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ご両親への挨拶①

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 貴族ではなくなりただのアンジェリカになった私だけど、母の教えを守って婚姻が済むまでは処女でありたいと思っている。平民の女性たちが婚前交渉に重きを置いていないことは知っているけれど、そこだけは生みの母の願いを叶えたいのだ。ケビンはそんな私の気持ちを理解してくれてキス以上のことは我慢してくれている。

 両想いになってからは、一緒にいる時はなるべく隣合って寄り添うように座るようになった。それから街に買い物に行くときは、手も繋ぐようになったし二人の距離はどんどん縮んでいった。

 いまさら知ったことだけど、ケビンは辺境伯という地位にあるようだった。国境を守っていると聞いた時点で気が付いたら良かったのだけど、あの頃は新しい世界での生活のことで頭がいっぱいで、そんな考えは一切頭を過らなかった。立場や所作の綺麗さから、貴族であるとは思っていたけれど、結構な高位貴族であったことに驚かされた。元の世界では侯爵令嬢であった私だが今は平民なのだ。ケビンに相応しくないのではないかと不安が募る。

 貴族であるケビンは婚姻届けを王宮に提出しなければならないらしく、その際に伴侶になる相手を伴って国王に許可を得ることが出来れば無事婚姻が結ばれるそうだ。

「ケビンが辺境伯家の人間だということは分かったけれど、相手は私でも良いの?」

「何をいまさら言っているんだ? 俺は君以外を娶るつもりもなければ、君を他の男にくれてやるつもりは微塵もないんだ」

「私だってあなたが良いけど、貴族社会においての身分差は無視できない問題だわ」

 この国どころかこの世界の人間ではない私は、辺境伯に吊り合う身分もないのに大丈夫なのかと心配になり訊ねるけれど、隣国を挟んだ国の遠縁の娘ということにすれば大丈夫だと言う。それでもこんなに美丈夫で地位も高く数々の功績を遺している彼が、どこの馬の骨とも知らない女と結婚することがはたして許されるのだろうか? おそらく彼の妻の座を狙っている女性は私が思うよりも多いだろう。

 考えれば考えるほど、私は彼に相応しくないのではという思考に支配されてしまう。

「大丈夫だ。心配はいらない。俺に全て任せておいてくれたら良い」

「でも……」

「夫婦になれば漸くアンジェリカを抱くことが出来るんだ。一刻も早く問題を片付けるのは今の俺の最重要事項だ」

「…………」

 想いが通じ合ってからというもの、私たちは頻繁に口付けを交わしている。初めの頃こそ触れるだけの軽いものだったけれど、いつしか舌を絡ませ合うような深く濃厚なものへと変わっている。お互いの密着して身体を撫で擦られたりしているうちに、私は蕩けたような心地になるし、ケビンの腰のものが硬くなっていることも多い。より深い触れ合いを欲しているのはケビンだけではないのだけれど、こうストレートに言葉で表されると恥ずかしくて仕方がない。

「こんなに格好いいあなたに私で良いのか不安なの。だって貴族同士の繋がりとかも大事でしょうし、縁談なんかもあるんじゃないの?」

「それは問題ないよ。一番大事なのは、俺が愛して求めているのは君だけだということだ。そして君を名実ともに独占する権利が欲しいんだ。そのために俺は何でもやるし使えるものは何でも使う。だから信じてくれ。――それに俺以外の男がアンジェリカに触れると考えるだけでその男を殺してやりたくなるから君を手放すつもりはないよ」

 ケビンに不安な気持ちを打ち明けると、王宮に通う中で何度か見合い話をもらったり娘を紹介したいと言う貴族などに会ったりもしたけれど、身分や肩書、ましてや外見で判断するような相手とは添い遂げることは出来ないと全部断っていたそうだ。後半部分は声が小さく早口だったので上手く聞き取ることは出来なかったけれど、ケビンの言うように彼を信じていれば全て上手くいくような気がしてきた。

 普段のケビンは口数も少なく表情も豊かではない。そして一度研究に熱中してしまえば寝食も疎かになる。そんな自分を受け入れてくれるような女性はこの国の貴族にはいないだろうし、自分は他人に決められた結婚は絶対にしたくないのだと言う。

 ケビンと国王陛下は従兄弟同士で気心が知れているようで、無理に結婚させるつもりならこの国を出ると常々話していたらしい。国一番の大魔導士を国外に出せる訳もなく、この件については陛下ですら無理強いは出来ないのだと言って笑った。

 ケビンが国王陛下の従兄弟だというのも初耳なのですが!? なおさら私ではダメなのではと口を開けば、生涯独身を貫くと思っていた従兄弟ケビンが、自分から結婚したい相手がいると言ったことに驚きつつも喜んでくれているらしい。

 国王陛下の父親である前国王の妹がケビンの母親であるそうで、ケビンが父親から辺境伯を継ぐと、両親は領地に引っ越して隠居生活を送っているらしい。そもそも婚姻届けを出す以前にご両親への挨拶もしなければならないのではと気付き焦りが生じる。

「ご両親はこのことを知っているの?」
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