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第2話
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ことの始まりは現在から2時間程前。
高校から帰宅した想次郎は真っ先に自室へと向かい、デスクトップパソコンの前へ腰掛ける。
学校では最近嫌なことが続いていた。そして今日は中でも特段嫌なことがあった日だった。
電源タップのスイッチを入れ、目当てのゲーム機を起動させる。
想次郎には今、唯一とも言える心の拠り所があった。その拠り所さえあれば、少しばかりの〝嫌なこと〟も忘れられた。しかし、今日学校で起こったことは、これまでの〝嫌なこと〟をひっくるめても釣りがくる程の代物だった。
そうは考えても想次郎には〝これ〟しかない。深く考えるよりも先に目的の準備を進める。
静かな唸り声を上げるマシンは同年代の中でも特に人気のゲーム機、イルシオン3。想次郎くらいの年齢の少年少女ならば、所持していない方が少ないと言って良いくらいのポピュラーなものだ。
数多くリリースされているソフトの中でも想次郎を虜にするのは去年発売されたRPG、リリィ・オブ・ザ・ヴァリ。
剣と魔法、モンスターや悪魔が登場する正統派なRPGでありながら評価は高く、未だに中古の買い取り価格が下がらない名作だ。
コンセプトも平凡、特段奇抜な設定もなく、今時珍しく〝オンライン〟非対応の他者とは競わないストーリーモードがある。
何故、そのような時代遅れのゲームタイトルがそこまでの評価を勝ち取っているのか、理由は単純で、クォリティが凄まじく高いのだ。
本ソフト発売と同時に実装された新型のVRゴーグルを使用することで、イルシオン3が実現する美麗なグラフィックを文字通り視界全体で堪能することができる。景色やキャラクターデザインが美しく、没頭しているうちにまるで現実の世界かと錯覚してしまう程の出来だった。
すっかり見慣れてしまった景色の中を想次郎は一縷の迷いも見せない足取りで進んで行く。
目指すは拠点となる最初の街ではなく、その外れに位置する捨てられた古い墓所。その中の墓石の一つを動かすと、地下の迷宮へと続く階段が現れる。
所謂隠しステージというもので、この迷宮はゲームの本シナリオクリアには必要のないステージだ。このゲームにはそういった隠しステージ、ゲーム内の呼称としてEXシナリオが無数に存在する。
「何度来ても暗いなぁ……」
想次郎は独り言を溢しながらゆっくりと、しかし迷わずに朽ちた石作りの道を進んで行く。
本シナリオとは無関係だが、勿論EXシナリオをクリアすることによって多くの経験値を得られる、レアアイテムが手に入る等の恩恵はある。
しかし、想次郎の目的はそんな一般的なプレイヤーとはまるで異なるものであった。
「くそ、何でこんなに無駄にリアルなんだ……。ほとんどホラーゲームじゃないか」
グラフィックが美麗過ぎて掻き立てられる恐怖心もまた一層強い。石造りの壁の朽ちている質感や、地面の少し湿った感じはバーチャルを通り越して現実だと錯覚させるには十分な出来であった。
加えて想次郎はこういったホラーな雰囲気が人一倍苦手だった。そういったジャンルの映画は一切見ないし、お化け屋敷も生まれてこのかた入ったことがない。
それでも進む理由が、進まねばならぬ理由が想次郎にはあった。
時折現れるモンスター、アンデッドのグールを掻い潜りながら想次郎はひたすらに進む。
想次郎が現在装備している〝暗殺者の装束〟が持つパッシブスキルの一つ〝隠密〟のお陰でモンスターに気付かれる可能性が抑えられているのに加え、道順を暗記しており、最短ルートを行く想次郎がモンスターに気付かれる可能性は格段に低くなっている。
そう、先程独り言でも言っていた通り、想次郎はこの迷宮へ「何度も」足を運んでいるのだ。とある明確な目的の為に。
「ああぁ……」
曲がり角で立ち止まり、折れた先の道を確認していた想次郎の背後から生気のないグールの唸り声が響いた。
ゲーム内のモンスターは1~5の5段階でクラス分けされており、数字が大きくなる程高位のモンスターであることを意味する。
必然的に高位のモンスター程強い傾向にあるが、グールはその中でも最低ランクのC1だ。しかしそのクラス分けの他に個々のレベルというものもあり、いかにランクが低かろうとレベルが高ければ強敵となる。
