A級冒険者の俺、年下ギルド職員に迫られてます!

月衣

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 食後少し体が熱を持ってきたところでランスが当然のような顔をして立ち上がった。

「ノアさん、そろそろお風呂にしましょう!」
「風呂ぐらいひとりでいけるって。片手でも何とかなるだろ」
「服一人で脱げますか? 足元が滑って転んだら今度は頭を打ちますよ! 悪いことは言わないので風呂場教えてください!」
「……お前なぁ、心配性すぎ」
「いいえ、看病をするといった以上俺の責任です!それとも俺じゃ頼りないですか?」

 不意にランスが少しだけ声を落として覗き込んできた。いつもはギルドの窓口で愛想よく笑っているはずの大型犬が今は逃げ道を塞ぐように一歩踏み込んでくる。 

 こいつこんなにガタイ良かったっけか。

 思わずそう思うほど至近距離で見上げるランスは服越しでわかるほど体格が良くその瞳には断らせないだけの熱量があった。 

「……はは。わかった降参。そんな顔すんなよ。じゃあ悪いけど手伝ってもらうか」
「はい!!」

 肩をすくめて観念した途端ランスの顔がパッと明るくなった。


◇◆◇


 浴室へ向かい慣れた手つきで湯を溜め始める。その背後で何故かランスは一歩引いた位置から一言も発さずにその背中をじっと観察していた。湯が立ち上がり風呂が完成するとすかさずランスに左腕を引っ張られ脱衣所の椅子に座らせられた。

「おい、服ぐらい脱げるって」
「動かないでください!……じゃあ失礼しますね」

 思わず声を上げるも有無を言わさずランスの手がシャツのボタンに掛けられる。もうランスに任せようと早々に抵抗を辞め彼に身を任せてた。

 慎重に一つずつボタンを外していくたびノアの少し焼けた肌が露わになっていく。シャツが肩から滑り落ちた瞬間ランスの手が止まった。

「……ぁ」
「……ランス?」
「っ、すみません!……ノアさんの身体があまりに格好良かったので」

 小さな呟きが聞こえた途端彼が固まったので名前を呼んで顔を向ければ真っ赤になったランスが視界に入った。そんな反応されると思っていなかったので思わず笑えば、さっきまでの丁寧さはなんだったのかと思えるほどランスは乱雑に俺の服を取っ払って風呂場に行った。

「ノアさん動かないでくださいね!まずは頭から洗います!!」

 またもやイスに座らせられた俺の背後に立つランスの手が頭皮を揉むように優しく頭を洗う。

「ランス上手いな」

 疲れが吹っ飛ぶ程ちょうどいい力加減で深く息を漏らした。
 
「良かったです!いつかのためにと練習したかいがありました」
「練習してたのか?」
「はい!侍女に教わりました!」

 侍女…俺の知らない世界だなと思いつつ気持ちよさに浸っていればそろそろ洗い流しますねと声をかけられ至福の時間の終わりを告げた。

 じゃあ次は身体を洗うとどこからか持ってきた肌触りの良いスポンジで泡を立て俺の背中をゴシゴシと洗ってくれた。

「それじゃあこっち向いてください、前も洗います!」
「流石に自分でやる」

 えーと不満そうな声をあげる彼を無視してスポンジをひったくった。


◇◆◇


 骨折してる人に長湯はダメです!とかなんとか言われせっかく沸かした湯に充分入らず風呂から上がった。部屋着は流石に片手でも着れるのでこれ以上世話はいらないとランスを追い出した。

 着替え終え、何時ものようにリビングのソファに腰を下ろして一息つく。するとランスがバスタオルを持って現れた。

「ノアさん髪乾かします!片手じゃ大変でしょう?」
「あー…うん、悪いな。至れり尽くせりすぎてこりゃ人間がダメになりそうだ」

 カラリと笑った俺の頭をランスの大きな掌がタオル越しに包み込む。

「ダメ人間になっても俺が世話をするので大丈夫ですよ」

 冗談とも本気とも捉えられる声のトーンで返事がかえってきたと同時にドライヤーの音が響く。ランスの指先が短めの髪の間を梳くように何度も通り過ぎ、数十分でドライヤーの音が止まった。

