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5森に住む聖人候補
853 邪蛇
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853
〝青の巫女〟の私室となっている部屋へと入った私は、驚きで目を見張った。
(部屋中に広がっているこれは……なんだろう? 気持ち悪い色だなぁ。毒々しいモヤみたいな……)
「どうかなさいましたか、姫さま」
気をつかって私の名を呼ばずに〝姫〟と呼んでくれたクモイさんに、私は聞く。
「みなさんは、ここにあるモヤが見えていなのでしょうか?」
「えっ?!」
私の言葉に真っ青になるクモイさん。
「姫様は〝邪気〟がお見えになるのでございますね。そうでございますか……ここもすでに……」
そう嘆くクモイさんは沈鬱な表情で、こう教えてくれた。
「巫女姫様は一度意識を取り戻されたときに私たちにご指示なさいました。
『この〝呪〟はあまりにも危険だ。よいか、お前たちは私がこれから作る結界の外に出なさい。ひとりも結界の内に残してはならぬ。これとは私ひとりで戦う。時間はかかるかもしれぬが、決して私を助けるために中に入ろうと考えてはならぬ。それは私の邪魔になるだけだと考えよ。よいな!』
そしてご寝所に結界を築かれると、そのまま中にこもられ……」
そういいながら泣き崩れるクモイさんの体調も明らかに悪そうだ。
「この部屋の様子ですと、すでに巫女姫様の結界も完璧ではなくなってきているようです。とりあえず結界の外だけでもすぐに払った方がいいですね」
私はそういうと両手を部屋に向け《聖なる浄化》を発動した。これはセイリュウの得意技の浄化魔法。広域に使うためにはものすごい魔法力が必要なため、人間に使えるとは思わなかったと笑われながら教えてもらった《聖魔法》だ。
たしかに魔法力が急激に消費されていく感覚はちょっと気持ち悪い。だが、ともかく浄化だ。私の手から四方に広がった細かな光の粒は、ヘドロのような色をした瘴気をほぼ瞬時に消していき、見る間に部屋はきれいな状態へと戻っていく。
「あ、息が苦しくない」
「頭痛がしなくなりました」
「先程までの気持ちの悪さが……消えました」
巫女姫を見守って、苦しさに耐えながらここで支えていた方々は、躰が急に楽になったことに驚き、私とクモイさんの方を見た。
「いいですか、これはこの奥の院のさらに巫女姫様付きの誇り高きあなたたちだけの秘密です。良いですね!」
なにやらベールをした人物が、悪しき何かを一瞬で消し去ったことを体感した彼女たちは、私に向かって平伏し、セイカの寝所への道を開けた。
「どうか、どうか巫女姫様をお救いください」
クモイさんもまた平伏し、涙ながらに私を見送る。
私はただ頷いて、深呼吸をしてから、寝所にかけられた布の中へと入って行く。
(あ、その前にもう一段結界を張っておこう。また彼女たちの具合が悪くなっても困るし)
そして私はセイカの作った結界の一部を壊して中へと入り込む。
そこは、真っ暗だった。だが、真っ暗に見えるのは、あのヘドロ色をした瘴気が濃すぎて黒に見えているのだとすぐに気づく。
(うわっ! なによこれ!!)
