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第3章 勇者たちの行方

12.

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(思わず飛び出してきちゃった……。だって健二郎に会いたかったんだもん……)
白いカーテンを全身に巻きつけて洋子は結界から出る。

本来なら外に出ては汚されてしまうため
姫様の許可がない限りは居住区からは出てはいけないのだが
洋子は健二郎に認めて欲しいがあまり居住区を抜け出したのだ。

(だって、私が女神になったのは健二郎のためだもの。
健二郎にも私のために戦って欲しいと思うから
健二郎は勇者なんだって隠さないでいてほしいし
私はいつでも応援しているか
私の女神の力を授けるから頑張ってって
やっぱり直接言いたいわ!)

そう、カルチャは誤解していた。
たしかに洋子が健二郎に持つ気持ちは恋心とはなるが
付き合って恋人になって添い遂げたいという気持ちよりも、
自身を認めて欲しいという気持ちの方が先に来ているのだ。
そこをカルチャは見抜けなかったのだ。

だからこそ、麻薬で洗脳されていたとしても
洋子は健二郎に《健二郎が勇者で、私が女神であると》認めてもらいたい気持ちで外に出てしまったのだ。
(健二郎以外、勇者なんてありえないんだから…)

(この時間だから寝室かしら?)
居住区から健二郎達がいるとされる場所までは歩いて15分くらいであるが
迷わずに行ければ、かつ深夜の見回りにばれなければの話であった。

(結構見回りが多いように感じるだけれど、、)
月明かりに照らされぬよう影になる部分を歩く。
正直見回りが多くとも、こんな時間に歩いているものなどいないという兵士の安易な考えから
なんとも杜撰な見回りがされていた。

時間は夜の11時頃であり、本来ならこの時間は就寝の時間とされている。
ただ、健二郎達はガルデリオ先生の特訓を受けているため
まだこの時間帯は闘技場にいるのだった……。

女子と男子の寝室は廊下を挟んでそれぞれ女子2部屋、男子3部屋ある。
(健二郎の部屋はどれ…?)
病室などと違って、部屋の前に名前が書かれているわけではない。

正直勘でドアを開くしかなかった。

ギーーーーー
低い音が響く。

「健二郎、いる?」
小声で洋子は部屋に問う。

健全な男子高校生ではあるが
テレビもゲームもない、毎日訓練が朝から夕方まで行われている。3食ご飯は食べ放題。
結果、初めはワイワイ騒ぐ者もいたが、今となっては夜更かしする者もいなく、誰しもが寝ていた。

一通り寝顔を確認したが、
どうやらこの部屋にはいないらしい。
(隣の部屋かしら…)

洋子が健二郎を探している中、
カルチャが洋子を追っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

(あのバカ女、手間かけさせやがって
1番従順なふりしてたのがムカつくわ…)

洋子のことが従順に見えていたのは、
健二郎に尽くすためだ。
その健二郎と会えていないのだから
目的意識をはっきりさせるため洋子は外に出たのだが、
カルチャは単に麻薬の効果が足りないのではないかと思っていた。

現在は、人用に作られているとはいえ、
どれほどの変化があるかわからないため薄めて彼女らに服用させていた。
だが、個々によって免疫反応などで効かないとすれば
(濃いのを1発打ち込めば…)
問題解決!となる。
カルチャからしたら洋子は所詮駒であり
駒が壊れようと関係ない、新しいのを補充すればいい。

カルチャは予備として持っていた注射を念のため持っていく。
中に充填されているのは原液の麻薬だ。
正直、これを打ち込んだら死んじゃうかもしれないな。
(でもそれはそれで、タハール様への報告内容が増えるから良しとしよう)

カルチャは姫様の姿であたかも眠れなくて散歩している姿を装い、城へと向かうのであった。

ーーーーーーーーーーーー

2部屋目も見てみたが、健二郎の姿はなかった。
(最後の部屋ね…)

ギーーーーー

洋子は静かに入る。
もうここにしか健二郎はいないと確信があるからか
洋子の心臓はばくばくしていた。

一つ一つベットの近くへ行き
寝顔を確認する。

(けんじろう、健二郎ーーーー)

