星空ゆんたく☆恋と旅行とお酒とグルメ

猫正宗

文字の大きさ
4 / 14
第一話 南の島で年下の彼と再会しました。

第一話④

しおりを挟む
 ダイビング用のスーツに着替えた私は、マリンスクール与那覇のロゴが描かれたボートに乗って沖に向かっていた。
 モーター音を響かせながら高速で進むボートが、時折り波に乗り上げては、直後にドスンと海面に落ちる衝撃をお尻に伝えてくる。
 なんだか遊園地のアトラクションみたいで、ちょっと楽しい。

 私はボートの縁に腰掛け、吹き付けてくる風に髪を押さえながら景色を見渡す。
 遮蔽物なんて何もなく、視界いっぱい見渡す限りパノラマに広がった綺麗な海。
 空から降り注ぐ真夏の日差しが、波打つ水面にキラキラと反射している。
 なんとも幻想的な風景だ。
 沖縄の海は実際に近くで眺めると実はエメラルドグリーン一色という訳ではなく、ところどころ青色だったり新緑色だったりと様々な色合いで目を楽しませてくれる。
 この色の変化はなんでも水深や海底の砂や水温なんかの違いによるものらしい。

 私は自分を誤魔化すみたいにそんな雑学を思い起こしながら、遠くの美しい景色を眺め続ける。
 というか近くが見れない。
 だって私の対面のすぐそこに、喜友名くんが座っているものだから、前を見ることが出来ないのだ。
 胸がドキドキする。
 さっきからずっと頬が赤くなったままなのが自覚できる。
 でも仕方ないと思う。
 それもこれも、すべて喜友名くんのせいなのだ。
 私は今しがた、彼にキスされそうになったことを思い返す。
 ……びっくりした、本当に。
 いまだに心臓がうるさいくらいにバクバクしているほどだ。
 とはいえ嫌ではなかった。
 だって喜友名くんは年下だけどかっこいいし、抱擁力とかもありそうだし、けれども年相応に狼狽える姿はなんだか可愛いし。
 私は海を眺めるフリをしながら、私と同じく遠くに視線を向けている彼をチラリと横目で見る。
 風に靡く自然な色合いの黒髪。
 キリッとして格好の良い横顔。
 けれども彼の褐色に焼けた頬も少し赤みを帯びている気がするから、もしかすると喜友名くんも照れてるのかも知れない。
 そう思うとまた胸がドキドキしてきた。
 こんなときめき、いつ以来だろう。
 私はひっそりと心臓に手をあてて、早鐘を打つ鼓動を抑える。

「……先輩」

 ようやく落ち着いてきたところで、声を掛けられた。
 いつの間にか喜友名くんが私を見ていた。

「――っ⁉︎ ひゃ、ひゃい!」

 うわっ、最悪だ。
 いま思いっ切り声がひっくり返った!
 カァッと顔が赤くなる。

「……その髪、どうしたんですか?」
「あ、ああこれ? 切ったの!」

 短く受け答えする。
 私は退職を機に、あの会社での嫌な思い出を振り払うように伸ばしていた髪をばっさりと切っていた。

「ど、どうかな? 気分を変えてレイヤーボブにして色も明るくしてみたんだけど。へ、変かな?」

 喜友名くんがまた視線を逸らし、照れ隠しのように鼻の頭を指でかく。

「変じゃないですよ。……その、なんというか、前のも良かったけど、先輩は綺麗だけど可愛いから、こっちの髪型も似合ってる」
「ふぇ⁉︎」

 か、可愛いって言われた⁉︎
 それに綺麗って!
 聞き間違いじゃないよね?

