お飾りな妻は何を思う

湖月もか

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何も考えていない夫

「アルド。明日、お前婚約者に挨拶に行くから予定を空けておくように」

 まだ十一になったばかりなのに婚約者?
 仕事で普段家にいない父は、珍しいことに早く帰宅し、久々の家族揃った夕食の場で突然そう告げた。
 ああ、そういえばというなんとも軽い感じで。

「まあ、貴方もう少し前もって言ってくださらないと」
「……悪い。すっかり忘れていたのを今思い出したんだ」
「父様。母様へ相談もなしに日程を決めたのですか? 常日頃言っているでは無いですか。父様はそういった予定の管理が杜撰なので、大事なことはきちんと母様に相談したうえで決めてくださいと」

 僕を置いてけぼりにして、おっとりした意外としっかり者な母と誰に似たのか聡明で口が達者な妹は父を詰る。
 悪かったと父はあまり悪くなさそうに、困ったような顔で笑った。

 結局その日の夜。僕は眠ることは出来ず、まだ見ぬ婚約者を少しだけ楽しみにしていた。

 -----

 翌日。相手の家へ両親と共に馬車で向かい、通された広い美しい花々が咲き誇る庭。
 美味しい紅茶とお菓子が並べられ、あまりに綺麗な庭に緊張していたところ、父親だろう男性に連れられて少女がやってきた。

「君の婚約者だ」

 その言葉と共に、僕の前にでてきた少女──リーリアはあまり特筆すべき特徴は無かったものの、頬を薄らと染めて照れくさそうに笑う。
 それは薔薇が咲き誇るようだとは言えないが、道端の小さく可愛い花が咲いたような、そんな笑顔だった。

 ……可愛い。
 すとん。とこの子となら結婚したいとそう思った。

 彼女は恥ずかしそうに、こちらを見ていて。ふと目が合うと更に顔を染めて俯いてしまう。

 僕は妹と違い口がうまくは無いので、結局彼女と会話をすることも無く初対面を終えてしまった。
 少しだけしか声を聞けなかったのが残念である。

 そして、春を迎えて僕は学園へと通うことになり、ついぞ彼女ときちんと会話をすることもなく。ましてやそれから会うこともなく学園へ通い始めた。

 手紙や誕生日のプレゼントなどは欠かさず。でも勇気が出ずにデートにも誘うこともできないままで。彼女から何度か誘ってもらっても鍛錬や学業で忙しい時期と被っていてタイミングが合わず、結局誘われることも無くなってしまった。

 可愛い彼女を思い立たせるような文字が連なる手紙は大事に取っておいてあるし、たまに届く贈り物も全て大事にしている。
 どれも彼女か考えて選んでくれたと分かるような暖かみのあるプレゼントだったから。

 学園で歳を重ねるに連れて、更に鍛錬に身を費やし、口調も周囲に感化され少しずつ変わっていき、俺はだんだん彼女の事を思い出す時間が減っていっていた。
 あんなに結婚したいと思ったリーリアの容姿さえ、薄らとしか思い出せなくなるくらいには。

 ──そんな時だった。
 リーリアとは違い、容姿の美しい彼女と出会ったのは。

 まるで薔薇が咲き誇るように艶やかにわらう彼女。聡明で会話が弾む。
 そんな彼女、アイリーンは騎士に憧れて自らが騎士を目指す女性。

 平民ながらも昔助けて貰った騎士に憧れ、同じような騎士を目指すというとても素晴らしい女性だった。
 なんて志が高いのだろう。
 リーリアと違い、志も高く自信に満ち溢れた美しい女性。
 アイリーンと結婚出来たらどんなにいいことだろうか。
 俺はだんだんとアイリーンに夢中になり、アイリーンもまた俺に心を預けてくれるようになり。

 リーリアのこともすっかり忘れていたころ。二歳下のリーリアが学園に入学してきたのだ。
 学科は違えども婚約者であるリーリアを迎えに行かないというわけにはいかなかった。

 その日馬車から降り立ったリーリアは記憶の中と違い少女から女性へと変貌を遂げていた。

「リーリア、久しぶり。……綺麗になったね」

 懐かしく思いながらもリーリアに手を差し出し、きゅとたどたどしく握りしめた手を引いて学園を案内する。
 あっちが職員室、こっちが食堂、あそこは生徒会室。と一つずつ丁寧に、彼女が学園だ困ることのないように。

