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5森に住む聖人候補
839 適材適所
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839
「ではメイロードさまは、この汚らわしい守銭奴を極刑に処しないとおっしゃるのでございますか?」
不愉快そうにソーヤとセーヤが調査してくれたサルエルの罪状を聞いていたキッペイは、私の考えを聞いて少し驚いた様子だ。
「そうね。でも自由にさせるわけじゃないのよ。彼には彼が得意な分野で罪を償ってもらった方がいいと思っただけ」
長年の税金の横領や帳簿の不正改竄、職務権限を使った税制の悪用それに大量の公文書偽造……すべてが明るみに出たいま、細かく言い始めたら巻物ができそうなぐらいの罪状が連なるサルエル。彼の処遇について私は全権を持っており、私の一存でいかようにもペナルティーを決めることができる。
そう、ここは私が過去に褒美としてロームバルト王家から頂いた王都アンクルーデに連なる小さな領地なのだ。他国の貴族が領地を賜るというのはかなり異例のことだが、この領地内はマリス伯爵家の所有であり、その統治権も私のものだ。条件としてロームバルト王国とシド帝国の友好関係が続く限り、という文言はあるのだが、ロームバルトには両国の血を引く御子もいらっしゃるし、その辺りはまず心配ないだろう。
ただ、この領地は国を跨いだ遠方で私の直接管理は大変だろうということで、実際の領地運営は従来通りの人員と体制で引き続き行い、私は領主として基本方針の決定のみに関わるだけに止めている。
(おじさまたちにも、そこまでコミットしてたら躰がもたないぞって脅されたしね。たしかにその通りだとも思ったし……)
ともあれ、この領地があるおかげで安定してこの世界における貴重な甘味である〝飴の木〟の樹液を格安で大量に仕入れることができ、それを利用して作られるお菓子は私の大事な収入源となっている。
格安とはいってもシド帝国の物価基準で取引し、しかも領主の直接買上となるので中間マージンが一切発生せず、結果、この領地に落ちるお金はむしろ多くなった。また〝飴の木〟の樹液による税金の物納も認めたので一般家庭でも〝飴の木〟栽培がさらに盛んとなり、良い副業としても領民に歓迎されている。
私はこの飛地の〝マリス領〟には、最初に数回やってきて、そのとき人事の刷新を行った。中央の役所に関しては《真贋》による人物査定を行うことで、問題のある人物はすぐ炙り出せたので、それで安心していたのだが、まさか地方にこんな犯罪を長年続けている伏兵がいるとは思わなかった。
中央管理局の税務官たちも、今回明らかになったサルエルの帳簿改竄の技術には舌を巻いていたし、そのやり口の見事さには感嘆していた。彼が長年逃げおおせてきたのも納得の技術だったらしい。
「サルエルの財産はすべて没収したけど、それでも彼が長年横領してきた金額すべては回収できないでしょう? 彼を断罪して死刑にしても一カルも余分には戻ってはこないし、頭脳労働専門の彼に鉱山での強制労働をさせるのも効率が悪いじゃない」
「それは……たしかに、あの男に罪を償わせるのであれば、まずすべての着服金額の返済をさせるべきだとは思いますが、しかしあの男に何をさせるのでございますか?」
キッペイはやはりサルエルに対して極刑を望む気持ちが拭えないようで、相変わらず厳しい表情だ。
「マルサになってもらおうかなって、思ってるの」
「は?」
「査察部を作るの。そこで脱税や税務に関する犯罪を見つけてもらうのよ」
〝蛇の道は蛇〟という言葉もある。長年その道で悪事を働いてきたサルエルは、その仕組みを熟知しており、しかも税金のプロとしてのキャリアも十分あるため、査察官にはうってつけだ。
「あの男を役人に戻すとおっしゃるのですか!?」
「もちろんそのまま戻したりはしないわよ。彼は基本的に税務局で軟禁されるし、この簡易版の〝隷属の首輪〟をつけてもらうから」
それは以前の孤児院事件で回収した、人を奴隷化する凶悪な首輪を研究した博士が作り出した、その簡易版の拘束首輪だ。外そうとすれば激痛が走るし、GPSのような機能で場所も常に補足が可能。指定した区域から出れば痺れて動けなくなるというなかなかの鬼畜仕様。
