四十九日のモラトリアム

笹木柑那

文字の大きさ
上 下
8 / 18

8.待ちに待った日

しおりを挟む
 やっとこの日が来た。
 今日は、あと一カ月、あと一週間と指折り数えて、待ちに待った新刊の発売日だ。しかし残念ながら既に予約が二人入っていて、順番待ちをしなければならないし、ついでに言えば今日は休館日だ。

 貸し出し期限は二週間だから、最短で二日、最長で一カ月ということになる。だが予約してまで読もうという人たちだ。二日で読めるとまでは思っていないが、運が良ければ一週間後、二週間後くらいには読めるかもしれない。
 今日読めるわけではないとわかっていても、やはり大好きな本が本屋に並び、人々の手に渡っていくことを考えただけで頬がにんまりとする。

 私がここにいられるのがいつまでなのかはわからない。だけど、先が長くないのはもうわかっている。最近は意識がぼんやりとしてきているのが自分でもわかるから。
 それでも最後の日まであきらめずに待ちたいと思う。私に残された、解消できる未練はもうそれだけだから。

「そんなに読みたいなら、その本買うよ」
「買ったら意味がないんだってば。このいつ読めるかわからないハラハラ期待感がいいんじゃない。それに、図書館で図書館の本を読むのが至福なの。お店で買った本と違って、独特のこの匂いが沁みててさ。本を手に取って、思い切り匂いを吸いこんで、それからそっと表紙を捲る。これがいいのよ」
「でも、匂いとかわかんの?」

 わかるわけがない。嫌なツッコミだ。
 しかし私は難なく返した。

「そんなものは気分だよ。足りないものはイマジネーションで補う。それが読書家の力なの」

 誇るように横目で見てやると、彼は理解できないというように肩をすくめてみせた。単に意地っ張り、と呆れたのかもしれない。

「あれから自分の家には行ってるのか?」
「ううん、行ってない。両親の姿を見るのも何か寂しいし、私がうろついてるのもあんまりよくない気がして。不意にあなたみたいにご近所さんが私の姿を見ちゃったら、その人いつまでも怯えて過ごすことになりそうだし。そんで、お祓いとか呼ばれたら困るし」

 確かに自分でも逝く方法はわからないのだが、テレビの特集で見たことがあるお祓いのように、苦しんでのたうち回って逝くのは何だか怖い。せっかく今いいペースで未練を昇華しているわけだし、人為的ではなくこのまま自然に逝ってしまいたい。

「じゃあ今日は図書館も休みだし、久しぶりの自宅に行ってみないか?」

 突然の彼の申し出に、私は一瞬言葉を詰まらせた。
しおりを挟む

処理中です...