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羽化前夜
世界が終わるなら今日が良かった
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待ち合わせは、学園から少し下った場所にあるバス停だった。集合時間は、午前七時五十分ちょうど。八時発のバスに間に合うようにしようと、真夜中の教室で、二人で決めた。唯希は歩きながら、暗くしたスマホの液晶で髪型の乱れを直す。
(やっぱ、ハードのワックス使ってくるんだったかな……)
さっきから、風が吹くたびにこうして整えてはいるけれど、会ってからもこんなことをしていたら、ただのナルシストに見えてしまいかねない。ただ、一番かっこいいところだけ、見てほしいだけなのに。
(いやでも、ハードのやつ匂い強いやつばっかだったしな)
唯希は、好きな匂いだけれど。たぶん、終一はああいう、人工的な香りは好きじゃない。
(くそ。今まで中ばっかりだったから、匂いない弱いやつだけでも良かったけど、外行く用に買っとけばよかった)
心の中で悪態をつく。どれだけ後悔しても、今日はもう『当日』で、集合場所はあと一つカーブを超えたらすぐだ。唯希はいったん足を止めて、深呼吸を繰り返す。これが最後になるだろうからと、前髪をきちんと直して、自分の服装を見下ろす。
水色と白のツートンカラーのアウターに、細身の長袖Tシャツ。ボトムスは着慣れない素材のハーフパンツで、足元は青と白のボーダーの靴下と青いハイカットのスニーカー。樋口と森のお墨付きだ。大丈夫、たぶん、ちゃんと、カッコいい。
(よし。行くか)
覚悟を決めて、最後のカーブを曲がる。せっかく整えた前髪を吹き付けた風が攫って行く。歩道に落ちた、青々とした木々の影が揺れた。その、影の下に、終一が居る。一秒たりとも同じ形をしていない影の中で、その姿だけが、凛と、うつくしく、確かな形をもって、そこにある。
(すげー、きれい)
思わず見惚れて、足を止めた。
磨き上げられた黒い革靴の中心で、きらりと金色の金具が光る。細い足をハイウエストの黒いスラックスが包む。上は白い、生地が厚そうな丈の短い半袖のシャツ。黒髪の下で覗く耳元では、いくつかのシルバーのピアスが光る。じっと見つめていると、不意に、終一の視線がこちらを向いた。
「おはよ」
「っ……おー」
固まっていた足を動かして、唯希は終一の隣に並ぶ。近づくと、柑橘の匂いがした。遊びに行くときに好んでつけている香水の匂い。ちらりと視線を向ける。派手な柄物のネクタイが終一の胸元で揺れていた。森の言葉通り、終一は意外と柄物が好きだ。パッと見た瞬間に派手だな、と思うことは少ないけれど、大抵はインナーとか、ネクタイとか、靴下とか、細かなところにそういう『好き』を詰め込んでいる。
「寝坊しなかったね」
「いつもしたことねーだろ」
くすりと笑いを含んだ声で投げられた言葉に、わざとらしい不機嫌をにじませた。
「そう? 修学旅行はぎりぎりじゃなかった?」
「あれは俺じゃなくて、樋口が寝坊したんだっての。朝弱いんだよ、あいつ。睡眠時間少ないと死ぬタイプ」
「ふぅん。意外と、仲いいよね。生徒会長と唯希」
スマホに向いていた終一の視線が、唯希をとらえる。ああ、そっか。今日はずっと、こいつのこと、独り占めできるんだ。森が、いないから。曇り空の下、唯希は知らず、笑みを浮かべた。
「仲良くねーよ。鳥肌立つこと言うな」
「はは。そんな、全力で否定しなくても」
あ、笑った。目を細めて、肩を震わせて、声をあげて。ほとんど見られない笑い方。
「仲いいと思われるだけで心外なんだよ」
軽口を返しながら、むず痒い期待が膨れ上がってしまうのを感じる。どうにか押し殺そうとしたって、こちらに向く終一の視線が、いつもよりずっと柔らかいから、うまくいかない。
(な、今日、なんでそんなご機嫌なの?)