あまりの瘴気に、私は息を止めるようにしながらすぐ行動を開始した。
「《聖なる浄化》」
先ほどの十倍近い魔法力を使って浄化魔法を放つ。これは浄化のための魔法だが、悪しきものに対しては大量の猛毒を浴びせるような効果もある。並の呪物が相手ならば、瞬間に消し去れるほどの攻撃になるはずだ。
魔法を放った瞬間、まだ完全に瘴気が払われる前に寝所の奥で、なにかが叫び声をあげ、のたうち回るような音が響きわたった。
降り注ぐように光の粒が隅々にまで行き渡り、その清浄な光により部屋の瘴気が晴れていくと、そこにはまだ瘴気を放ち続けるセイカの躰に取り憑いたなにかが見えてくる。
「やってくれたな……この巫女といい、お前といい、人間の巫女がこうも強い魔法力と精神力を併せ持つとは……侮ったわ」
しわがれた声でなにかがそう言ったが、私はあえてその声を無視し、セイカに寄り添う。
「セイカ、セイカ、聞こえる? 私よ」
瘴気が晴れたことで、私の言葉が届くのではないかと思い話しかけてみると、うっすらと彼女のまぶたが開き、私を見て微笑みを浮かべた。
「話せなくても大丈夫。あなたの意識が戻ったなら、あとはこれを追い出すだけ、あなたと私ならきっとできるわ。そうでしょう?」
セイカに笑顔を向けると、しわがれた声が私を脅してくる。
「来るな! 近づくな! お前が近づくだけで、この身が焼けるようだ……お前は一体……」
その声をさらにまるっと無視した私は、さすがに抱きかかえるのは難しかったので、セイカに膝枕をし、その顔に触れた。
その瞬間、しわがれた声は断末魔のような叫び声をあげる。
「ぎあああ! 私は蛇の王としてこの世界を収めるのではなかったのですか!? なぜ、こんなところで……」
私はなにも言わず、セイカの躰の中に先ほどのさらに倍の魔法力で《聖なる浄化》を流し込んだ。
「さあ、セイカ! そいつを追い出して!」
私の言葉にカッと目を見開いたセイカは
「私の躰から出て行け、悪しき蛇よ! ここにお前の場所はない! 去ね!」
そう叫んだ。その瞬間、彼女の躰から清浄な光が放たれ、それと同時に黒い大蛇がゴロリと床に現れた。
その大蛇の姿はすでにボロボロで、《聖なる浄化》の効果が続いているため、ボロボロと躰の表面が崩れるように剥がれ落ち、姿も保てなくなり消えつつあった。
「王よ、偉大なる王よ! 私を蛇の王に……」
うわ言のようにそう言い続けるしわがれた声が掻き消えたとき、あきらかにいままでとは違う声が部屋に聞こえた。低く響くその声は、瀕死の邪蛇から発せられているようだが、それまでとは違う禍々しさに満ちていた。
〝青の巫女〟の私室となっている部屋へと入った私は、驚きで目を見張った。
(部屋中に広がっているこれは……なんだろう? 気持ち悪い色だなぁ。毒々しいモヤみたいな……)
「どうかなさいましたか、姫さま」
気をつかって私の名を呼ばずに〝姫〟と呼んでくれたクモイさんに、私は聞く。
「みなさんは、ここにあるモヤが見えていなのでしょうか?」
「えっ?!」
私の言葉に真っ青になるクモイさん。
「姫様は〝邪気〟がお見えになるのでございますね。そうでございますか……ここもすでに……」
そう嘆くクモイさんは沈鬱な表情で、こう教えてくれた。
「巫女姫様は一度意識を取り戻されたときに私たちにご指示なさいました。
『この〝呪〟はあまりにも危険だ。よいか、お前たちは私がこれから作る結界の外に出なさい。ひとりも結界の内に残してはならぬ。これとは私ひとりで戦う。時間はかかるかもしれぬが、決して私を助けるために中に入ろうと考えてはならぬ。それは私の邪魔になるだけだと考えよ。よいな!』
そしてご寝所に結界を築かれると、そのまま中にこもられ……」
そういいながら泣き崩れるクモイさんの体調も明らかに悪そうだ。
「この部屋の様子ですと、すでに巫女姫様の結界も完璧ではなくなってきているようです。とりあえず結界の外だけでもすぐに払った方がいいですね」
私はそういうと両手を部屋に向け《聖なる浄化》を発動した。これはセイリュウの得意技の浄化魔法。広域に使うためにはものすごい魔法力が必要なため、人間に使えるとは思わなかったと笑われながら教えてもらった《聖魔法》だ。
たしかに魔法力が急激に消費されていく感覚はちょっと気持ち悪い。だが、ともかく浄化だ。私の手から四方に広がった細かな光の粒は、ヘドロのような色をした瘴気をほぼ瞬時に消していき、見る間に部屋はきれいな状態へと戻っていく。
「あ、息が苦しくない」
「頭痛がしなくなりました」
「先程までの気持ちの悪さが……消えました」
巫女姫を見守って、苦しさに耐えながらここで支えていた方々は、躰が急に楽になったことに驚き、私とクモイさんの方を見た。
「いいですか、これはこの奥の院のさらに巫女姫様付きの誇り高きあなたたちだけの秘密です。良いですね!」
なにやらベールをした人物が、悪しき何かを一瞬で消し去ったことを体感した彼女たちは、私に向かって平伏し、セイカの寝所への道を開けた。
「どうか、どうか巫女姫様をお救いください」
クモイさんもまた平伏し、涙ながらに私を見送る。
私はただ頷いて、深呼吸をしてから、寝所にかけられた布の中へと入って行く。
(あ、その前にもう一段結界を張っておこう。また彼女たちの具合が悪くなっても困るし)
そして私はセイカの作った結界の一部を壊して中へと入り込む。
そこは、真っ暗だった。だが、真っ暗に見えるのは、あのヘドロ色をした瘴気が濃すぎて黒に見えているのだとすぐに気づく。
(うわっ! なによこれ!!)
