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1章 此花 美桜
お嫁さんってどっちなのかしら?
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車椅子を押してたどり着いた真璃の病室は、本当に私の病室の隣だった。
病室の中まで一緒に行こうと引き戸を開けたところで、真璃が口を開いた。
「ありがとう、美桜。あとは大丈夫だから」
真璃は自分で車椅子を操作して私と向かい合う。
「うん。じゃあ私も部屋に戻ろっかな」
そう言って自分の病室に戻るために振り返ろうとすると、真璃に病院服の裾を掴まれた。
「ん、どうしたの?」
真璃に向き直ると、手招きしながら私に声をかけてくる。
「ちょっと耳貸して」
「耳?」
なんだろう。
私はよく分からないままとりあえず真璃の口元に右耳を寄せた。
——次の瞬間。私の右頬に柔らかい感触の物が当たった。
「!?!?!?」
予想外の出来事に驚き、私は頬を押さえながら飛び上がるような勢いで頭を上げて真璃を見る。
今のは明らかに、真璃の……唇だった。
顔が急激に熱くなる。
今、絶対私の顔は真っ赤だ。
「またね」
真璃は満面の笑顔でそう言うと、病室の中に入り、引き戸を閉めた。
「!? ……!?」
私はというと、一瞬の事で全く理解が追い付かないまま、ただ口をぱくぱくさせる事しか出来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆
自分の病室に戻った私は、ベッドに腰掛けながら一人悶々とした時間を過ごしていた。
さっきのあれは、一体なんだったのだろうか。
別に嫌なわけじゃないんだけど。どっちかっていうと嬉しい気がしないでもないんだけど。
それとも、東京ではこれくらいのスキンシップは普通なんだろうか。
女の子同士だし、変に意識している私の方がおかしいんだろうか。
私はあれやこれやと考えながら体を倒し、枕に頭を沈める。
いつもなら冷たく感じるシーツの温度も、熱くなった体には心地良い。
「……検診終わったら、また会いに行こっかな」
なにせ隣の部屋だし、すぐに会いに行ける。
またすぐに会いたいと思ってしまうのは、同い年の仲良くなれそうな友達が出来たことが嬉しいからか、それとも——。
コン コン
不意に聞こえたのは、病室の扉をノックされた音だった。
「どうぞ」
私は上体を上げながら声をかける。
扉をスライドさせて入ってきたのは、私のお父さんである此花 和幸だった。
「美桜。良かった、元気そうだな」
私の顔を見て、そうお父さんは言う。
「一人娘が約1年ぶりに目を覚ましたっていうのに、なんか素っ気なくない?」
私が冷やかすように言うと、お父さんは「ははは」と笑いながらベッドの脇の椅子に腰かけた。
「安心して力が抜けたのさ。目が覚めたと初めて聞いた時は、本当に嬉しかったぞ」
「ほんと?」
「本当に決まってるだろう」
「ならよし」
そんな軽口をたたき、私は今一度扉の方を見る。
どうやらお父さんは一人のようだ。
「あれ、お母さんは?」
てっきり二人で来るものだと思ってたんだけど。
すると、お父さんは困ったような顔をする。
「あー、それがな。お母さんはちょっと仕事で県外に出かけてるんだ」
「県外?」
お父さんのその言葉に、私は大きな違和感を抱いた。
「仕事って……、神社関係だよね? 県外まで行かなきゃいけないような事、今まであったっけ?」
私のお母さん、此花 美春は、私が巫女としての仕事が出来るようになるまでは、木花神社の98代目の巫女として務めていた。
今は経営とかの裏方の仕事をお父さんと一緒にやってるけど、私が知る限り一人で遠出しなきゃいけないことなんて今まで無かったはずだ。
「まぁ、ちょっとな。巫女が1年も寝たきりだったから、色々あったんだよ色々」
お父さんは目をそらして言葉を濁す。
「なにそれ。私のせいなの?」
「! いや、そうは言ってない」
急に焦ったように顔を上げて、お父さんは返してきた。
その対応にも若干違和感を覚えつつ、私も言葉を返す。
「そう聞こえる」
実際1年寝てたのは事実らしいし、そのせいで今お母さんが忙しいって言うなら、それは私のせいだけど。
お父さんは明らかに何か隠しているような素振りをしている。
それになんとなくイライラして、つい言葉にトゲを付けてしまった。
悪い会話の流れを察してか、お父さんは一つ咳ばらいをして、仕切りなおすように口を開いた。
「とにかく、お母さんはしばらく顔を出せそうにないんだ。仕事の都合上こちらから連絡することも控えている。顔を見たい気持ちはよく分かるが、しばらく待ってくれないか」
真剣に言うお父さんを見て、私は頷くしか出来なかった。
どうせ何を隠しているのか問い詰めようとしても、のらりくらりとかわされてしまうのは目に見えている。
こういう所は意外と強いのだ、お父さんは。
私も一旦気持ちをリセットする。
「あ、そうだ。そういえば私のスマホは?」
「あぁ、美桜のスマホな、お前と一緒に階段から落ちて壊れちゃったんだよ」
さらっと言われた割に結構ショックなことを告げられた気がする!
