またここで君と逢いたい

きおかわ ひつじ

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5章 此花美桜 3

事故の記憶

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 ——瞬間、フロントガラス越しに、薄暗い中で何かが光った。
 
 同時に耳になだれ込んで来る、凄まじい爆発音。
 お父さんの運転する車が甲高い音を立てて、私の体が勢いのついた振り子のように左右に振られる。
 そして体の芯にがつんと響くような衝撃と共に、車の動きは唐突に止まった。

 気が付いた時。助手席側の後部座席に乗っていた私は、最初に運転席のお父さんを見た。
 お父さんはぴくりとも動かず、ただ力の抜けきった体をシートに座らせている。
 
「みぃちゃん……」

 その声に顔を上げると、助手席からお母さんが、こちらを覗き込むように振り向いていた。
「大丈夫? みぃちゃん」
「私は大丈夫だけど……、お父さんが……」
「うん。お父さんを連れて、逃げないと」
 そう言って、お母さんは体を戻し、助手席から降りる。
 私もシートベルトを外して、若干変形しているドアを力を込めて開け放つと、外へ足を下ろした。
 
 薄暗い高速道路のトンネルの中。
 二車線になっている道路に乱雑に敷き詰めるように、何台もの車が煙を上げて、様々な向きで打ち捨てられていた。
 明かりはトンネル上部に付いている照明だけのはずなのに、それにしては辺りが明るい。
 発光源は、ここより少し先。
 目を向けると、そこにはごうごうとした炎を吐き出して横たわっている、大型トラックの姿があった。
 炎は周りにある車を飲み込んで、今にもその勢いを増そうとしているように見える。
 ……そちらの方からいくつかの悲鳴が聞こえていて。
 何が起きているのかを想像してしまいそうになった頭を、恐ろしくなって無理やり引き戻した。
 思わず目に涙が浮かぶ。
 地獄。そう、ここは地獄かもしれない。
「みぃちゃん、手伝って!」
 お母さんの声がする。
 すぐ脇や後ろにある車の隙間を縫って運転席側に回り込むと、お母さんがお父さんの体を車から引き出そうとしていた。
「お父さん!」
 完全に気を失っているお父さんの額からは、絵の具のようにどろっとした赤い血が流れ出ている。事故の衝撃でどこかに頭を打ってしまったのだろうか。
 お母さんに手を貸し、お父さんを車から引っぱり出す事は出来たが、ここからお父さんを運ぶのは私達では難しいかもしれない。
「あんたら、大丈夫か!?」
 どうしようかと考えていた所に、不意に男の人の声がして振り返る。すると、性別も歳もばらばらの、何人かの人達が私達を見ていた。
 その中から、今私達に声をかけたと思われる三十代くらいの男の人が前に出てくる。
「その人は俺が運ぶ! とにかく早く離れないと、すぐにここも火の海になる!」
 そう言ってその男の人はお父さんを軽々と背負い、立ち上がった。凄い力だ。
「ありがとうございます。みぃちゃん、行くよ」
「うん」
 お母さんに答え、私達はその人たちの後ろをついて行く。
 しかしその刹那、再び耳を突き破るような激しい音が、後ろの方から聞こえた。

「——うぁっ!?」

 痛い。
 それしか考えられなかった。
 背中を刺すような痛みと衝撃がいくつも襲ってきて、耐えられずに膝をコンクリートに擦り付ける。
 コンクリートの細かい凹凸おうとつが、容赦なく膝の肉を削った。そのまま前に倒れ込み、服は破れ、腕や胸にも痛みが走る。
 だがそんなのが二の次になるくらいに、背中の痛みが激しい。
 何、これ。痛い。痛い!
「みぃちゃん!!」
 私の一歩先にいたお母さんの声が聞こえた。
「みぃちゃん、頑張って!」
 その必死な声に、私は顔を上げる。

 ——そこに、またあの音。
 私より少し前にいた女の人が、変な声を出して不自然に頭から転がった。
 私は、その様子をしっかり見てしまった。
 女の人の後頭部に、目にも止まらぬ速さで飛来した何かが突き刺さった。
 きらりと一瞬光ったその何かは……、多分……、ガラスの破片。後ろで次々と爆発を繰り返す車の部品やガラスが、その爆風に乗って私達を襲いに来ている。

「止まるな! 走れ!」
 誰かの声が聞こえた。
「あああああああッッ!?」
 誰かの悲鳴が聞こえた。
 爆発音がする。
 背中には痛みと一緒に、肌が焼け付くような熱を感じ。
 振り返らなくても分かった。爆発は広がり、火の手は私のすぐ後ろまで迫ってきている。
 そこで、もう一度、爆発音。

 ああ。これ、私、死ぬのかも。

「みぃちゃん! 危ない!!」
 痛みと絶望に心が折れかけたその時、お母さんの声が聞こえて、私の体は宙に浮いた。
 お母さんが私の手を引っ張って、後方へと投げ飛ばしたのだ。
 そんな力が、一体どこにあったのか。
 思った瞬間。
 お母さんは爆発の勢いで倒れてきた車の車体に、下半身を押し潰されていた。

「お母さんっ!!!」

 今まで感じていた痛みも忘れて、お母さんに駆け寄ろうとする。
 しかし私の動きは、近くにいた男の人に腕を掴まれて制止されてしまった。
「放してよ! お母さんを助けないと!!」
 いくら体を動かしても、その拘束を抜け出せない。
 どうして邪魔するんだ。あのままじゃお母さんが——!
「あれは……、無理だ……」
 男の人は呟くように言って、私を抱きかかえる。
「無理って何!? やめてよ! お母さんっ!」
 なす術もなく、私は抱き抱えられながら運ばれ、お母さんから離れていってしまう。
「……みぃ、ちゃん。————」
 お母さんが何かを言っているのが聞こえた。

 そして、遂にそこにも火が回り始めていて。
 
 ……嫌だ。嫌だ。嫌、嫌、嫌……!!
「やだぁ……。お母さん……、やだぁっ!」
 あの時、私が痛みに負けないで、ちゃんと立てていれば。お母さんはきっと、あんな事にならずにすんだ。
 ……あれは、私のせいだ。本当なら私が下敷きになるはずだったのに、お母さんが代わりに——。
「…………ごめんなさい」
 私が、立ててさえいれば。走ってさえいれば。
「ごめんなさい……」
 お母さんは、死なずにすんだのだ。
「ごめんなさい……っ!」

 私の意識は、そこで途絶えた——。
 
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