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第一話 南の島で年下の彼と再会しました。
第一話⑩①
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バーカウンターを挟んで、彼と語り合う穏やかな時間が過ぎていく。
「それでねー。コンドイビーチがあんまりにも綺麗だから、私ってば水着も持ってきてないのに裸足で海を歩いてみたの。そしたら……」
「あ、わかった。ナマコでしょう?」
喜友名くんは私が観光してきた竹富島の話なんかを、微笑を浮かべながら楽しそうに聞いてくれる。
「そう! ナマコ! 足もとに黒いナマコがいっぱい居て、私ってばそれを踏んづけちゃって! グニャッていう感触で気付いてから、もうホントに慌てちゃって……!」
「ははは。あそこの海は綺麗だけど、ナマコめちゃくちゃたくさん居ますからね」
美味しいお酒の効果もあってか、私の舌はいつになく饒舌だ。
そうして彼との時間を過ごしていると、入り口のほうでカランカランとドアベルの音がした。
誰かお客さんが来たのだろうか。
それとなく玄関に繋がる通路を振り返ると、両手に重たそうなレジ袋を提げた男性が現れた。
「おう、戻ったぜー」
喜友名くんと同じくフォーマルベストを着ている。
けれどもこちらの男性は喜友名くんとは違ってネクタイをしておらず髪も少し乱れ気味だ。
シャツの首もとを少しルーズに緩めている。
年齢は三十過ぎくらいだろうか。
私よりいくらか年上の、少し吊り目がちな印象を受ける男性である。
喜友名くんも視線は鋭いほうだと思うけど、そんな彼よりさらに野性味が強い感じ。
美形ではあるけれども、パッと見では取っ付きにくそうかなぁ。
喜友名くんが現れたその男性に話しかける。
「おかえりなさい、篠浦さん。すみません、買い出し全部任せちゃって」
「おう、湊人ただいま。別にそりゃあ構わねえんだが……って、なんだ? お客さん来てるのか」
篠浦さんと呼ばれた男性と視線が交わる。
「いらっしゃい、初めてみる顔だな」
ニカッと笑いかけられた。
どうやらこの男性は、バーの関係者らしい。
喜友名くんが補足してくれる。
「先輩、こちらは篠浦由良さん。この店のオーナー兼マスターで、俺の雇い主です」
「あ、そうなんだ。え、えっと、お邪魔してます、私、宵町詩です」
しかしなんと言うか存在感の強いひとだ。
なんとなく気圧されながらも、私は篠浦さんに向けて軽く会釈する。
「ああ、ゆっくりしていってくれ。……ん? というか、いま『先輩』つったか? おい湊人。お前こっちのお嬢さんと知り合いなのか?」
「このひとは俺が東京で働いてたときの先輩なんですよ。いまはたまたまこっちに来てて」
「……ふぅん。女っ気のないお前が、夏海以外の女を店に連れてくるなんざ珍しいじゃねえか」
喜友名くんと話していた篠浦さんが、再び私に顔を向ける。
「えっと、詩ちゃんだっけ? あんた、しばらくこっちに居るのか?」
いきなりちゃん付けである。
面食らいながらも答える。
「いえ、こっちには旅行で来てるだけだから……すぐ帰ります」
言葉にして思った。
そう。
私は帰る。
これは旅行なのだから、当然帰らなくてはいけないのだ。
せっかくこうして喜友名くんと再会して仲良く話せるようになったのに、それはとても寂しい。
「そうか。それで旅行はいつまでなんだ?」
「明後日です。明日またどこかを観光をして、そしたら………明後日には帰ります」
胸がチクリと痛んだ。
さっきまでの楽しかった気分が薄れていく。
私は俯いて、無言になってしまった。
見れば喜友名くんも口を噤んでいる。
押し黙ってしまった私たちの間に、気まずいようななんとも言えない空気が流れ始めた。
篠浦さんが不思議そうに呟く。
「……ん? なんだ、この雰囲気」
私と喜友名くんの間に視線を彷徨わせて首を捻る。
「……あー、俺なんかまずいこと聞いちまったか? ってなんで嬢ちゃんが帰るって話になった途端、湊人までそんなシケた面になってんだよ。……って、あ、そうか!」
彼はなにかに思い至ったのか、弱り顔から一変してニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。
「……ははぁ、なるほど、なるほど。わかったぞ! ふぅん、へぇそうかぁ。……くくく、あの湊人がねぇ、くくく……」
いやらしい顔で笑う篠浦さんを、喜友名くんがジロリと睨む。
「……なんですか? その変な笑い方やめて欲しいんですけど」
