またここで君と逢いたい

きおかわ ひつじ

文字の大きさ
7 / 50
1章 此花 美桜

何かを感じたのかもしれないわ

しおりを挟む
 夕食を摂った後真璃は自分の病室に戻り、私は病院のシャワーを貸してもらってさっぱりしてから、一人ベッドテーブルの上で日記を書いていた。
「……これでよし、と」
 目覚めたら1年と2ヶ月ほど経っていた事。
 真璃と出会ってすぐに仲良くなった事。
 そんなことを書き記し、私は日記帳を閉じた。
 さて、病院の消灯時間まではまだ時間がある。
 早めに横になるか、テレビでも見て時間を潰すか。
「まぁ、とりあえずトイレかな」
 良い子は寝る前にトイレに行くものだ。
 私はスリッパを履くと、トイレに行くため病室の扉を開ける。

 廊下に出ると、肌寒い空気が漂っていた。
 私はトイレに向かって廊下を歩き始めたが、その少し先に誰かが立っていることに気が付く。
 見ると、髪をツインテールに結び、フワフワの白いコートを着た女の子が立っていた。
 今日談話室から出ようとした時に私と真璃を見ていた子だ。
 その子はその時と同じように、こちらをじっと見つめている。
 何か私に用事でもあるのだろうか。
 しかし、もしそうだったら見てるだけじゃなくて話しかけてきそうなものだが。
 私はそのまますれ違おうか迷ったが、やはり気になったので声をかけてみる事にした。
「あの、私に何か用かな?」
 すると、その子は相変わらず私の顔を見つめながら、ポツリと呟く。
「……此花美桜、さん」
 名前を呼ばれた私は、「うん」と頷いた。
「あなたの名前は?」
 そしてそう聞くと、その子が早足にこちらに近づいてきた。
 私は少し驚いてつい後ずさってしまう。
 しかしその子はその勢いのまま私の目の前まで距離を詰めると、なんと私の首に両腕を回してきた。
「わっ……」
 思わず声が出たのと同時に、私はその子に抱き寄せられる。
「えっ? な、なに?」
 突然の事にびっくりしたのも束の間、その子はさらに鼻からすうっと息を吸い始めた。
「!?」
 首元に起こった急激な空気の流れに、体がビクリと反応してしまう。
 これ……、匂い嗅がれてる!?
「ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待って!!」
 あまりの恥ずかしさと衝撃で考えるより先に手が動き、私はその子を両手で突き飛ばしてしまった。
 その子は倒れこそしなかったものの、突き飛ばされた勢いで後ろによろめき、俯いて廊下の壁に手をつく。
「ご、ごめんね。でもその……、びっくりしたから……」
 強張る体を落ちつけながら、私は一応突き飛ばした事を謝罪した。
 でも申し訳ないが今のはこの子が悪い。
 急にあんなことされたら、思わず手が出てしまってもおかしくないだろう。
 するとその子は壁から手を離し一旦顔を上げるも、すぐに伏し目がちになって口を開いた。
「あの……、急にごめんなさい。わたし……、えっと、——さきって言いますっ」
 その声は切羽詰まったように震え、手は何かを我慢するかのようにスカートの裾をギュッと握っている。
 状況は呑み込めないが、どことなく心配にさせてくる雰囲気だ。
「咲……さん?」
「咲でいいですっ」
 食い気味な返事が返ってくる。
「うん、咲だね。大丈夫? ちょっと落ち着いて——」
「また会いに来ますっ!」
 話しながら近づこうとすると、咲と名乗ったその子は、そう言い残して走り去ってしまった。
「あ、待って」
 呼び止めようとしたがその猶予は無く、咲は階段のむこうに消えてしまう。
「なんだったんだろう、あの子」
 また会いに来るって言ってたけど……。
 ものすごく緊張していたようだった。
 私も最初こそびっくりしたものの、あの様子を見ていると、気がかりな気持ちの方が勝ってしまう。
「次は落ち着いて話せるといいなぁ」
 そう願いつつ、私は当初の目的通りトイレへと足を動かし始めた。


