またここで君と逢いたい

きおかわ ひつじ

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3章 此花美桜 2

気のせいです

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 咲と共にまず初めに足を運んだのは、一階にある談話室。
 真璃と初めて会った場所だし、今までの日記を見てみてもこの場所が書かれている頻度が高いからである。……まぁ、ここで初めて会ったのは今の私であり、前の私がどのように真璃と出会ったのかは分からないけど。
 穏やかな太陽の日が差す中庭。それが見える窓の前まで来た所で、咲が言う。
「わたし、さっきの話でちょっとまだちゃんと把握出来てない所があるんですけど。……美桜さんは、真璃さんに告白、されたんですよね?」
「え? あー、うん。そうだね」
 なんか、改めて人に言われると少し恥ずかしい。
 思わず歯切れの悪い返事をすると、咲は唸るような声を上げた。
「んーと。気持ちの整理って言いますけど、美桜さんはその時率直にどう思ったんですか?」
 咲の質問に、私はすぐに答えを返せない。
 あの時は告白の他にも色々とあったために、私の中には様々な感情が生まれて混沌としていた。
 ……でも、やっぱりあの時私は——
「……嬉しかった、んだと思う」
 ——自分でも何故か分からないまま、嬉しさを感じ取っていた。
「嬉しいと思ったんなら、それは美桜さんも真璃さんの事を好きだって事なんじゃないんですか?」
 不思議そうな瞳を向けてくる咲。

 ……咲の言う事はもっともだ。誰かに告白された時嬉しいと感じたなら、普通に考えれば、それは自分も相手と同じ気持ちで、告白された事を喜んでいるという事になる。
 しかし。やっぱり私は、あの時何故嬉しいと感じたのか分からなかった。
 ……私は、真璃の事が好きなんだろうか。だから嬉しいと感じたのだろうか。
 でも——。

「……もし、私も真璃の事を好きだとして……。その感情ってどこから生まれたんだろう」
「え?」
 私がつい呟いた言葉を受けて、咲が聞き返してくる。
 私は自分の頭の中を整えるようにしながら続きを口にした。
「感情ってさ。普通、何も無い所からは生まれないと思う。何か出来事があったり、記憶を思い返してみたり。そういう所から感情って生まれてくると思うんだけど……」
 そこで一旦言葉を区切る。咲は真剣な表情で続きを待っているようだ。
「もし、告白された時の嬉しさが、私も真璃の事を好きだからって理由で感じたものだとしたらさ。その好きって感情はどこから生まれたのかな。……だって、私は真璃と過ごしたっていう一年間の事をすっかり忘れてるわけだし。覚えてない記憶から感情が生まれるとは思えない。……流石にこの二日だけで同じ女の子の真璃を好きになったとも思えないし……」
 そこまで聞いた所で、咲は腕を組んで思案顔になる。
 そんな咲に、私は最後の結論を出した。
「だからね、なんで自分が嬉しいって感じたかを知りたいの。もしそれが真璃の事を好きだからなんだとしたら、なんで真璃の事を好きになったのか、知りたい。ごめんね、上手く説明出来なくて。……でも、それが分からないと、真璃にちゃんと向き合えない。……気がするから」
 私が伝えたい事がしっかり伝わったか、咲の表情からは読み取れない。
 そんな咲は先ほどよりも大きく唸ってから口を開いた。
「……でも、美桜さんの言葉の通りに考えるなら、やっぱりこの二日の間に好きになったと考えるしかないですよね? 覚えていない記憶から感情が生まれないなら、覚えてる二日間から生まれたとしか思えません」
「……そうだよねぇ……」
 言われて、今度は私が唸り声をあげる番となる。

 出会って二日しか経っていない女の子を好きになってしまう女の子なのだろうか、私は。 
 真璃が今まで出会った中で一番綺麗な女の子だから?
 その綺麗な女の子に頬にキスされたり、あーんされたり、抱き寄せられたりしたから?
 だから、好きになってしまったのか。自分と同じ女の子を。そんな簡単に?
 …………。正直、それはあまり考えたくない現実だ。

