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第六章 最強の少女、罪に問われる

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「可能性はある。もしかすると今まで間違った話が伝播されていたのかもしれん。実は、古代勇者は魔王を討伐できず、剣に封印。こうして現代まで魔王は眠り続け、何故か封印が突破された。魔王は解き放たれ、ベナゲードは魔王に支配され、この様に。どうだ」
「っん……なるほどね。あるかもしれないし、無いかも……微妙ね」
「一応、最重要事項として仲間と調査する。最近は物騒だ。先日ではグランディール国王の寝室に侵入者が入ったらしい。国王が不在の時に部屋の書物を荒らされたとな」
「そりゃ災難ね」
「俺は……大きな何かが良からぬ策謀をしていると予想している。お前も注意しておいてくれ。本当に何が起きるか分からんからな。なんせ今、シトラ魔王様が夜魔将官をつれて、グランディールに来ているくらいだ。さっき、アイギスから連絡があった」
「へえ……え、そうなの⁉ 見たかった! なんてことしてくれんのよ、クソジジイ!」
 リゼットは普段、一切見せない好奇に満ちた目で、リザインの肩を激しく揺さぶる。
「な、なんだよ、興味あったのか。てっきりお前はどうでもいいかと」
「魔王よ? 興味ないわけないじゃない! もしかしたら一目できたかもしれないのに」
 彼女の父親として十数年。リザインは初めてリゼットの事を一つ知った気がした。
「疾風の覇者さんはそんなことに興味あったんだな。よし、メモ……っと」
 懐からメモ帳のようなものを取り出し、リザインは丹念に記録する。
「こほん、まあ、なんだ。また会えるさ。うん」
「ないでしょ! あー仲間達は見たのかしら。あんたに呼ばれなかったら見れたかもしれないのに。見たんなら後でどんな感じだったか聞かないと────ッ⁉ な、なに!」
 突然、大地を揺るがす震動に見舞われ、リゼットは大きく体勢を崩す。
「地震か⁉ くっ、リゼット!」
 リザインはリゼットの腕をつかんで手繰り寄せ、自分の懐へ隠す。ここは地下洞窟。しかもかなり劣化しているため、崩落してしまってはただでは済まない。
「……なんとか耐えたか」
 何度か揺り返しがあったが、本震は過ぎ去ったようだ。
「あぶねえ。こんなところで死んでたまるか。やり残した事がまだあんだからな」
「ちょ、ねえ……」
「あ? なんだ。ケガしたか?」
 どこか居心地が悪そうに、リゼットは頬を赤らめていた。
「違うわよね? 私も大人よ。年頃の美女を抱くってある?」
「なに自分で言ってんだてめえ。守ってやったってのに」
 リゼットから距離を取り、リザインは衣嚢から通信用の魔法道具を取り出す。
「っち、繋がらんか。通信障害が起きているな。リゼット、まずは外に出るぞ」
 二人は来た道を引き返し、大階段を上がる。ところが妙で、まだ日が暮れる時間帯ではないというのに、地上から一切、こちらへと光が差してこない。
「な、なによあれ……!」
「なっ⁉」
 地上へ戻った二人がまず目にしたのは、グランディール国だった。王国の辺りだけが暗黒に囚われたように暗く、激しい稲妻が宙を走っていた。だが、それだけではない。
「国を覆っているあの影は……」
 グランディール国の象徴である塔よりも高い、巨獣のような、人のような幻影。国を圧潰すほどの手を空に掲げると、幻影は虚空に大規模な文字を書き連ねていく。
「あれは……ユリシーレの絶対だと⁉」
「ユリシーレの絶対⁉ 確か、魔王の絶対宣言よね!」
「そうだ。あれは世界の秩序を正した初代魔王と言われるユリシーレの幻影で、あれが書き並べている文字が完成すると、宣言が成立し、一時的な法制となる。にしても、どういうことだ……。まさか、シトラ魔王様がグランディールで絶対宣言を?」
 予期せぬ事態に、リザインは慌ててアイギスに連絡を取ろうと魔法道具を起動させる。やはり通信が上手くいかないようで、一向に繋がる気配がしない。
「くっ、一体どうなっていやがる……!」
「見て、文字が完成するわ」
「なんだ……一体どんな宣言を……」
 二人はユリシーレの幻影が空に書き並べた三文を目通しする。いずれの三文には、ある名前が必ず記載されていた。
「ツルカ……」
「……ハーラン」
 そして、幻影と暗雲は派手に四散。再び天に蒼穹が蘇り、空中に佇んだ文字は霧となって大気に還元される。一過性の現象に、二人は状況を分析できなかった。
「……一体どういうことだ。ツルカ=ハーランは夙に処刑されると聞いたが──ん⁉」
 やっとリザインの魔法道具が稼働する。どうやら着信が来ているようで、慌ててリザインはそれを口元に近づけた。
「アイギスか! どうなっている、国では一体何が!」
 焦慮に打ち震えるリザインは、怒鳴るような声を魔法道具に浴びせる。
『おー、うるさいな。あんた、結構年なんだからさ、声を張り上げるのは良くないぞ?』
 魔法道具からまず聞こえたのは、リザインを扇動するような言葉だった。
「うるせえぞガキが。質問に答えろ!」
 焦らしているのか、随分と間を空けてアイギスらしき人物が声を発する。
『面白いことになったぞ、実はな────』
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