私の表情からその心を読み取ったのか、
「美桜が退院したら新しいの買ってやるから。入院中は我慢しなさい」
と、お父さんは励ますように言った。
それからしばらく、お父さんと他愛のない話を続け、気が付くと時間は17時を回っていた。
「もうこんな時間か。確か夕飯は18時だったはずだ。お父さんはそろそろ帰るよ」
言いながら、お父さんは椅子から立ち上がる。
「うん。気を付けてね」
「ああ。美桜も無理するなよ」
じゃあなと手を上げ、お父さんは扉を開けた。
すると、そこにはちょうど扉をノックしようとしていたのか、手の甲をこちらに向けて車椅子に座っている真璃の姿があった。
お父さんと真璃は、お互い驚いたように目を合わせる。
「あ、お父さん、その子は——」
真璃の事を紹介しようとベッドから出つつ声をかけたが、当の二人はにこやかに挨拶を交わし始めた。
「やぁ、真璃ちゃん。こんばんは」
「こんばんは、おじさん。いらっしゃってたんですね」
「ああ。もう帰る所だけどね」
普通に会話している。
どうやら二人は既に顔見知りのようだ。
「え、なんで?」
頭に疑問符を浮かべる私に、真璃は答えた。
「病室が隣だから、美桜のお見舞いに来ているおじさんとはたまに顔を合わせてたのよ」
……なるほど。
「しかし、もう友達になったのか。さすが早いな」
「それは私ですから。勿論出会ってすぐ友達です」
なんか軽口まで叩き合ってるんですけど。
たまに顔を合わせてただけの関係にしては仲が良すぎる気がするんですけど。
……まぁ真璃のコミュニケーション能力を考えると、理解出来ない事もない気がしてしまう。
「じゃあ、私はおいとまするよ。邪魔になるといけないしね」
お父さんは真璃の横を抜けて後ろに回ると、車椅子を押して真璃を病室の中に入れた。
「真璃ちゃん、美桜をよろしくね」
そう言われた真璃は、お父さんの方に向き直ると、深々と頭を下げる。
「こちらこそ。不束者ですが」
「なんでお嫁さんの挨拶みたいになってんのさ」
我慢できず思わずツッコミの言葉が口をついて出た。
すると真璃が顔を上げて私を見る。
「あら、私がお嫁さんでは不服?」
「や、そういう意味じゃなくて」
「ところで、女同士で結婚したらお嫁さんってどっちなのかしら? どっちも?」
「それ今考えること?」
「美桜は私にタキシードとウエディングドレスどっちを着てほしい?」
「え? いや、それはまぁ、ドレスかな。絶対綺麗だし」
「ダメよ。私も美桜にドレスを着てほしいもの」
なんだこの会話は。
しかし最後の私の言葉は嘘偽り無い心ではあった。
そんな会話をしている横で、お父さんは「じゃあ」と扉に手をかける。
「さようなら」
真璃も今度こそ真面目に別れの挨拶をしていた。
扉が閉まり一息ついた真璃は、私のベッドの横まで車椅子を走らせてくる。
「検診は終わったの?」
「ええ。無事に終わったわ」
完全に私のベッドの横に車椅子を付けると、真璃はいつもの笑顔でこう言った。
「美桜、一緒にご飯を食べましょう」
病室の中まで一緒に行こうと引き戸を開けたところで、真璃が口を開いた。
「ありがとう、美桜。あとは大丈夫だから」
真璃は自分で車椅子を操作して私と向かい合う。
「うん。じゃあ私も部屋に戻ろっかな」
そう言って自分の病室に戻るために振り返ろうとすると、真璃に病院服の裾を掴まれた。
「ん、どうしたの?」
真璃に向き直ると、手招きしながら私に声をかけてくる。
「ちょっと耳貸して」
「耳?」
なんだろう。
私はよく分からないままとりあえず真璃の口元に右耳を寄せた。
——次の瞬間。私の右頬に柔らかい感触の物が当たった。
「!?!?!?」
予想外の出来事に驚き、私は頬を押さえながら飛び上がるような勢いで頭を上げて真璃を見る。
今のは明らかに、真璃の……唇だった。
顔が急激に熱くなる。
今、絶対私の顔は真っ赤だ。
「またね」