「ははは、悪い悪い! でもあれだ。いつもは自分から買い出し役を買って出てくれる湊人が、今日に限ってテコでも動かなかった理由がわかったわぁ、くくく」
篠浦さんの口調は、完全に彼をからかう調子だ。
喜友名くんが嫌そうに顔をしかめた。
でも彼のこんな表情は新鮮である。
というか東京で一緒だった頃を合わせて考えても初めて見ると思う。
もしかしてこのふたり、仲が良いんだろうか。
だって喜友名くんがこんな露骨な顔をして見せるなんて、気の置けない関係なのかもしれないし。
私がそんなことを考えている目の前で、彼らの会話は続いている。
「なぁ湊人。お前が今日だけは買い出しに行きたがらなかったのって、詩ちゃんが来るのを待ってたからだろ?」
「……ノーコメント」
「いや嬉しいねぇ。夏海のやつには悪いが、まさか湊人に彼女がねぇ」
「なっ⁉︎」
珍しく喜友名くんが取り乱している。
篠浦さんに食って掛かった。
「なに言ってんだよ由良さん! お、俺と先輩はそんな関係じゃ――」
「じゃあどんな関係なんだよ?」
「そ、それは……」
歯切れの悪い彼に、篠浦さんがこれ見よがしなため息を吐いた。
買い物袋を置いてから空いた両腕を広げ、やれやれと大袈裟なジェスチャーをしてみせる。
「ったく、まどろっこいしい。お前、普段はキレがいいのに女関係となるとてんでダメだな」
「……放っておいて下さい」
「はいはい。それはそうと……」
篠浦さんが彼から視線を外し、今度は私に話しかけてくる。
「お嬢さん、あんた明日も観光するって言ってたけど、もうプランは決めてあるのか?」
「い、いえ、まだ決めてないです。行き当たりばったりでいいかなって」
「そっか。そりゃあちょうど良かった」
篠浦さんが再び喜友名くんを振り返る。
「湊人、お前、明日は休みだからな」
「休み? 明日は出勤の予定だったでしょう」
「……はぁ。鈍いやつだねぇ」
篠浦さんは心底呆れたように彼を眺めながら頭を掻いた。
そして言い放つ。
「休みにしてやるって言ってんだよ」
「なんで――」
「みなまで言わせんなよ。明日は詩ちゃんをエスコートしろって言ってんだ。一緒にいてやれ」
「……え? いいんですか?」
「いいから黙って従え。なぁ、詩ちゃんもそれでいいか?」
呆然と成り行きを見守っていた私は、急に話を振られて慌てて首を縦に振る。
コクコクと何回も。
こうして私は、明日の1日を喜友名くんに観光案内してもらえることになった。
「それでねー。コンドイビーチがあんまりにも綺麗だから、私ってば水着も持ってきてないのに裸足で海を歩いてみたの。そしたら……」
「あ、わかった。ナマコでしょう?」
喜友名くんは私が観光してきた竹富島の話なんかを、微笑を浮かべながら楽しそうに聞いてくれる。
「そう! ナマコ! 足もとに黒いナマコがいっぱい居て、私ってばそれを踏んづけちゃって! グニャッていう感触で気付いてから、もうホントに慌てちゃって……!」
「ははは。あそこの海は綺麗だけど、ナマコめちゃくちゃたくさん居ますからね」
美味しいお酒の効果もあってか、私の舌はいつになく饒舌だ。
そうして彼との時間を過ごしていると、入り口のほうでカランカランとドアベルの音がした。
誰かお客さんが来たのだろうか。
それとなく玄関に繋がる通路を振り返ると、両手に重たそうなレジ袋を提げた男性が現れた。
「おう、戻ったぜー」
喜友名くんと同じくフォーマルベストを着ている。
けれどもこちらの男性は喜友名くんとは違ってネクタイをしておらず髪も少し乱れ気味だ。
シャツの首もとを少しルーズに緩めている。
年齢は三十過ぎくらいだろうか。
私よりいくらか年上の、少し吊り目がちな印象を受ける男性である。
喜友名くんも視線は鋭いほうだと思うけど、そんな彼よりさらに野性味が強い感じ。
美形ではあるけれども、パッと見では取っ付きにくそうかなぁ。
喜友名くんが現れたその男性に話しかける。
「おかえりなさい、篠浦さん。すみません、買い出し全部任せちゃって」
「おう、湊人ただいま。別にそりゃあ構わねえんだが……って、なんだ? お客さん来てるのか」
篠浦さんと呼ばれた男性と視線が交わる。
「いらっしゃい、初めてみる顔だな」
ニカッと笑いかけられた。
どうやらこの男性は、バーの関係者らしい。
喜友名くんが補足してくれる。
「先輩、こちらは篠浦由良さん。この店のオーナー兼マスターで、俺の雇い主です」
「あ、そうなんだ。え、えっと、お邪魔してます、私、宵町詩です」
しかしなんと言うか存在感の強いひとだ。
