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6 謎の事件と聖人候補
997 前線基地にて
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997
それは私だけに見える異変。
いつの間にか〝聖なる壁〟からは二本目の不気味な細い糸が現れ、一本目と同じ方向へその先を急速に伸ばし始めていた。
(あれもきっとパレスまで伸びていくのね)
どうすることもできずその行方を見つめていると、セイリュウがボソリと言う。
「かなりまずいのかな? メイロード」
「ええ、あそこに新しい糸が見えてます」
二本に増えた〝糸〟のことをセイリュウに告げると、不気味な滲みが現れては消える場所へ目をやりながらつぶやいた。
「エピゾフォールの力は確実に増しただろうな。〝巨大暴走〟にもさらに干渉してくるかもしれないね」
魔王はあの〝糸〟から吸い上げた魔力で、この瞬間も自身を強化しながら〝聖なる壁〟への攻撃を続けている。その攻撃力もまた確実に上がっているのは間違いない。
「〝糸〟が増えたってことは修復箇所も増えてしまったってことですよね。壁の修復はさらに大変になってしまうんじゃないですか?」
「その通りだけど……まいったな。こんな急激に破壊が進むなんて思っても見なかった」
長い時間をかけてきたエピゾフォールだが、ここへきて破壊力が増してきているのか、それともいままで蓄積されてきた〝聖なる壁〟へのダメージが、いま臨界点を迎えつつあるということなのか、あるいはその両方なのか。ともかく状況が一刻を争う事態になってしまったことは明らかだった。
「もう、グッケンス博士に相談するためにここから離脱する時間も惜しい状況になりましたね」
「メイロード?」
セイリュウは私を見つめ、セーヤとソーヤも私を不安そうに見つめている。
「神様との契約は〝人による解決〟なのでしょう? ならば、私でもいいはずです! 教えてセイリュウ、私はどうすればいいの!」
ーーーーーーーーーー
パレス近郊新ダンジョンから現れる魔物は、いよいよ中層の手強い連中に変わってきている。まだ〝魔術師〟の攻撃を主力として極力兵士の損耗を防ぐ戦略が機能していたが、これからさらに厳しい戦いが続くこともまた明らかだった。
今回の〝巨大災厄〟において、現場での冒険者たちの指揮系統の掌握を任されている〝金獅子の咆哮〟のエルディアス・テーセウスは、前線基地で彼に幼少の頃からつき従っている腹心セセイ・プランスと今後の作戦について話していた。
「参謀本部は魔法騎士たちの投入を決められたと聞きました。もう遠隔の魔法だけではすべてを抑え込めなくなりつつあるとのご判断でしょうか?」
この戦いが始まってからずっと現場で細かい指示をしつつ巡回を続けているテーセウスだがまだその疲れは見えず、いまも地図や報告書を見つめながらこれからの兵士の動かし方を考えているようだ。
「そうだな。まだ総力戦に移行するには早すぎるが、これ以上はあの〝魔術師〟の人数では厳しかろう。援軍はどうなっている?」
「はい、セルツからはすでに〝天舟〟を使った輸送で、魔法学校の戦闘ができる者たちが到着しております」
テーセウスは地図から目を離さず、プランスに短く聞いた。
「使えそうか?」
「講師と職員どちらにもかなりの手だれがいます。元魔法騎士の方も多くいらっしゃいますし、百名ほどですが即戦力でしょう。志願した学生も四百名ほどきておりますが、彼らがどの程度使えるかは……」
「そうだな……それにはあまり期待してはいかんな。ただ、いまはひとりでも〝魔術師〟が戦列に加わってくれることが重要だ。彼らなしでは、兵士をいたずらに減らすことになってしまうからな」
「はい……ここからは〝魔法騎士〟と〝魔術師〟が主力の戦いがしばらく続くでしょう。それで抑え込めなければ……」
プランスは言い淀む。
抑え込めなければ、そのときは血で血を洗う白兵戦となるからだ。
「押さえ込むさ。我々を舐めてもらっては困る」
笑顔を見せるテーセウスにプランスは首を垂れる。
「失礼いたしました。われらがクラン〝金獅子の咆哮〟に負けなどございません。では、私は参謀本部からの《伝令》を整理してまいります」
「ああ、頼む。この期に及んで作戦の行き違いでの失敗などしてはいられないからな」
テーセウスからみて、現状はシド優位だと思えた。中層と思われる階層までの魔物とは戦闘も経験している彼には、現在の人員と作戦があれば、いま襲ってきている大量の魔物もやがて駆逐できる確信がある。
だが、あくまでもそれは現状での評価だ。
(問題はこの中層の魔物たちがどのぐらいの数なのか、そしてあのとき探索しきれなかった未到のダンジョン下層にいる連中がどれだけ手強いか……だ。情報がないのは、なんとも心許ないが逃げるわけにもいくまい)
テーセウスが再び現場への巡回を始めるため立ち上がると、そこへプランスがあわてて駆け込んできた。
「テーセウス様! 戦場に異変でございます!」
日頃沈着冷静な腹心の尋常ならざる様子に、テーセウスは天幕を早足で出ていく。
「なにが起こった?」
だが、そのあとは声を聞く必要もなかった。
ダンジョンから距離をとって設営されているはずの天幕の外では、多くの兵士が魔物と戦っていたのだ。
(なんだこれは⁉︎)
「すぐ土魔法使いに周囲へ壁を立てさせよう。内側の魔物はすべて狩る! わかったな!」