真璃は満面の笑顔でそう言うと、病室の中に入り、引き戸を閉めた。
「!? ……!?」
私はというと、一瞬の事で全く理解が追い付かないまま、ただ口をぱくぱくさせる事しか出来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆
自分の病室に戻った私は、ベッドに腰掛けながら一人悶々とした時間を過ごしていた。
さっきのあれは、一体なんだったのだろうか。
別に嫌なわけじゃないんだけど。どっちかっていうと嬉しい気がしないでもないんだけど。
それとも、東京ではこれくらいのスキンシップは普通なんだろうか。
女の子同士だし、変に意識している私の方がおかしいんだろうか。
私はあれやこれやと考えながら体を倒し、枕に頭を沈める。
いつもなら冷たく感じるシーツの温度も、熱くなった体には心地良い。
「……検診終わったら、また会いに行こっかな」
なにせ隣の部屋だし、すぐに会いに行ける。
またすぐに会いたいと思ってしまうのは、同い年の仲良くなれそうな友達が出来たことが嬉しいからか、それとも——。
コン コン
不意に聞こえたのは、病室の扉をノックされた音だった。
「どうぞ」
私は上体を上げながら声をかける。
扉をスライドさせて入ってきたのは、私のお父さんである此花 和幸だった。
「美桜。良かった、元気そうだな」
私の顔を見て、そうお父さんは言う。
「一人娘が約1年ぶりに目を覚ましたっていうのに、なんか素っ気なくない?」
私が冷やかすように言うと、お父さんは「ははは」と笑いながらベッドの脇の椅子に腰かけた。
「安心して力が抜けたのさ。目が覚めたと初めて聞いた時は、本当に嬉しかったぞ」
「ほんと?」
「本当に決まってるだろう」
「ならよし」
そんな軽口をたたき、私は今一度扉の方を見る。
どうやらお父さんは一人のようだ。
「あれ、お母さんは?」
てっきり二人で来るものだと思ってたんだけど。
すると、お父さんは困ったような顔をする。
「あー、それがな。お母さんはちょっと仕事で県外に出かけてるんだ」
「県外?」
お父さんのその言葉に、私は大きな違和感を抱いた。
「仕事って……、神社関係だよね? 県外まで行かなきゃいけないような事、今まであったっけ?」
私のお母さん、此花 美春は、私が巫女としての仕事が出来るようになるまでは、木花神社の98代目の巫女として務めていた。
今は経営とかの裏方の仕事をお父さんと一緒にやってるけど、私が知る限り一人で遠出しなきゃいけないことなんて今まで無かったはずだ。
「まぁ、ちょっとな。巫女が1年も寝たきりだったから、色々あったんだよ色々」
お父さんは目をそらして言葉を濁す。
「なにそれ。私のせいなの?」
「! いや、そうは言ってない」
急に焦ったように顔を上げて、お父さんは返してきた。
その対応にも若干違和感を覚えつつ、私も言葉を返す。
「そう聞こえる」
実際1年寝てたのは事実らしいし、そのせいで今お母さんが忙しいって言うなら、それは私のせいだけど。
お父さんは明らかに何か隠しているような素振りをしている。
それになんとなくイライラして、つい言葉にトゲを付けてしまった。
悪い会話の流れを察してか、お父さんは一つ咳ばらいをして、仕切りなおすように口を開いた。
「とにかく、お母さんはしばらく顔を出せそうにないんだ。仕事の都合上こちらから連絡することも控えている。顔を見たい気持ちはよく分かるが、しばらく待ってくれないか」
真剣に言うお父さんを見て、私は頷くしか出来なかった。
どうせ何を隠しているのか問い詰めようとしても、のらりくらりとかわされてしまうのは目に見えている。
こういう所は意外と強いのだ、お父さんは。
私も一旦気持ちをリセットする。
「あ、そうだ。そういえば私のスマホは?」
「あぁ、美桜のスマホな、お前と一緒に階段から落ちて壊れちゃったんだよ」
さらっと言われた割に結構ショックなことを告げられた気がする!