なんとなく気圧されながらも、私は篠浦さんに向けて軽く会釈する。
「ああ、ゆっくりしていってくれ。……ん? というか、いま『先輩』つったか? おい湊人。お前こっちのお嬢さんと知り合いなのか?」
「このひとは俺が東京で働いてたときの先輩なんですよ。いまはたまたまこっちに来てて」
「……ふぅん。女っ気のないお前が、夏海以外の女を店に連れてくるなんざ珍しいじゃねえか」
喜友名くんと話していた篠浦さんが、再び私に顔を向ける。
「えっと、詩ちゃんだっけ? あんた、しばらくこっちに居るのか?」
いきなりちゃん付けである。
面食らいながらも答える。
「いえ、こっちには旅行で来てるだけだから……すぐ帰ります」
言葉にして思った。
そう。
私は帰る。
これは旅行なのだから、当然帰らなくてはいけないのだ。
せっかくこうして喜友名くんと再会して仲良く話せるようになったのに、それはとても寂しい。
「そうか。それで旅行はいつまでなんだ?」
「明後日です。明日またどこかを観光をして、そしたら………明後日には帰ります」
胸がチクリと痛んだ。
さっきまでの楽しかった気分が薄れていく。
私は俯いて、無言になってしまった。
見れば喜友名くんも口を噤んでいる。
押し黙ってしまった私たちの間に、気まずいようななんとも言えない空気が流れ始めた。
篠浦さんが不思議そうに呟く。
「……ん? なんだ、この雰囲気」
私と喜友名くんの間に視線を彷徨わせて首を捻る。
「……あー、俺なんかまずいこと聞いちまったか? ってなんで嬢ちゃんが帰るって話になった途端、湊人までそんなシケた面になってんだよ。……って、あ、そうか!」
彼はなにかに思い至ったのか、弱り顔から一変してニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。
「……ははぁ、なるほど、なるほど。わかったぞ! ふぅん、へぇそうかぁ。……くくく、あの湊人がねぇ、くくく……」
いやらしい顔で笑う篠浦さんを、喜友名くんがジロリと睨む。
「……なんですか? その変な笑い方やめて欲しいんですけど」
「ははは、悪い悪い! でもあれだ。いつもは自分から買い出し役を買って出てくれる湊人が、今日に限ってテコでも動かなかった理由がわかったわぁ、くくく」
篠浦さんの口調は、完全に彼をからかう調子だ。
喜友名くんが嫌そうに顔をしかめた。
でも彼のこんな表情は新鮮である。
というか東京で一緒だった頃を合わせて考えても初めて見ると思う。
もしかしてこのふたり、仲が良いんだろうか。
だって喜友名くんがこんな露骨な顔をして見せるなんて、気の置けない関係なのかもしれないし。
私がそんなことを考えている目の前で、彼らの会話は続いている。
「なぁ湊人。お前が今日だけは買い出しに行きたがらなかったのって、詩ちゃんが来るのを待ってたからだろ?」
「……ノーコメント」
「いや嬉しいねぇ。夏海のやつには悪いが、まさか湊人に彼女がねぇ」
「なっ⁉︎」
珍しく喜友名くんが取り乱している。
篠浦さんに食って掛かった。
「なに言ってんだよ由良さん! お、俺と先輩はそんな関係じゃ――」
「じゃあどんな関係なんだよ?」
「そ、それは……」
歯切れの悪い彼に、篠浦さんがこれ見よがしなため息を吐いた。
買い物袋を置いてから空いた両腕を広げ、やれやれと大袈裟なジェスチャーをしてみせる。
「ったく、まどろっこいしい。お前、普段はキレがいいのに女関係となるとてんでダメだな」
「……放っておいて下さい」
「はいはい。それはそうと……」
篠浦さんが彼から視線を外し、今度は私に話しかけてくる。
「お嬢さん、あんた明日も観光するって言ってたけど、もうプランは決めてあるのか?」
「い、いえ、まだ決めてないです。行き当たりばったりでいいかなって」
「そっか。そりゃあちょうど良かった」
篠浦さんが再び喜友名くんを振り返る。
「湊人、お前、明日は休みだからな」
「休み? 明日は出勤の予定だったでしょう」
「……はぁ。鈍いやつだねぇ」
篠浦さんは心底呆れたように彼を眺めながら頭を掻いた。
そして言い放つ。
「休みにしてやるって言ってんだよ」
「なんで――」
「みなまで言わせんなよ。明日は詩ちゃんをエスコートしろって言ってんだ。一緒にいてやれ」
「……え? いいんですか?」
「いいから黙って従え。なぁ、詩ちゃんもそれでいいか?」
呆然と成り行きを見守っていた私は、急に話を振られて慌てて首を縦に振る。
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