聞いてみたくて、でも、やっぱり声にするのは怖くて。
(俺とおんなじ理由だって、思ってもいーの)
きっと、違うんだろうけど。
でも、なんたって今日は、数か月ぶりの『デート』なので。たとえ、そう思っているのが唯希だけでも、唯希のなかでは立派なデートだ。だから、少しくらい、浮かれることを許されたい。
「あ、バス来たね」
下から緑色の路線バスがゆっくりと上がってくる。スマホを肩掛けの革の鞄にしまった終一に、浮かれた気持ちのまま、声をかけた。
「楽しみだな」
終一がぱちり、と静かに瞬く。曇り空の下では、その瞳の青がよく見えない。森が居ないから、この視界を、視線を、独り占めできるのに。それが嬉しいと思っているのに。
やっぱり、森を見ているときの瞳が一番うつくしいと思ってしまうから、恋というのはままならない。
「そうだね」
落とされた声は、いつもより少し低い。バスに乗り込む背中を見つめて、声に出せない言葉が、胸の奥に落ちた。
(俺はもう楽しいよ。お前がいるから)
別にどこにもいかなくたっていい。世界が終わったっていい。お前が、そこにいてくれれば、それだけで。
(やっぱ、ハードのワックス使ってくるんだったかな……)
さっきから、風が吹くたびにこうして整えてはいるけれど、会ってからもこんなことをしていたら、ただのナルシストに見えてしまいかねない。ただ、一番かっこいいところだけ、見てほしいだけなのに。
(いやでも、ハードのやつ匂い強いやつばっかだったしな)
唯希は、好きな匂いだけれど。たぶん、終一はああいう、人工的な香りは好きじゃない。
(くそ。今まで中ばっかりだったから、匂いない弱いやつだけでも良かったけど、外行く用に買っとけばよかった)
心の中で悪態をつく。どれだけ後悔しても、今日はもう『当日』で、集合場所はあと一つカーブを超えたらすぐだ。唯希はいったん足を止めて、深呼吸を繰り返す。これが最後になるだろうからと、前髪をきちんと直して、自分の服装を見下ろす。
水色と白のツートンカラーのアウターに、細身の長袖Tシャツ。ボトムスは着慣れない素材のハーフパンツで、足元は青と白のボーダーの靴下と青いハイカットのスニーカー。樋口と森のお墨付きだ。大丈夫、たぶん、ちゃんと、カッコいい。
(よし。行くか)
覚悟を決めて、最後のカーブを曲がる。せっかく整えた前髪を吹き付けた風が攫って行く。歩道に落ちた、青々とした木々の影が揺れた。その、影の下に、終一が居る。一秒たりとも同じ形をしていない影の中で、その姿だけが、凛と、うつくしく、確かな形をもって、そこにある。
(すげー、きれい)
思わず見惚れて、足を止めた。
磨き上げられた黒い革靴の中心で、きらりと金色の金具が光る。細い足をハイウエストの黒いスラックスが包む。上は白い、生地が厚そうな丈の短い半袖のシャツ。黒髪の下で覗く耳元では、いくつかのシルバーのピアスが光る。じっと見つめていると、不意に、終一の視線がこちらを向いた。
「おはよ」
「っ……おー」
固まっていた足を動かして、唯希は終一の隣に並ぶ。近づくと、柑橘の匂いがした。遊びに行くときに好んでつけている香水の匂い。ちらりと視線を向ける。派手な柄物のネクタイが終一の胸元で揺れていた。森の言葉通り、終一は意外と柄物が好きだ。パッと見た瞬間に派手だな、と思うことは少ないけれど、大抵はインナーとか、ネクタイとか、靴下とか、細かなところにそういう『好き』を詰め込んでいる。
「寝坊しなかったね」
「いつもしたことねーだろ」
くすりと笑いを含んだ声で投げられた言葉に、わざとらしい不機嫌をにじませた。
「そう? 修学旅行はぎりぎりじゃなかった?」
「あれは俺じゃなくて、樋口が寝坊したんだっての。朝弱いんだよ、あいつ。睡眠時間少ないと死ぬタイプ」
「ふぅん。意外と、仲いいよね。生徒会長と唯希」
スマホに向いていた終一の視線が、唯希をとらえる。ああ、そっか。今日はずっと、こいつのこと、独り占めできるんだ。森が、いないから。曇り空の下、唯希は知らず、笑みを浮かべた。
「仲良くねーよ。鳥肌立つこと言うな」
「はは。そんな、全力で否定しなくても」
あ、笑った。目を細めて、肩を震わせて、声をあげて。ほとんど見られない笑い方。
「仲いいと思われるだけで心外なんだよ」
軽口を返しながら、むず痒い期待が膨れ上がってしまうのを感じる。どうにか押し殺そうとしたって、こちらに向く終一の視線が、いつもよりずっと柔らかいから、うまくいかない。
(な、今日、なんでそんなご機嫌なの?)
聞いてみたくて、でも、やっぱり声にするのは怖くて。
(俺とおんなじ理由だって、思ってもいーの)
きっと、違うんだろうけど。
でも、なんたって今日は、数か月ぶりの『デート』なので。たとえ、そう思っているのが唯希だけでも、唯希のなかでは立派なデートだ。だから、少しくらい、浮かれることを許されたい。
「あ、バス来たね」
下から緑色の路線バスがゆっくりと上がってくる。スマホを肩掛けの革の鞄にしまった終一に、浮かれた気持ちのまま、声をかけた。
「楽しみだな」
終一がぱちり、と静かに瞬く。曇り空の下では、その瞳の青がよく見えない。森が居ないから、この視界を、視線を、独り占めできるのに。それが嬉しいと思っているのに。
やっぱり、森を見ているときの瞳が一番うつくしいと思ってしまうから、恋というのはままならない。
「そうだね」
落とされた声は、いつもより少し低い。バスに乗り込む背中を見つめて、声に出せない言葉が、胸の奥に落ちた。
(俺はもう楽しいよ。お前がいるから)
別にどこにもいかなくたっていい。世界が終わったっていい。お前が、そこにいてくれれば、それだけで。
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