そう言いながら剣を抜いたテーセウスは、一瞬で戦場となってしまった前線基地で猛然と雄叫びを上げ、戦い始めたのだった。
それは私だけに見える異変。
いつの間にか〝聖なる壁〟からは二本目の不気味な細い糸が現れ、一本目と同じ方向へその先を急速に伸ばし始めていた。
(あれもきっとパレスまで伸びていくのね)
どうすることもできずその行方を見つめていると、セイリュウがボソリと言う。
「かなりまずいのかな? メイロード」
「ええ、あそこに新しい糸が見えてます」
二本に増えた〝糸〟のことをセイリュウに告げると、不気味な滲みが現れては消える場所へ目をやりながらつぶやいた。
「エピゾフォールの力は確実に増しただろうな。〝巨大暴走〟にもさらに干渉してくるかもしれないね」
魔王はあの〝糸〟から吸い上げた魔力で、この瞬間も自身を強化しながら〝聖なる壁〟への攻撃を続けている。その攻撃力もまた確実に上がっているのは間違いない。
「〝糸〟が増えたってことは修復箇所も増えてしまったってことですよね。壁の修復はさらに大変になってしまうんじゃないですか?」
「その通りだけど……まいったな。こんな急激に破壊が進むなんて思っても見なかった」
長い時間をかけてきたエピゾフォールだが、ここへきて破壊力が増してきているのか、それともいままで蓄積されてきた〝聖なる壁〟へのダメージが、いま臨界点を迎えつつあるということなのか、あるいはその両方なのか。ともかく状況が一刻を争う事態になってしまったことは明らかだった。
「もう、グッケンス博士に相談するためにここから離脱する時間も惜しい状況になりましたね」
「メイロード?」
セイリュウは私を見つめ、セーヤとソーヤも私を不安そうに見つめている。
「神様との契約は〝人による解決〟なのでしょう? ならば、私でもいいはずです! 教えてセイリュウ、私はどうすればいいの!」
ーーーーーーーーーー
パレス近郊新ダンジョンから現れる魔物は、いよいよ中層の手強い連中に変わってきている。まだ〝魔術師〟の攻撃を主力として極力兵士の損耗を防ぐ戦略が機能していたが、これからさらに厳しい戦いが続くこともまた明らかだった。
今回の〝巨大災厄〟において、現場での冒険者たちの指揮系統の掌握を任されている〝金獅子の咆哮〟のエルディアス・テーセウスは、前線基地で彼に幼少の頃からつき従っている腹心セセイ・プランスと今後の作戦について話していた。
「参謀本部は魔法騎士たちの投入を決められたと聞きました。もう遠隔の魔法だけではすべてを抑え込めなくなりつつあるとのご判断でしょうか?」
この戦いが始まってからずっと現場で細かい指示をしつつ巡回を続けているテーセウスだがまだその疲れは見えず、いまも地図や報告書を見つめながらこれからの兵士の動かし方を考えているようだ。
「そうだな。まだ総力戦に移行するには早すぎるが、これ以上はあの〝魔術師〟の人数では厳しかろう。援軍はどうなっている?」
「はい、セルツからはすでに〝天舟〟を使った輸送で、魔法学校の戦闘ができる者たちが到着しております」
テーセウスは地図から目を離さず、プランスに短く聞いた。
「使えそうか?」
「講師と職員どちらにもかなりの手だれがいます。元魔法騎士の方も多くいらっしゃいますし、百名ほどですが即戦力でしょう。志願した学生も四百名ほどきておりますが、彼らがどの程度使えるかは……」
「そうだな……それにはあまり期待してはいかんな。ただ、いまはひとりでも〝魔術師〟が戦列に加わってくれることが重要だ。彼らなしでは、兵士をいたずらに減らすことになってしまうからな」
「はい……ここからは〝魔法騎士〟と〝魔術師〟が主力の戦いがしばらく続くでしょう。それで抑え込めなければ……」
プランスは言い淀む。
抑え込めなければ、そのときは血で血を洗う白兵戦となるからだ。
「押さえ込むさ。我々を舐めてもらっては困る」
笑顔を見せるテーセウスにプランスは首を垂れる。
「失礼いたしました。われらがクラン〝金獅子の咆哮〟に負けなどございません。では、私は参謀本部からの《伝令》を整理してまいります」
「ああ、頼む。この期に及んで作戦の行き違いでの失敗などしてはいられないからな」
テーセウスからみて、現状はシド優位だと思えた。中層と思われる階層までの魔物とは戦闘も経験している彼には、現在の人員と作戦があれば、いま襲ってきている大量の魔物もやがて駆逐できる確信がある。
だが、あくまでもそれは現状での評価だ。
(問題はこの中層の魔物たちがどのぐらいの数なのか、そしてあのとき探索しきれなかった未到のダンジョン下層にいる連中がどれだけ手強いか……だ。情報がないのは、なんとも心許ないが逃げるわけにもいくまい)
テーセウスが再び現場への巡回を始めるため立ち上がると、そこへプランスがあわてて駆け込んできた。
「テーセウス様! 戦場に異変でございます!」
日頃沈着冷静な腹心の尋常ならざる様子に、テーセウスは天幕を早足で出ていく。
「なにが起こった?」
だが、そのあとは声を聞く必要もなかった。
ダンジョンから距離をとって設営されているはずの天幕の外では、多くの兵士が魔物と戦っていたのだ。
(なんだこれは⁉︎)
「すぐ土魔法使いに周囲へ壁を立てさせよう。内側の魔物はすべて狩る! わかったな!」
そう言いながら剣を抜いたテーセウスは、一瞬で戦場となってしまった前線基地で猛然と雄叫びを上げ、戦い始めたのだった。
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