あまりの瘴気に、私は息を止めるようにしながらすぐ行動を開始した。
「《聖なる浄化》」
先ほどの十倍近い魔法力を使って浄化魔法を放つ。これは浄化のための魔法だが、悪しきものに対しては大量の猛毒を浴びせるような効果もある。並の呪物が相手ならば、瞬間に消し去れるほどの攻撃になるはずだ。
魔法を放った瞬間、まだ完全に瘴気が払われる前に寝所の奥で、なにかが叫び声をあげ、のたうち回るような音が響きわたった。
降り注ぐように光の粒が隅々にまで行き渡り、その清浄な光により部屋の瘴気が晴れていくと、そこにはまだ瘴気を放ち続けるセイカの躰に取り憑いたなにかが見えてくる。
「やってくれたな……この巫女といい、お前といい、人間の巫女がこうも強い魔法力と精神力を併せ持つとは……侮ったわ」
しわがれた声でなにかがそう言ったが、私はあえてその声を無視し、セイカに寄り添う。
「セイカ、セイカ、聞こえる? 私よ」
瘴気が晴れたことで、私の言葉が届くのではないかと思い話しかけてみると、うっすらと彼女のまぶたが開き、私を見て微笑みを浮かべた。
「話せなくても大丈夫。あなたの意識が戻ったなら、あとはこれを追い出すだけ、あなたと私ならきっとできるわ。そうでしょう?」
セイカに笑顔を向けると、しわがれた声が私を脅してくる。
「来るな! 近づくな! お前が近づくだけで、この身が焼けるようだ……お前は一体……」
その声をさらにまるっと無視した私は、さすがに抱きかかえるのは難しかったので、セイカに膝枕をし、その顔に触れた。
その瞬間、しわがれた声は断末魔のような叫び声をあげる。
「ぎあああ! 私は蛇の王としてこの世界を収めるのではなかったのですか!? なぜ、こんなところで……」
私はなにも言わず、セイカの躰の中に先ほどのさらに倍の魔法力で《聖なる浄化》を流し込んだ。
「さあ、セイカ! そいつを追い出して!」
私の言葉にカッと目を見開いたセイカは
「私の躰から出て行け、悪しき蛇よ! ここにお前の場所はない! 去ね!」
そう叫んだ。その瞬間、彼女の躰から清浄な光が放たれ、それと同時に黒い大蛇がゴロリと床に現れた。
その大蛇の姿はすでにボロボロで、《聖なる浄化》の効果が続いているため、ボロボロと躰の表面が崩れるように剥がれ落ち、姿も保てなくなり消えつつあった。
「王よ、偉大なる王よ! 私を蛇の王に……」
うわ言のようにそう言い続けるしわがれた声が掻き消えたとき、あきらかにいままでとは違う声が部屋に聞こえた。低く響くその声は、瀕死の邪蛇から発せられているようだが、それまでとは違う禍々しさに満ちていた。
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