(まぁ、抵抗せず普通に生活する分にはなんの痛みもないんだけどね)
「なるほど、そこでしっかり横領した金額を返済させるのでございますね」
「働きぶりによっては、恩赦も考えるし、死んでしまうことを考えればサルエルにも悪い話ではないでしょう?」
「いやいや、軟禁の上仕事づけですか……そうでございますね……なかなかの罰でございます。ですがあの男には当然でございますな。しっかり馬車馬のように永遠に働いてもらうとよろしいかと思います」
「いや、永遠とか……そういうつもりじゃないってば!」
キッペイは私に迷惑をかけたサルエルという男がどうにも許せないようだが、私としては実利を取りたい。利用価値がある人間を、ただ殺してしまうなんてもったいなさすぎる。
「じゃ、そういうことでサルエルにこのことを伝えに行く役をキッペイにお願いできるかな?」
「承知いたしました。しっかりと小悪党に引導を渡して参りましょう」
不敵な笑みを浮かべるキッペイは、もうしっかりとした青年に成長している。若いとはいえ、家令としての経験も積み、実務経験も豊富で、すでにマリス領では中心的な役割を担ってもらっている有能な人材だ。
キッペイならサルエルに威圧されたり誤魔化されたりすることもないし、しっかり鍛えているので力負けの心配もない。
「それじゃお願いね。それにしても思わぬことがあるわね。悪いことはできないものだわ」
私がクスクス笑うと、キッペイも少し笑った。
「それがメイロードさまでございましょう。事件を引き寄せ、問題を解決して、姿は見せない……本来であれば、表に出られて、自ら断罪されればよろしいのです。多くの領民から賞賛と感謝を受けるべきお仕事をされたのですから。でも、それは決してなさらない。困ったことです」
私は苦笑いだ。
「まぁ、そう言わないで。ここでの私は見習い薬師のメイロードでしかないんだから、それでいいのよ。とはいえ、こんなことがあってはきっと勘付かれる日は近いわね。この領地での隠遁はそろそろ終わりにしなくちゃね」
「では、ご帰還に?」
少し嬉しそうなキッペイだが、私はつぎの隠遁先をすでに考えていた。まだまだ、私は休むのだ!
「ではメイロードさまは、この汚らわしい守銭奴を極刑に処しないとおっしゃるのでございますか?」
不愉快そうにソーヤとセーヤが調査してくれたサルエルの罪状を聞いていたキッペイは、私の考えを聞いて少し驚いた様子だ。
「そうね。でも自由にさせるわけじゃないのよ。彼には彼が得意な分野で罪を償ってもらった方がいいと思っただけ」
長年の税金の横領や帳簿の不正改竄、職務権限を使った税制の悪用それに大量の公文書偽造……すべてが明るみに出たいま、細かく言い始めたら巻物ができそうなぐらいの罪状が連なるサルエル。彼の処遇について私は全権を持っており、私の一存でいかようにもペナルティーを決めることができる。
そう、ここは私が過去に褒美としてロームバルト王家から頂いた王都アンクルーデに連なる小さな領地なのだ。他国の貴族が領地を賜るというのはかなり異例のことだが、この領地内はマリス伯爵家の所有であり、その統治権も私のものだ。条件としてロームバルト王国とシド帝国の友好関係が続く限り、という文言はあるのだが、ロームバルトには両国の血を引く御子もいらっしゃるし、その辺りはまず心配ないだろう。
ただ、この領地は国を跨いだ遠方で私の直接管理は大変だろうということで、実際の領地運営は従来通りの人員と体制で引き続き行い、私は領主として基本方針の決定のみに関わるだけに止めている。
(おじさまたちにも、そこまでコミットしてたら躰がもたないぞって脅されたしね。たしかにその通りだとも思ったし……)
ともあれ、この領地があるおかげで安定してこの世界における貴重な甘味である〝飴の木〟の樹液を格安で大量に仕入れることができ、それを利用して作られるお菓子は私の大事な収入源となっている。
格安とはいってもシド帝国の物価基準で取引し、しかも領主の直接買上となるので中間マージンが一切発生せず、結果、この領地に落ちるお金はむしろ多くなった。また〝飴の木〟の樹液による税金の物納も認めたので一般家庭でも〝飴の木〟栽培がさらに盛んとなり、良い副業としても領民に歓迎されている。
