またここで君と逢いたい

きおかわ ひつじ

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1章 此花 美桜

『もえねえ』

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「あぁ、中原さんね。今ちょっと外してるけど、すぐ戻って来るんじゃないかしら」
「そうですか。ありがとうございます」
 その日の午後、私はリハビリやら検査やらを終え、ナースステーションを訪れていた。お目当ては萌姉である。
 家族ぐるみの付き合いをしていた萌姉なら、お母さんの事を何か知っているかもしれない。
 本当はお父さんを問い詰めたい所だけど、頑固なあの人からこれ以上得られる情報は恐らく無いだろう。
 その点萌姉なら知ってればこっそり話してくれそうだし、もし隠そうとしても話してる内にボロを出しそうだ。
 萌姉はそういう所ちょっと甘いからね。
「中で待っててもいいけど」
「あ、大丈夫です。ここで待ちますから。ありがとうございます」
 気を遣ってくれた看護師さんのせっかくの提案だったが、知らない人達が仕事をしている中で待つのも落ち着かなそうなので、私は廊下の壁に寄りかかって待つことにした。
 さて、萌姉はどっちから来るんだろう。
 そんな事を考えながら左右にそれぞれ伸びている廊下を見る。

 数回首を往復したところで、私は右の廊下の突き当りの曲がり角から、ちらちらと小さい馬のしっぽのような影が見え隠れしていることに気付く。
 なんだろう、あれ。
 目を細めて注視していると、その影が徐々に傾いていき、最後にこちらを覗き込む人の目が見えた。
 ああ、あれツインテールの片っぽだったんだ。
 私が目をしっかり合わせると、その目はばっと勢いよく角の向こうに消えていった。
 しかししっぽが隠しきれていない。
 素早く動いた反動で、しっぽ……もとい、ツインテールの片割れはゆらゆらと動いている。
 あれは間違いない。咲だ。
 このまま萌姉を待つか咲に声をかけに行くかちょっと迷うが、まぁ休みじゃない限りここに来れば萌姉とは会えるだろうし、とりあえず咲の方に行ってみるか……。

 考えがまとまったところで私は壁から背を離し、咲が隠れている曲がり角目指して歩みを進めようとした。
 しかし、咲は先ほどまでと打って変わって急に角から姿を現すと、角の向こう側を見て口を動かし始める。
 誰かと話しているような雰囲気だ。
 すると、咲は俯いて再び角の向こうに逃げるように姿を消した。
 あの感じからすると、今度こそどこかに行ってしまっただろう。
 何があったのだろうかと訝しんでいると、次に角の向こうからやって来たのは萌姉だった。

 萌姉はこちらに気付くと、小さく手を振ってくれる。
 私は手を振り返しながら、こちらからも萌姉に近づいて行った。
「みぃちゃん。今日はリハビリと検査あったでしょ? お疲れ様」
「うん。あったけど全然疲れてないよ。検査は頭の写真撮るのに寝てただけだったし」
 それにリハビリの方なんて、特にやる事ないからって5分もしないで打ち切られたし。
 萌姉は「そっか」と返して続ける。
「ところでどうしたの? 私に何か用事?」
「あ、そうなんだけど。その前にさ、さっきそこの曲がり角で、女の子と話さなかった?」
 指さしながら聞くと、萌姉は煮え切らない顔をした。
「あー。話して……はないかな。なんか私の顔見てすぐ走ってっちゃったから」
「でも何かしゃべってたでしょ?」
 咲の口は間違いなく動いていたはずだ。
 萌姉は私の言葉を受けて、思い出すように首を捻る。
「えっとね、何か呟いてはいたんだけど、よく聞こえなかったんだよね。……ただねー、呟きの中で『もえねえ』って聞こえた気がしたんだよねぇ……」
「『もえねえ』って……萌姉?」
 言うと、萌姉はうーんとさらに首を傾けた。
「気のせいだとは思うんだけどねー。私のこと萌姉なんて呼ぶのみぃちゃんだけだし、そもそも私、あの子見たの昨日が初めてだったしなぁ」
「昨日?」
「そう。昨日廊下をウロウロしてるの見かけたの。結構おしゃれで可愛い子だったし、覚えてたんだけど」
 真璃は心当たりが無いと言っていたが、ここで働いている萌姉すらも昨日初めて見たというなら、間違いないだろう。
 咲がこの病院に出入りするようになったのは、ここ最近って事だ。 
 ……しかし。
「もえねえ……か」
 本当によく分からない子だ。あの子は。
「みぃちゃん、あの子の事知ってるの?」
「咲っていう名前くらいかな、知ってるのは。他にはほんと何も知らないよ」
「そうなんだ……」
 んー、と考え込んでいる萌姉だったが、諦めたように顔を上げる。
「まぁいっか。もし次会えたらなんて言ってたのか聞いてみよっと」
 言いながら、萌姉は私に向き直った。