そしてことこのEXシナリオにおいては、そのエリア本来の適正レベル以上のモンスターが出現する。現在想次郎がいるエリアは最初期のステージの為、大体レベル10に満たないモンスターしか出現しない筈だが、ひとたびこの迷宮に迷い込んでしまえば優にレベル20を超えるグールがそこら中に跋扈していた。
「う、うわぁ!」
突然の唸り声に驚きながらも、想次郎は装備している〝カランビットナイフ〟を抜き、振り返りざまにその抜き身をグールの首元とへ食い込ませる。その怖がりようとは裏腹に無駄のない動きである。恐怖に苛まれながらも幾度となく戦闘を行ったが為に、自然と身体に染み付いた動作であった。
グールは唸り声を上げながらその場に倒れ込む。同時に経験値を入手したことを知らせるエフェクトと数字が想次郎の視界の端に映った。
「ったく、いちいち怖いんだよ……」
想次郎は驚いた拍子に現実世界の机に打ち付けてしまった膝を摩りながら嘆いた。
確かにこのステージのモンスターはエリアの適正レベルを超えている。しかし、それを見越して予めレベル上げをしておくことによって、お世辞にもゲームが得意とは言えない想次郎でも難なく倒すことができた。
その為にゲームが始まって最初期の地でレベル一桁台の所謂雑魚モンスターを狩り続けた想次郎のレベルは既に43。適正でいうと本シナリオでいう三~四つ程先のボスまで攻略できてもおかしくないレベルだ。
しかし、今の想次郎にはこのゲームの本編クリアなど眼中になかった。
何度も説明するように、彼には目的がある。
このゲームを入手して半年になろうというのに最初期のエリアから頑なにシナリオを進ませようとせず、恐怖心に苛まれながらもこの墓所の迷宮へ毎日足繫く通う目的が。
やがて想次郎は迷宮の最奥、EXシナリオのボスが待ち構える部屋へと辿り着く。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【モンスター】
アンデッド族C1:グール
人がアンデッド化した姿。理性はとうに失われ、上位のアンデッドモンスターに使役される他はただ飢えに従って彷徨うだけの存在。しかし僅かばかり生者の頃の記憶があるのか、時たま寂し気に遠くを眺めるグールに出くわすこともある。
高校から帰宅した想次郎は真っ先に自室へと向かい、デスクトップパソコンの前へ腰掛ける。
学校では最近嫌なことが続いていた。そして今日は中でも特段嫌なことがあった日だった。
電源タップのスイッチを入れ、目当てのゲーム機を起動させる。
想次郎には今、唯一とも言える心の拠り所があった。その拠り所さえあれば、少しばかりの〝嫌なこと〟も忘れられた。しかし、今日学校で起こったことは、これまでの〝嫌なこと〟をひっくるめても釣りがくる程の代物だった。
そうは考えても想次郎には〝これ〟しかない。深く考えるよりも先に目的の準備を進める。
静かな唸り声を上げるマシンは同年代の中でも特に人気のゲーム機、イルシオン3。想次郎くらいの年齢の少年少女ならば、所持していない方が少ないと言って良いくらいのポピュラーなものだ。
数多くリリースされているソフトの中でも想次郎を虜にするのは去年発売されたRPG、リリィ・オブ・ザ・ヴァリ。
剣と魔法、モンスターや悪魔が登場する正統派なRPGでありながら評価は高く、未だに中古の買い取り価格が下がらない名作だ。
コンセプトも平凡、特段奇抜な設定もなく、今時珍しく〝オンライン〟非対応の他者とは競わないストーリーモードがある。
何故、そのような時代遅れのゲームタイトルがそこまでの評価を勝ち取っているのか、理由は単純で、クォリティが凄まじく高いのだ。
本ソフト発売と同時に実装された新型のVRゴーグルを使用することで、イルシオン3が実現する美麗なグラフィックを文字通り視界全体で堪能することができる。景色やキャラクターデザインが美しく、没頭しているうちにまるで現実の世界かと錯覚してしまう程の出来だった。
すっかり見慣れてしまった景色の中を想次郎は一縷の迷いも見せない足取りで進んで行く。
目指すは拠点となる最初の街ではなく、その外れに位置する捨てられた古い墓所。その中の墓石の一つを動かすと、地下の迷宮へと続く階段が現れる。
所謂隠しステージというもので、この迷宮はゲームの本シナリオクリアには必要のないステージだ。このゲームにはそういった隠しステージ、ゲーム内の呼称としてEXシナリオが無数に存在する。