私はこの飛地の〝マリス領〟には、最初に数回やってきて、そのとき人事の刷新を行った。中央の役所に関しては《真贋》による人物査定を行うことで、問題のある人物はすぐ炙り出せたので、それで安心していたのだが、まさか地方にこんな犯罪を長年続けている伏兵がいるとは思わなかった。
中央管理局の税務官たちも、今回明らかになったサルエルの帳簿改竄の技術には舌を巻いていたし、そのやり口の見事さには感嘆していた。彼が長年逃げおおせてきたのも納得の技術だったらしい。
「サルエルの財産はすべて没収したけど、それでも彼が長年横領してきた金額すべては回収できないでしょう? 彼を断罪して死刑にしても一カルも余分には戻ってはこないし、頭脳労働専門の彼に鉱山での強制労働をさせるのも効率が悪いじゃない」
「それは……たしかに、あの男に罪を償わせるのであれば、まずすべての着服金額の返済をさせるべきだとは思いますが、しかしあの男に何をさせるのでございますか?」
キッペイはやはりサルエルに対して極刑を望む気持ちが拭えないようで、相変わらず厳しい表情だ。
「マルサになってもらおうかなって、思ってるの」
「は?」
「査察部を作るの。そこで脱税や税務に関する犯罪を見つけてもらうのよ」
〝蛇の道は蛇〟という言葉もある。長年その道で悪事を働いてきたサルエルは、その仕組みを熟知しており、しかも税金のプロとしてのキャリアも十分あるため、査察官にはうってつけだ。
「あの男を役人に戻すとおっしゃるのですか!?」
「もちろんそのまま戻したりはしないわよ。彼は基本的に税務局で軟禁されるし、この簡易版の〝隷属の首輪〟をつけてもらうから」
それは以前の孤児院事件で回収した、人を奴隷化する凶悪な首輪を研究した博士が作り出した、その簡易版の拘束首輪だ。外そうとすれば激痛が走るし、GPSのような機能で場所も常に補足が可能。指定した区域から出れば痺れて動けなくなるというなかなかの鬼畜仕様。
(まぁ、抵抗せず普通に生活する分にはなんの痛みもないんだけどね)
「なるほど、そこでしっかり横領した金額を返済させるのでございますね」
「働きぶりによっては、恩赦も考えるし、死んでしまうことを考えればサルエルにも悪い話ではないでしょう?」
「いやいや、軟禁の上仕事づけですか……そうでございますね……なかなかの罰でございます。ですがあの男には当然でございますな。しっかり馬車馬のように永遠に働いてもらうとよろしいかと思います」
「いや、永遠とか……そういうつもりじゃないってば!」
キッペイは私に迷惑をかけたサルエルという男がどうにも許せないようだが、私としては実利を取りたい。利用価値がある人間を、ただ殺してしまうなんてもったいなさすぎる。
「じゃ、そういうことでサルエルにこのことを伝えに行く役をキッペイにお願いできるかな?」
「承知いたしました。しっかりと小悪党に引導を渡して参りましょう」
不敵な笑みを浮かべるキッペイは、もうしっかりとした青年に成長している。若いとはいえ、家令としての経験も積み、実務経験も豊富で、すでにマリス領では中心的な役割を担ってもらっている有能な人材だ。
キッペイならサルエルに威圧されたり誤魔化されたりすることもないし、しっかり鍛えているので力負けの心配もない。
「それじゃお願いね。それにしても思わぬことがあるわね。悪いことはできないものだわ」
私がクスクス笑うと、キッペイも少し笑った。
「それがメイロードさまでございましょう。事件を引き寄せ、問題を解決して、姿は見せない……本来であれば、表に出られて、自ら断罪されればよろしいのです。多くの領民から賞賛と感謝を受けるべきお仕事をされたのですから。でも、それは決してなさらない。困ったことです」
私は苦笑いだ。
「まぁ、そう言わないで。ここでの私は見習い薬師のメイロードでしかないんだから、それでいいのよ。とはいえ、こんなことがあってはきっと勘付かれる日は近いわね。この領地での隠遁はそろそろ終わりにしなくちゃね」
「では、ご帰還に?」
少し嬉しそうなキッペイだが、私はつぎの隠遁先をすでに考えていた。まだまだ、私は休むのだ!
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