 アイリーンの手とは違い小さくて柔らかな手は妹のようで。
 実の妹ほど口喧しくはないが、まるで妹みたいだなと思いながら、彼女の名を呼びゆっくりと時間をかけて案内した。

 お昼は時間が合えば共にすごし、短い間だったが婚約者として初めて学園ですごし、俺は卒業を迎えた。

 おめでとうございますと我がことのように微笑むリーリア。
 お祝いのために用意してくれたであろう花束を受け取り、卒業から数日後には入団した騎士団の寮へと入った。
 卒業の日に貰った花束はいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。

 -----

 入団した先には同僚としてアイリーンがいた。同じところに配属になったのはきっと運命。
 他にももちろん女性騎士はいたものの、美しく聡明で技術もあるアイリーンは輝いて見えた。

 騎士として働き始め、休む暇もなく鍛錬をして。業務に追われる日々に余裕もなくなり、リーリアからの手紙が煩わしくなってきた。
 同僚達と過ごす方が楽しいし、アイリーンと訓練をしたり外出する方がより楽しい。

「ふふ、アルドったら何度言ってもその癖直らないのね。貴方いつもフェイントかけるとき、少し剣先がぶれるんだもの。わかりやすいわよ」
「……癖なんだ。しょうがないだろ」

 女性であるアイリーンに隙をつかれて負ける日もあるが、背を預けて戦うのはとても楽で。いつしか団の中で俺とアイリーンはセットとして扱われるようになり、浮かれていたのだと思う。

『リーリア嬢との結婚式はどうするんだ?彼女も卒業しただろう』

 と父から手紙を来た時に血の気が引いた。
 そうだ俺は婚約者と結婚しなければいけないのだと。

 卒業式は既に終わっていて、これからの話し合いをしなければならない時期になってきたのに全く気づかなかった。そもそも父の手紙が来るまでリーリアの存在すら忘れていたのだ。

  リーリアの卒業から数ヶ月が経過したころ、覚悟を決めた俺はリーリアへ会おうと連絡をした。
 当日、花屋へ行きプロポーズと言えばこれだろうと薔薇を適当に選ぶ。もうどれでも良かった。
 プロポーズだと店員につげ、綺麗に仕上げてもらったものを片手に、リーリアの家へ。

「花束なんて買ってどうするんだ?」
「ああ、今から婚約者のところへいくんだ」

 見回りについて来ていた同僚はぎょっとした顔をする。
 何かおかしいかと問えば、苦いものを噛み砕いた時のようななんとも言えない表情をして。結局、なんでもないのだと。

 訪問した先で出てきたリーリアはとても綺麗に着飾っていた。
 持っていた花束を差し出し結婚しようと伝えると、彼女は嬉しそうに頬を染め、瞳に涙を堪えながら喜んでと花が咲くように笑う。
 義務は果たしたとホッと一安心した俺は、紅茶でもと誘われることも無く、仕事があるのでとそのまま見回りへ。

 何故かその後からその日ともにいた同僚とは関わることがなくなってしまった。
 見回り中もこちらを睨めつけるような鋭い目をしていたきがするが、きっと俺の後ろに怪しい人物でもいたのだろう。

 -----

 準備も着々とすすみ、無事何事もなく式が終わりリーリアへの義務は果たした。そう判断した為にアイリーンの元へと向かう。

「……アルド結婚したんじゃないの」
「したさ。長年の婚約者との義務だから。でも愛してるのは君だ」
「じゃあ奥様のことは?」
「愛してはいるよ。妹みたいなものかな」

 そうだったのねと嬉しそうに笑うアイリーンに愛おしさが溢れる。

 その後はもう家に寄り付くこともなく、妻となったリーリアと過ごすことも無く日々が過ぎていった。
 もちろんアイリーンにも一見揃いに見えない、互いの瞳の石が嵌った腕輪を贈り、二人で幸せだと笑いながら互いの腕にはめる。
 リーリアとの結婚式よりもそれっぽかったし、一緒にいられると凄く高揚した。

「凄く嬉しいわ!こんなに綺麗な腕輪なんて」
 と本当に嬉しそうに、仕事の合間にも腕輪を撫でては微笑んでいた。そういうところがとても可愛い。

 ひと月ほどしたころアイリーンが住んでいる寮の隣の部屋でボヤ騒ぎがあり、壁から燃え広がり何人かすめなくなったのだ。
 これ幸いとアイリーンを副官として妻に紹介し、家に住んでもらうことにした。仕事の話もすぐできるし、フォローして貰えるし、なにより愛しいアイリーンと四六時中いれるし。
 一石三鳥くらいある!と強行することにしたのだ。