「何度来ても暗いなぁ……」
想次郎は独り言を溢しながらゆっくりと、しかし迷わずに朽ちた石作りの道を進んで行く。
本シナリオとは無関係だが、勿論EXシナリオをクリアすることによって多くの経験値を得られる、レアアイテムが手に入る等の恩恵はある。
しかし、想次郎の目的はそんな一般的なプレイヤーとはまるで異なるものであった。
「くそ、何でこんなに無駄にリアルなんだ……。ほとんどホラーゲームじゃないか」
グラフィックが美麗過ぎて掻き立てられる恐怖心もまた一層強い。石造りの壁の朽ちている質感や、地面の少し湿った感じはバーチャルを通り越して現実だと錯覚させるには十分な出来であった。
加えて想次郎はこういったホラーな雰囲気が人一倍苦手だった。そういったジャンルの映画は一切見ないし、お化け屋敷も生まれてこのかた入ったことがない。
それでも進む理由が、進まねばならぬ理由が想次郎にはあった。
時折現れるモンスター、アンデッドのグールを掻い潜りながら想次郎はひたすらに進む。
想次郎が現在装備している〝暗殺者の装束〟が持つパッシブスキルの一つ〝隠密〟のお陰でモンスターに気付かれる可能性が抑えられているのに加え、道順を暗記しており、最短ルートを行く想次郎がモンスターに気付かれる可能性は格段に低くなっている。
そう、先程独り言でも言っていた通り、想次郎はこの迷宮へ「何度も」足を運んでいるのだ。とある明確な目的の為に。
「ああぁ……」
曲がり角で立ち止まり、折れた先の道を確認していた想次郎の背後から生気のないグールの唸り声が響いた。
ゲーム内のモンスターは1~5の5段階でクラス分けされており、数字が大きくなる程高位のモンスターであることを意味する。
必然的に高位のモンスター程強い傾向にあるが、グールはその中でも最低ランクのC1だ。しかしそのクラス分けの他に個々のレベルというものもあり、いかにランクが低かろうとレベルが高ければ強敵となる。
そしてことこのEXシナリオにおいては、そのエリア本来の適正レベル以上のモンスターが出現する。現在想次郎がいるエリアは最初期のステージの為、大体レベル10に満たないモンスターしか出現しない筈だが、ひとたびこの迷宮に迷い込んでしまえば優にレベル20を超えるグールがそこら中に跋扈していた。
「う、うわぁ!」
突然の唸り声に驚きながらも、想次郎は装備している〝カランビットナイフ〟を抜き、振り返りざまにその抜き身をグールの首元とへ食い込ませる。その怖がりようとは裏腹に無駄のない動きである。恐怖に苛まれながらも幾度となく戦闘を行ったが為に、自然と身体に染み付いた動作であった。
グールは唸り声を上げながらその場に倒れ込む。同時に経験値を入手したことを知らせるエフェクトと数字が想次郎の視界の端に映った。
「ったく、いちいち怖いんだよ……」
想次郎は驚いた拍子に現実世界の机に打ち付けてしまった膝を摩りながら嘆いた。
確かにこのステージのモンスターはエリアの適正レベルを超えている。しかし、それを見越して予めレベル上げをしておくことによって、お世辞にもゲームが得意とは言えない想次郎でも難なく倒すことができた。
その為にゲームが始まって最初期の地でレベル一桁台の所謂雑魚モンスターを狩り続けた想次郎のレベルは既に43。適正でいうと本シナリオでいう三~四つ程先のボスまで攻略できてもおかしくないレベルだ。
しかし、今の想次郎にはこのゲームの本編クリアなど眼中になかった。
何度も説明するように、彼には目的がある。
このゲームを入手して半年になろうというのに最初期のエリアから頑なにシナリオを進ませようとせず、恐怖心に苛まれながらもこの墓所の迷宮へ毎日足繫く通う目的が。
やがて想次郎は迷宮の最奥、EXシナリオのボスが待ち構える部屋へと辿り着く。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【モンスター】
アンデッド族C1:グール
人がアンデッド化した姿。理性はとうに失われ、上位のアンデッドモンスターに使役される他はただ飢えに従って彷徨うだけの存在。しかし僅かばかり生者の頃の記憶があるのか、時たま寂し気に遠くを眺めるグールに出くわすこともある。
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