奥のベットに横たわる姿。
健二郎がいたのだ。

「け、健二郎、私ね、やっぱり貴方が勇者だと---」

ただ、洋子が見つけたのはガルデリオ先生が用意した人形だ。
声をかけても起きることはないのだ。

洋子は嬉しくて涙ぐむ。
掛け布団から出ている、健二郎の片手を握ろうとしたところでーーー

「はい、そこまでです」
背後から聞こえた声、振り返るとそこには姫様がいた。

「ひ、姫様何故こちらに?」
思わず声が裏返る。
すると姫様が洋子の肩に手を置き、後ろから耳元で囁いた。
「好きな人との再会は楽しめた?」
「は、はい?」
「なら、もうここにいる理由はないですわね」
「え?」
咄嗟に洋子が後ろに振り返ろうとするが
カルチャが注射を首元に刺して原液を注ぐ。

「あっ、、、ひ、、め、、様、、、、」
原液は即効性があるのか、洋子はすぐに倒れこむ。

手首の脈から生死を確認する。
どうやら、死んではないらしい。
(ってことは彼女らへの麻薬も濃くしても問題ないってことね)

カルチャは、洋子を抱きかかえ廊下まで連れ出そうとして
健二郎の寝顔を確認する。
(よくできた、だこと…)

カルチャはガルデリオが用意した人形に気づいたが何もしない。
なぜならこれからもっと面白くなると思っているからだ。
毎日城の中での生活に飽き飽きしていたカルチャは
勇者召喚により多少飽きない日々を過ごしていた。
だからこそ、
(ガルデリオ先生にはもっと楽しくしてもらわないとね…)

カルチャはその後、洋子を抱きかかえ空を舞う。
時間は深夜の12時を回っていた。

月明かりがカルチャと洋子を照らすが
誰もそれが姫様になりすました魔人と女学生だとは思わない。

「おかえりなさいませ」
姫様の側近が結界内で跪いて出迎える。

「こいつを私の秘密部屋へ…」
「かしこまりました」
側近に洋子を渡して自身の部屋へと戻る。

賽は投げられた…か…。

明日が楽しみであったカルチャだった。


-------------

んー、日差しが眩しい。
洋子は目をこすりながら起きる。

(ここは…どこ?)

日差しは確かに当たっているはずなのに、
見えている視界以外は暗さを感じる。

(私昨日、健二郎に会いにいって、、、あ、、)

「起きましたか?」

ドアが開き姫様が入ってくる。

「ひ、姫さま、、、私は、、」
洋子は昨日の記憶をかすかに覚えていた。
姫さまとの約束を破って外に出てしまったのだ。

姫様は洋子に近寄り優しく抱きしめる。
「いいのです。誰にでもあるものですわ。好きな人と再会できてよかったですわね。
ただ、
私共はあなた様が見当たらなくて心配したのですから」

「姫さま…」
心配してくれたであろう姫様のことを思い、
洋子は改めて自身のしたことを悔やんだ。

「貴方はいま昨日の夜触れた外気の影響を取り除くためここにいるのです。
皆様の治癒の力も安定し、これからは外に出れるようになるかと存じます」
「ほんとですか!?」
「えぇ、これからは皆様と一緒に訓練をしてサポートするのです。
お互いのが深まればより強くなる。そうでしょ?」
「絆…」
(そうよ、健二郎と私の絆ならきっと魔王だってやっつけられるわ。
これからは健二郎と一緒に強くなれるのね)

「さぁ、もう一眠りしてください…」
姫様が洋子の目に優しく手のひらを当てる。
洋子は静かに目を閉じて、眠りについた。

姫様の姿でカルチャは出る。
「出てこい」
誰もいなかったはずの廊下から側近2名が出てくる。
「タハール様から麻薬は?」
「すでに届いております」
「分かった、そのうちの半分を保管。残りを聖水として用いる」
「濃さは如何いたしましょうか」
「今までは10倍だったが、5倍で作成せよ。容量は5L分あれば十分じゃ。
あと他の被験者たちを9時に、我がキッチンへ集合させよ」
「キッチンですか?」
「あぁ…」
カルチャがニヤリと笑う。
「楽しいクッキングだ」
「「準備いたします」」

側近たちが姿を消す。
彼女らは、常にカルチャの側にいる魔人だ。
普段は空気かのように存在を消しているが
カルチャに呼ばれると姿を見せる。

朝はまだ6時のこと
カルチャは改めて自室に戻り、睡眠をとるのだった。
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