 アイリーンもちゃんとリーリアのことは奥様と呼び、マナーもきちんとできていたのでなにも問題はなかった。
 少なくとも俺には問題はなかったし、表面的な問題もなかった。

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 結婚から何事もなく過ごし、2年ほどが経過したころ。
 王太子の結婚という国を上げての大イベント。同盟国からも参加者がいて当日の警備などもあるが、友人枠として招待状が届いたのだ。

「旦那様。王太子殿下より結婚式の招待状が届いております。返信は如何なさいましょう?」
「いつだ」
「一月後の二十日でございます」
「出席する。そう返信しておいてくれ」
「畏まりました」

 その日なら非番にして貰えるはずだし、そもそも警備担当からは外れている。

「ああ、ちょっと待ってくれ。その返信に追記して欲しい事がある」

 手紙を手に踵を返した執事を呼び止め、大事な要件を伝える。

「“妻は体調を崩している。恐らく出られないだろう。忙しいと思うので見舞いは不要である。妻の代わりに私の副官を連れていく”と。そのように上手く書いてくれ」
「……は、畏まりました」

 妻と出るよりも美しく着飾ったアイリーンと出席した方が良いだろう。それにエスコートを公の場でしたかったのもある。本当に浮かれていた。
 王太子妃になる女性がリーリアの友人であることすら念頭になく、それまでにアイリーンのドレスを用意せねばと。お揃いの色にするか、さりげなく揃いにするか。何色にするか、どのデザインにするか。装飾品も買わねばと。

 その会話をリーリアが聞いていたことも、執事が去り際にこちらを見ていたことにすら気づかないほどに。

 その数日後気づいたらリーリアが姿を消していた。
 文字通りこの屋敷にハナから存在しなかったかのように、指輪だけを残し、何も持たずに居なくなった。


 もちろん探した。アイリーンと違い鍛えてもいない弱いリーリアが一人でなにも持たずに消えたのだから。
 だがどれだけ探そうとも見つからない。本当にその場から消え去ったかのように痕跡が見つけられないのだ。

 もちろん真っ先に彼女の実家へ向かい確認した。
『リーリアはいない』の一点張り。どこにいるかも知らないと言うのだ。

 そんなわけは無い。そう思うものの居るという証拠もなく、知っているという確実なものもないため、引き返す他なかった。

 リーリアが見つからず数週間が早くも経過したころ。
 リーリアの両親から『娘は死んだことにしてほしい』ととんでもない手紙が届く。見間違いかと思ったが、何度見ても内容は同じ。
 直接聞こうにも門前払いもいいところ。その要求以外にはないとでもいうような頑なさで、結局こちらが折れた。

 葬式も済まし。1ヶ月程してからアイリーンを妻に迎えた。
 所属していた騎士団からは何故か国境付近の地へと異動を命じられ、地方に飛ばされることにはなったもののアイリーンと夫婦として生活できるならそれで良かった。

「アイリーン、愛してる、幸せだ」
「私もよ」

 そして国境近くの前線で戦いながらも幸せをかみ締めた。

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「アルド? 誰だそいつ」
「あー、アイツじゃないですかね。ほら、綺麗な奥さん連れてこっちに来たやつ」
「……いたか? そんなやつ」
「ほら、この間片足無くしたか、顔に火傷をおったとかで妻に捨てられたやつですよ」
「あー、あいつか。そいつならさっき死んだよ。お嬢さん、そいつと知り合いか? 残念だったな。ここは国境が近いから小競り合いが絶えねえんだわ。毎日誰かが死んでるところさ」

 ローブを深く被った女性に向かって騎士崩れのような男たちは言う。
 彼女はアルドという男を探しているのだと。

「いいえ、とてもいい知らせがきけたわ。とても、ね」
 鈴を転がしたような可愛らしい声は冷たく、フードから除く口元はとても嬉しそうに弧をえがいている。

「なんだ、恨みでもあったのか?」

 薮をつつくなと周りが止めるも好奇心に勝てない男が問うた。

「ええ、とってもとっても恨んでるの。だって、そいつ私の親友の幸せをぶち壊したクズなのだから」
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