                 ◆ ◆ ◆ ◆


「へぇ。不思議な子ね」 
 次の日朝食を食べて朝の回診が終わると、私の病室に真璃が訪ねてきたので、昨日の咲という女の子の事を話していた。
 私はベッドの端に腰かけて、車椅子の真璃と向き合うように座る。
「でしょ? 私服だったし、入院してる子ではないと思うんだけど。真璃は何か知らない?」
 聞くと、真璃は人差し指を顎に当てて考える仕草をする。
「んー。同じような歳の子を見かけたら覚えてると思うんだけど。心当たりは無いわ」
「そっかー」
「私もここに1年くらい入院してるけど全然見かけてないって事は、この病院に顔を出すようになったのは最近なんじゃないかしら」
「1年?」
 そういえば、真璃がここに転院してからどのくらいなのかはまだ聞いていなかった。
 1年というと、私が意識不明になって入院し始めた頃に真璃もここに転院してきたのだろうか。
 質問してみると、真璃は頷く。
「そうね。私が来たのは去年の2月だから、この病院に入院し始めたのは美桜の方が少し早いけど」
「そうだったんだ」
 私は本当にここに1年いたのだと改めて実感したのと同時に、少し考えてもう一つ質問を追加した。
「その間、真璃の病室ってずっと私の隣だったの?」
「ええ。それは今日までずっと変わってないわ」
 私が意識不明の間ずっと私の隣の部屋にいたんだ……。
 なら、真璃は私のお父さんだけではなくお母さんも見ているかもしれない。
「ねぇ真璃。昨日、私のお父さんとよく顔を合わせてたって言ってたけど、お母さんとも顔を合わせたの?」
 それを聞かれた真璃は、唸り声を上げ始めた。
「えーっと……。んー、おじさんとは会ってたけど、美桜のお母さんは見たことないわ」
「え……、そうなの?」
 少し。——いや、明らかにおかしい。
 お母さんは県外に行っているとお父さんは言っていたが、1年もの間遠方に行くなんてどう考えても不自然だ。
 それとも、真璃が偶然お母さんとだけ会ってないなんて可能性は考えられるだろうか。
 いや、それもあまり現実的な考えではない。
 では、お母さんは私のお見舞いにも来ないでどこで何をやっているのだろうか。
 考えれば考えるほど、胸の中がざわついていくのを感じた。
 呼吸が浅くなっていく。
 心臓の音が速くなる。
 なんだろう。
 なんか、頭、痛——

「美桜」

 声がしたと思うと同時に、私は手を引かれていた。
 踏ん張る余裕を持っていなかった私は、そのまま前に倒れこむように上体が傾き、真璃の胸に顔をうずめる形になる。
「美桜。大丈夫よ。ゆっくり、息を吸って」
「真、璃……」
「大丈夫」
 言われるまま、私はゆっくりと深く息を吸い込む。
(真璃の、匂い)
 安心するその匂いを感じながら満たされた肺の中身を、今度は少しずつ吐き出した。 
 その間、真璃は赤子をあやすように私の背中を優しく叩いてくれている。
 何度か肺の空気の循環を繰り返すと、頭の痛みは徐々に引き、浅くなり始めていた呼吸も元に戻っていた。
 
 私が落ち着いてからも、真璃はしばらく私を抱き寄せたまま背中をさすってくれる。
 私の頭は一旦冷静さを取り戻し、今の自分の状況を再認識すると、今度は別の意味で心拍数が高まるのを感じた。
 ——なんか、私昨日から抱きしめられてばっかりだな。
「真璃? もう大丈夫だから」
 心臓の音が大きくなる前に離れようと真璃の肩に手を置く。
 しかし真璃は私の頭から手を離さず、顔を私の髪にうずめていた。
 ……あれ? これって……。
「美桜、良い匂い」
 匂い嗅がれてる!!
「真璃ぃ!?」
 私はもう我慢できず頭を上げて真璃から離れる。
 真璃は充実したような笑顔を浮かべて私を見た。
「美桜の匂い、私大好きだわ」
 恥ずかしい!
 いや、その前に私も思いっきり真璃の匂い嗅がせてもらったからおあいこなんだけども!!
「美桜が話してたその咲って子も、美桜の匂いが好きで、嗅がせてもらいに来たのかもしれないわね。それにほら、脳と匂いって深い関係があるっていうし。美桜の匂いに何かを感じたのかもしれないわ!」
「ええー……?」
 真面目なのか冗談なのか分からない真璃の言葉に、私はどう返していいのか分からなくなるのだった。
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

君は恋人、でもまだ家族じゃない

山田森湖
恋愛
あらすじ 同棲して3年。 毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、 一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。 彼女は彼を愛している。 彼も自分を愛してくれていると信じている。 それでも、胸の奥には消えない不安がある。 「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」 結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。 最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。 周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。 幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には “言えない言葉”だけが増えていく。 愛している。 でも、それだけでは前に進めない。 同棲という甘い日常の裏で、 少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。 このまま時間に流されるだけの恋なのか、 それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。 彼の寝息を聞きながら、 彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

処理中です...