「サンキュ」
「いえ!俺がやりたかっただけですから!」
「だいぶ時間経っちゃって悪い。帰れるか?それとも泊まってくか?」

 そういえば彼の家が家からどれ程遠いか聞いてなかった。流石に遠かったら申し訳ないので泊まるという選択肢も挙げた。幸い家にはベッドが2つある。

「ランス?」

 だがいつまで経っても返事がかえってこないので後ろを振り向けば立っていた彼は若干頬を赤らめて挙動不審に視線を巡らせていた。

「なんだその顔は」
「だっ、だって泊まりって!ノアさん無防備すぎますよ!!!」

 思わずそう突っ込めばいきなり大声で噛み付いてきた。

「はぁ?」
「俺はノアさんにあんなことやこんなことをしたいって思ってるんです!そんな俺を泊まらせて本当にいいんですか!?!」
「……そ、そうか」
「流石に怪我人を襲うなんてことはしません!けどキ、キスぐらいはしちゃうかもしれませんよ!!」

 鼻息荒く言い放ったランスの顔は真っ赤に染まっていた。そんな様子で捲し立てる姿に呆気に取られた。

「……意外と不届きなこと考えてたんだな」
「あっ当たり前です! 俺はノアさんに一目惚れしたって、最初から言ってるじゃないですか!大好きなノアさんに嫌われたくないから我慢してましたがキスもそれ以上もずっとずっとしたいと思っていましたっ!!!」

 叫ぶように言い切ったランスは肩で息をしながら今にも泣き出しそうな、あるいはそのまま噛み付きそうな顔をしていた。

 リビングに流れる沈黙。ドライヤーの余熱がやけに重苦しく感じられた。

 ……まいったな。

 付き合ってと言われたのは一度きりでそれ以降は好きとだけ言われていたのでてっきり恋慕ではなく友人や兄への憧れのようなものに落ち着いたのだとばかり思っていた。

 実際史上最年少でA級冒険者という肩書きを響かせて以来年下の子からノアさんに憧れてます!かっこいいです!と目をキラキラさせられることは日常茶飯事だった。

「……ランス」
「っ、はい……。変なこと言ってすみません。やっぱり今のは…その…」

 真剣なトーンで名を呼ぶとランスは我に返ったように顔を俯かせた。

「……悪かった。てっきり俺への感情は憧れに落ち着いたのだと思っていた」
「そんなわけないです!一目見た時から俺は……俺はずっと貴方に恋焦がれています」

 震える声で紡がれたランスの言葉は祈りのようでもあった。その視線を受け止めながらふと今はもういない育ての爺さんのことを思い出した。

 捨て子だった俺を拾い育ててくれた唯一の身内。血の繋がりも縁もなかったが、俺にとっては世界の全てだった。その爺さんを亡くした時心にはぽっかりと埋めようのない穴が開いた。
 
 病ではなく寿命だった。爺さん自身も「そろそろだ」なんて笑っていて覚悟はしていたつもりだった。……それでもあの耐えがたい喪失感をもう一度味わうのは懲り懲りだった。

 爺さんが亡くなって三年。特定の誰かと深く繋がるのを避けてきた。誰もいない家に帰っておかえりという声が聞こえない現実から逃げるために、寂しさを紛らわすために、毎晩のように飲み歩いては空っぽの家には寝るためだけに帰る。そんな生活が俺にとっての防衛本能だった。

 奥の部屋にある二つのベッドのうち一つはかつて爺さんが使っていたものだ。定期的に掃除はしているが配置は当時のままでまるで時が止まったような空間だ。

「前に言ったことがあるだろう、俺の育ての爺さんが亡くなった話。……それから誰かを大切にするのが億劫になってしまったんだ。だから……ごめんな。お前の気持ちには応えてやれない」

 突き放すような言葉を放った俺の声は自分でも驚くほど震えていた。

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