私の表情からその心を読み取ったのか、
「美桜が退院したら新しいの買ってやるから。入院中は我慢しなさい」
と、お父さんは励ますように言った。
それからしばらく、お父さんと他愛のない話を続け、気が付くと時間は17時を回っていた。
「もうこんな時間か。確か夕飯は18時だったはずだ。お父さんはそろそろ帰るよ」
言いながら、お父さんは椅子から立ち上がる。
「うん。気を付けてね」
「ああ。美桜も無理するなよ」
じゃあなと手を上げ、お父さんは扉を開けた。
すると、そこにはちょうど扉をノックしようとしていたのか、手の甲をこちらに向けて車椅子に座っている真璃の姿があった。
お父さんと真璃は、お互い驚いたように目を合わせる。
「あ、お父さん、その子は——」
真璃の事を紹介しようとベッドから出つつ声をかけたが、当の二人はにこやかに挨拶を交わし始めた。
「やぁ、真璃ちゃん。こんばんは」
「こんばんは、おじさん。いらっしゃってたんですね」
「ああ。もう帰る所だけどね」
普通に会話している。
どうやら二人は既に顔見知りのようだ。
「え、なんで?」
頭に疑問符を浮かべる私に、真璃は答えた。
「病室が隣だから、美桜のお見舞いに来ているおじさんとはたまに顔を合わせてたのよ」
……なるほど。
「しかし、もう友達になったのか。さすが早いな」
「それは私ですから。勿論出会ってすぐ友達です」
なんか軽口まで叩き合ってるんですけど。
たまに顔を合わせてただけの関係にしては仲が良すぎる気がするんですけど。
……まぁ真璃のコミュニケーション能力を考えると、理解出来ない事もない気がしてしまう。
「じゃあ、私はおいとまするよ。邪魔になるといけないしね」
お父さんは真璃の横を抜けて後ろに回ると、車椅子を押して真璃を病室の中に入れた。
「真璃ちゃん、美桜をよろしくね」
そう言われた真璃は、お父さんの方に向き直ると、深々と頭を下げる。
「こちらこそ。不束者ですが」
「なんでお嫁さんの挨拶みたいになってんのさ」
我慢できず思わずツッコミの言葉が口をついて出た。
すると真璃が顔を上げて私を見る。
「あら、私がお嫁さんでは不服?」
「や、そういう意味じゃなくて」
「ところで、女同士で結婚したらお嫁さんってどっちなのかしら? どっちも?」
「それ今考えること?」
「美桜は私にタキシードとウエディングドレスどっちを着てほしい?」
「え? いや、それはまぁ、ドレスかな。絶対綺麗だし」
「ダメよ。私も美桜にドレスを着てほしいもの」
なんだこの会話は。
しかし最後の私の言葉は嘘偽り無い心ではあった。
そんな会話をしている横で、お父さんは「じゃあ」と扉に手をかける。
「さようなら」
真璃も今度こそ真面目に別れの挨拶をしていた。
扉が閉まり一息ついた真璃は、私のベッドの横まで車椅子を走らせてくる。
「検診は終わったの?」
「ええ。無事に終わったわ」
完全に私のベッドの横に車椅子を付けると、真璃はいつもの笑顔でこう言った。
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