「で? まだ本題じゃなかったよね。私になんの用事だったの?」
 そう聞かれた私は、萌姉の顔をしっかり見据えて尋ねた。
「萌姉さ。私のお母さんが今何してるのか……、知ってる?」
 萌姉の瞳が若干見開かれる。
 そして目を逸らし、少し上の方を見つめて口を開いた。
「……うーん。分かんないな。みぃちゃんのお父さんから、遠くでお仕事してるってのは聞いたけど。それ以外は知らない」
 果たして本当だろうか。
 私は今の萌姉の一連の行動が、私の質問から動揺を受けての物のように感じている。
 だから私は、鎌をかけてみる事にした。
「嘘でしょ? 私知ってるよ。本当はお母さんが今どこにいるのか」
「え?」
 萌姉は驚きの表情を私に向けるも、すぐに首を振る。
「……いやどこにいるも何も、県外、でしょ? みぃちゃんのお父さんはそう言ってたよ」
 おそらく私の鎌かけに気付いたのか表情の切り替えは速かったが、私は見逃さなかった。今の萌姉の驚いた顔を。
 やっぱり萌姉は何か知ってる。
 どの程度何を知ってるのかは分からないが、何かを私に隠している。
 お父さんだけじゃなくて萌姉まで……。
 話を続けてうまくボロを出してもらおうとする当初の計画など忘れ、私は萌姉に詰め寄った。
「ねぇ、何か知ってるんでしょ、教えてよ。真璃が言ってたよ、私のお母さん見たことないって。お母さんが私のお見舞いに来ないはずないじゃん! 仕事だって言うけど、神社の仕事なんかでそんなに長い間県外とか行くわけないじゃん! 連絡も出来ないってなんなの!?」
「ちょっと待って、みぃちゃん! ……皆見てるよ」
 その言葉にはっとして周りを見てみると、つい段々と大きくなってしまっていた私の声に反応して、廊下にいた他の患者さんたちが私たちを心配そうな顔で見ていた。
 ……こんな風に聞く予定じゃなかったのに。
 でもお父さんだけじゃなくて、ずっと本当の姉のように慕っていた萌姉にまで何か大きな事を隠されているのだと思うと、私は自分の感情を抑えることが出来なかったのだ。
 しかも、お母さんの事で。
「……萌姉、私、こんなの絶対おかしいと思う。なんで私の家族ことなのに、私には教えてくれないの? お母さんは今どこにいるの? これじゃまるで————」
 ……まるで————なに?
 
 ドクン、と異常なほど心臓が跳ねた。
 足から力が抜け、膝に衝撃が走る。
 床が眼前に迫る。
 が、萌姉がすんでの所で抱き止めてくれた。
 
 胸が痛い。
 息が苦しい。 
 頭が痛い。
 肺が苦しい。

「またっ……、これ……っ!」
 
 今朝、真璃とお母さんについて話した時もこんな風に苦しくなって……っ!

「みぃちゃん、大丈夫!? みぃちゃん!」

 こんなに近くに萌姉の顔があるはずなのに、随分遠くで萌姉の声がする。 

 痛みと苦しみの中、私の意識はぷつりと途絶えた。
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