 思考を重ねていく私だったが、ふと視界の端に映り込む咲ではない人影に気付き、頭を上げた。
 見ると、咲の後ろにいつの間にか萌姉が立っている。……ていうか、なんで無言?
「わあ!!!」
「ふひゃあぁ!?」
 音も無く近寄ってきた萌姉に勿論気付いていなかった咲は、突如後ろから出された萌姉の声に可愛い悲鳴をあげて飛び上がる。
 何事かと後ろを確認した咲は、萌姉の姿を見て、一瞬時が止まったかのように体を凍り付かせた。
 ……と思ったら今度は素早く私の背中に回り込んできて、まるで人見知りの子供が母親の影に隠れるかのように、私の体を壁にして萌姉から距離を取る。
「ご、ごめん。そんなに驚くと思わなかった……」
 そう謝罪する萌姉だったが、咲は私の背中から顔を覗かせるように萌姉の様子を窺っている。
「えっと、咲? 多分この人、別に悪気があったわけじゃないから……」
 一応私も補足すると、咲は恐る恐るといった感じで私の背中から体を現した。
「ごめんなさい。悪気が無いのは知ってます……。私がちょっと苦手なだけです……」
 驚かされるのが苦手という意味だろうか。……別に得意だという人も見たことは無いけど。
 萌姉はというと、「あはは……」と変な空気を笑ってごまかそうとしている。
 私は溜め息を漏らしながら、萌姉に顔を向けた。
「突然どうしたの? 何か用?」
「いやぁ、昨日みぃちゃんと噂してたその人がいたからさ。思わず」
 思わずで人を驚かすな。
「噂?」
 そして不思議そうにする咲。
 そういえば色々あってすっかり頭から抜け落ちていたが、確かに萌姉と咲の話をした。
 思い出した私は、咲にその事を聞いてみる事にする。
「咲さ。昨日萌姉の顔見て逃げたんだって?」
 すると、咲は無言で目を逸らした。
 萌姉も私の後に続く。
「しかもさ、その時何か呟いてたよね? 『もえねえ』って、聞こえた気がしたんだけど」
 その言葉を受けてさらに顔までそむけ始めた咲は、冷や汗をかいているようだ。
「…………。……気のせいです。わたし、何も言ってません。逃げてもないです。偶然立ち去るタイミングが重なっただけです」
 少しの沈黙の後、意を決したように紡いだ咲の言葉は、何もかも嘘だと簡単に分かるようなものだった。
 私は萌姉と顔を見合わせる。
 追及するかどうかのアイコンタクトを送っているのが伝わったのか、萌姉は首を横に振った。
 ——気にはなるが、追及はやめておこう。多分、萌姉はそう言っている。
 私は頷くと、未だそっぽを向いている咲に声をかけた。
「そっか。ごめんね。私たちの気のせいだったみたい」
 それを聞いた咲は、ちらっと横目で私たちを見た後、胸をなでおろしているようだった。
 ……咲は何かを隠しているようだが、そこに私に近づいてくる目的があるのだろうか。

「……ごめんね、変な邪魔しちゃって。じゃあ、あたし仕事に戻るから」
 話が終わり、萌姉はそう手を振って背を向ける。
 私はそんな萌姉の背中を呼び止めた。
「萌姉。……私と真璃ってさ、よくここにいたんだよね?」
 萌姉は立ち止まると、振り返りながら答えてくれる。
「……うん。よくここで二人でいるの見かけたよ。……みぃちゃんが絵を習ったり、真璃ちゃんが絵を描いてるところをみぃちゃんが見てたりしてたかな」
「その時、私ってどんな感じだった?」
「楽しそうだったよ。とっても」
 そう笑顔で言い残し、今度こそ萌姉は談話室から出て行った。
「……そっか……」
 誰に言うでもなく呟くと、私は日記帳を開く。真璃に絵を習っているけどなかなか上手くならない事や、真璃の描いた絵がとても綺麗だった事が記されている。
「……楽しそうだなぁ」
 書かれた字だけを見ているだけだが、なんとなくそう感じる日記だった。

 その日記の中で次に多く出てきたのは図書室だ。
 真璃と図書室で絵画の鑑賞なんかをしていた日が、日記の中に散見された。
 私は日記帳を閉じると、次は図書室に行こうと咲に伝える。
 頷いた咲は、いまだに少し強張らせていた体を動かし、私の後についてくるのだった。
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