでな、売り物にできるようなものじゃないんだ」
「そうなんですね。考えてみれば、村で使う分には保存性や携帯性を考えなくてもいいですもんね。そういったすぐ使うためのものでは売り物には向きませんか……」
「まぁ、そういうこった」
薬師の作る薬の大きなメリットにはこの〝保存性〟というのもあるということだ。魔法による完璧な消毒と密閉は薬の品質を保つために必須なので、私がハルリリさんから最初に教わったのもこの作業だった。
普通薬を作る場合でも魔法を使ってしっかりとした乾燥を行うことで保存性を高めたり、防腐効果のある素材を《鑑定》を使って組み合わせるといった技術も使われている。
「いまの在庫はどういった感じなんですか?」
「そうだな……消毒薬や包帯は数があるんだが、あとは熱冷ましが三包、打ち身用の練り薬が十二個に腹痛用の水薬が六本ってところかな……」
ソロスさんは後ろの棚に大事そうに置いてある薬を確かめながら教えてくれた。
私は持ってきたメモ帳に在庫状況を書き込みながら聞く。
「それで、いま欲しいのはどのような薬でしょうか。やはり傷薬は欲しいですよね。それに熱冷ましはいろいろな病気に必要でしょうし……そうだ、こんなものはどうでしょう?」
私が取り出したのは粘着性のある小さな布に滅菌した通気性の良い布を貼り付けたもの。そう傷に巻いておくアレだ。仮に〝キズバンド〟と名づけた。
「なるほど、切り傷や擦り傷の上にこれを貼ると化膿せず早く傷が治るのか。これはいいな」
「ええ、それにこれは水にも強いですし、耐久性もあるんですよ」
これの粘着液は私が旅の途中で見つけた〝アマヅラ草〟という植物の葉から取れるものだ。精製には薬師の技術と魔法が不可欠だが、繁殖力のある草なので、これも現在はシラン村で栽培している。
この商品のアイディアは私だが、商品に落とし込むためには薬師の知識が不可欠だったためハルリリさんとの共同開発で完成させた。実はこの商品、シラン村ではだいぶ以前から私の店とはハルリリさんの薬局で売っている。手仕事が多い村の人たちからは大変に評判が良く、原価が安いため誰でもが購入できる気軽な商品としてあっという間に定着した。汎用性が高く、いろいろな人たちが便利さを知り始めてからはすぐにお店の主力商品のひとつになった。
(粘着剤作りだけは薬師の技術がないと難しいんだけど、それ以外の工程の多くは普通の人にもできるから、いまではハルリリさんは〝キズバンド〟製造のために人を雇ってるんだよね。村の雇用も増えて何よりだね)
試しに一枚コーティングを乾燥させないための紙を外してソロスさんのささくれのあった人差し指に巻いてみる。よほどささくれが気になっていたのか〝キズバンド〟の上から何度も手をこすってソロスさんは感触を確かめた。
「ああ、これはいい! これなら指の傷を気にせずに作業ができる。うん、これは絶対欲しい!」
「わかりました。では、いろいろなサイズを持ってきましょう。衛生上、五枚一組を密閉した袋に入れているのですが、それで大丈夫ですか?」
そう言いながらも先程ソロスさんの指に巻いた〝キズバンド〟を取り出すために開けた袋を見せると、ソロスさんは少し考えた。
「値段はこの大きさで五枚入り六十カルだったな……村人たちは一枚単位で欲しがるだろうが、こと薬に関しては薬師の言うことに逆らっちゃならないからな、わかった。大小すべての大きさのものを二十個づつ頼めるかね?」
六十カルおよそ六百円は元いた世界での値段を考えたら高い設定だが、なにせ手作り品だ。量産品のような値段では出せない。この世界で大量生産されるようになったら、そのうち価格はもっと下がっていくだろう。
「了解です。あ、これ売値なので六掛けでいいですか?」
「なんだよ、売値でその値段かい。それは安すぎないか? これを売値六十カルってのは……一ポルでも十分売れる値つけと思うがなぁ」
「なるべく手軽に使って欲しいので、価格は抑えめでいいんですよ。ではご注文いただいた薬は、検品してから明日お届けしますね。お金はそのときにお願いします」
「ああ、頼むな。いや助かるよ、メイロード。山を降りるのは大変だろうが、なるべく頻繁にきてくれると助かるよ」
「あはは、それはちょっと……」
私は言葉をおにごしつつ、店を後にした。
(私、行商の薬売りでも結構やっていけそうだな)
商談がまとまって上機嫌の私は、居酒屋兼業の宿へと向かう。
「せっかくだし、土地のお料理も食べてみようかな」
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