 ◇

 あまりにもドキドキし過ぎて返す言葉に詰まっていると、沖の手前でモーター音が鳴り止んだ。
 ボートを停泊させた夏海さんが、操縦席からやってくる。
 かと思うと喜友名くんに食って掛かった。

「あー! また湊人がお姉さんに色目を使ってる!」
「はぁ? 色目っていきなり何なんだお前は」
「だっていま、お姉さんのこと口説こうとしてたじゃない。お客さんにそんなことするなんて、うちのお店の信用も考えてよね!」

 夏海さんは怒りながらも、喜友名くんと随分親しげな様子だ。
 二人は一体どういう関係なんだろう。
 年も同じくらいみたいだし、もしかすると恋人同士だったりするのだろうか。
 なぜか一抹の寂しさを感じる。

「湊人ってば、いままでナンパなんて一度もしたことなかったのに、急にどうしたのさー? ま、まさか一目惚れなんて言わないでよね。だって湊人にはあたしが――」
「……宵町先輩は、前に俺が東京で働いてたときの会社の先輩なんだよ」
「はえ? え、そうなの?」
「ああ、そうなの。ほら、わかったらお前はあっち行け。シュノーケルのお客さんが待ってるだろ。放っておいていいのか?」
「あっ、そうだった!」

 狭いボートの上を夏海さんがバタバタと移動していった。
 私はその後ろ姿を見送る。

「夏海さん、元気で可愛いひとだね。もしかして喜友名くんの彼女?」
「……そんなんじゃないですよ」

 思い違いかも知れないけれども、いま喜友名くんがムッとした気がする。
 あまり聞いてはいけない話題なのだろうか。

「そんなことより先輩、体験ダイビングの説明をしますよ」
「あ、うん。お願いします。というか体験ダイビングってここでやるんだ? 私、もっと沖まで出るのかと思ってた」
「沖のほうは水深があって危ないですからね。ここは深さ五メートルくらいだけど、初めてのひとにはこれくらいが丁度いいんです」

 なんでも喜友名くんが言うには、ライセンスなしの体験ダイビングで潜ることのできる水深は十二メートルまでと定められているらしい。
 とは言っても初心者がいきなり最大深度まで潜るのは無謀で、万一のトラブルを想定しても五メートルくらいが良いとのこと。

「でもがっかりしないで下さい。五メートルでも実際に潜ると思ったより深く感じるものだし、これくらいの水深だと珊瑚も多くて綺麗だから」

 引き続き、器材の説明や耳抜きのやり方、水中での意思疎通に使うハンドサインのレクチャーを受ける。
 喜友名くんは特にトラブルがあった際の説明を念入りにしてきた。

「水中で少しでも異変を感じたら、すぐに伝えて下さい。俺がずっとそばにいます。絶対に先輩を危険な目に合わせたりしませんから」
「う、うん。ありがとう」

 熱のこもったセリフに、ダイビングでの話だとわかっていてもドキドキしてしまう。
 きっと顔も赤くなってる。
 私ってこんな赤面症だったかなぁ。

「さあ、それじゃあ潜る前に練習です。ボートから海に降りて、はしごを掴みながら水面に顔を……」

 喜友名くんが言葉を区切った。
 なぜか言い直す。

「……潜る前に練習です。海に降りたら手を伸ばして下さい。俺がここで先輩の手を握ってるから、ゆっくりと水面に顔をつけてみましょう」
「え? て、手を握るの⁉︎」

 というか、いまはしごを掴んでって言いかけたよね?

「……はい。その方が安全だし、俺は先輩の手を絶対に離さないから」

 なぜだろう。
 これは体験ダイビングの説明だと言うのに、なぜか喜友名くんに口説かれているような気分になってしまう。
 まるで愛の言葉でも囁かれているみたいな……。
 って違う違う。
 これはレクチャーだ。
 きっと彼の言う通り、より安全なようにとの配慮なのだ。
 私はふるふると首を振って、頭に浮かびかけた淡い想いを振り払う。

「……先輩? 水に浸かって」
「は、はい……」

 言われた通り、水面にそっと爪先をつける。
 そのままトポンと海に降りた。
 さっきから火照りっぱなしの身体に、冷たい海水が心地よい。

「さぁ、先輩。手を出して」

 おっかなびっくり手を差し出す。
 すると喜友名くんは、大きく熱い手のひらでギュッと私の手を握った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

処理中です...