拾ったネコがくれたもの

小夏 礼

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8.ノアがくれたもの

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私はノアを捕まえたかったが、その男性がどんな人かわからず近寄ってもいいものかどうか考えていたら、男性につられてこちらを見たノアが私の方にやってきた。
「にゃー」
私の足元で鳴くノアを持ち上げ、ぎゅっと抱きしめた。
よかった。ノアがどこかに行ってなくて。誰かに連れ去られていなくて。

「黒ネコ君の飼い主さん?」
私がぎゅうぎゅうノアを抱きしめていたら、声をかけられた。
ノアを撫でていた男性だ。
「え、ええ。このネコは私のネコです。首輪を外したまま外に出ていってしまって探していたんです」
暗にこのネコは私の飼いネコであることを主張すると、男性は安心したように笑った。
「そうなんですね。いつも首輪をしていたのに今日はしていなかったので、どうしたのかと思っていたんです」

「いつも?」
「はい。仕事帰りに会うので」
「そ、そうですか」
ノアのことを覚えているなんて、この人ネコ好きなのかな。

「あの……」
私がそんなことを思っていたら、男性が話し出した。
「は、はい」
「いつも黒ネコ君に会ったら撫でさせてもらっているんですが、毛並みの触り心地が良いですよね。どうやったらその毛並みを維持できるのか……何かコツとかあるんですか?」
ノアは人懐っこいところがあるが、撫でさせるのは意外に選んでいたりする。
この人はノアに認められた人のようだ。なので、少しぐらい話をしていても大丈夫だろう、たぶん。
「えっと……私はまだ1年ほどしかネコを飼った経験がないのでよくわかりません」
「そうなんですか?」
「ええ。だからこの子が気持ち良いようにブラッシングしているだけなのでコツと言われても……」

コツなんてよくわからない。ただただ、ノアを傷つけないように慎重に、ノアが気持ち良いように丁寧にブラシを動かしているだけだ。
「こんなに毛並みがいいので、長年飼っている方かと思っていましたが、違うんですね。初心者の方でここまで綺麗な毛並みを維持できているということは、とても丁寧にブラッシングされているんですね」
にっこり笑いながらブラッシングのことを褒められた。

「あ、ありがとうございます」
褒められ慣れていない私は、男性の言葉に顔を真っ赤にさせながらお礼を言った。
男性はそんな私をみて、クスッと笑みを浮かべた。
わ、笑われた……

「あ、そうだ。あの、名前は?」
「え?久賀ですが」
笑われたことを恥ずかしがっていたら、名前を聞かれたので反射的にするっと答えてしまった。
が、男性は私の言葉に目を丸くしてから、また軽く笑った。
「い、いえ。あなたのではなく、その黒ネコ君の名前を尋ねたんです」
そう言われて、私は自分の勘違いに再び顔を赤くした。

「こ、この子はノアです」
羞恥に身悶えながらも、何とか声を捻りだし答えた。
そうすると、男性は肩からかけていたショルダーバックから何かを出して私に差し出してきた。

受け取ると、それは名刺だった。
そこには、ペットサロンの名前と人の名前が書かれていた。
田辺諒人
下の名前の漢字は……たしか「あきと」と読めるはず。

「俺、その店でトリマーをやっています。もしよかったら今度ノア君の手入れさせてくださいね」
彼―田辺さんは、私にそう言ってからノアを一撫でし、「では久賀さん、ご縁があればまた」と言って立ち去っていった。

彼からもらった名刺を握ってしばらく動けなかった。
一体何だったのだろう?営業?こんなところで?
「にゃー」
動かない私を心配したのかノアが鳴き、その声で我に返った。

腕の中にいるノアを見下ろすと、ノアはなぜか嬉しそうな顔をしていた。
「帰ろうか、ノア」
そう言って、ノアを抱きしめながら家に帰った。

帰った後すぐに、ノアの首に首輪を付け直した。
首輪を嫌がるかなと思ったが、すんなり付けられた。もう大丈夫なのだろうかとしばらく見ていたが、家を出る前のような行動をもうしなかった。

ノアを撫でながら、今日会った彼―田辺さんの名刺をみる。
それを見て、今までお世話になっていたトリマーさんが旦那さんの転勤で店を辞めるので、今後は別の人が担当すると言っていたのを思い出した。
ノアが撫でさせていたことから考えても、あの人に懐いているように思う。
懐いている人の方がノアも安心できるだろうから、あの人に一度頼んでみるのもいいかもしれない。お店の住所を調べてみたら、うちから歩いて行ける距離なので通えるだろう。
そんな風に私は思った。

後日、田辺さんが働いているお店に行ったことをきっかけに、彼からアプローチを受けることになり、交際を経て結婚することになる。

ノアは、これまで私に、今まで知らなかったことに触れる機会、温かい日常の触れあいや愛情、トラウマの緩和など、たくさんのものを与えてくれた。
だが、将来の夫との出会いまで与えてくれていたことには、この時の私はまだ気づいていなかった。


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