25階。このふざけたゲームを終わらせて

緋島礼桜

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残り14時間00分24秒

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 綺麗な土下座を見せ、潔く降参したナイフ男。
 このふくよかな体格の中年男性は、このゲームが始まってから初めて見る顔だった。

「……あの、お名前を聞いても?」

 恐る恐る俺が尋ねると、シガに拘束されながらもナイフ男は素直に答える。

「……自分は鬼塚おにづか めぐみと申します」
「このビルには何をしに……いや、聞くまでもないかな」

 ナイフを持ってイコシ側にいた時点で理由は明白だ。

「あの、星を見に」
「……それ、セイランくんやムラタさんも言ってたけど、合言葉か何かだったんですか?」
「はい、そうなんですよ。25神妙教のSNSよびかけに集まった人は、その合言葉で確認し合うよう書かれてましたよ」

 暗号にナイフまで用意していたのだから、思った以上に25神妙教の集いは周到だったようだ。
 タカさんが腕を組みながら尋ねる。

「それで、今の今まで隠れていたようだが……ずっと何処にいた? オレはカフェの厨房も女子トイレも調べたぞ」

 するとナイフ男——もといオニヅカは得意げに笑った。

「逃げ隠れは得意でして。皆さんが来ればすぐに別フロアや椅子の下に隠れてましたよ。いざとなれば段ボールにも一時間は籠もれますよ」

 ……いや、そこまでして隠れなくてもいいだろうに。

「なぜ、そうまでして逃げたんです?」

 俺の質問にオニヅカはものすごい勢いで首を左右に振った。

「いやいや、自分は隠し持っとけとイコシさんからナイフを25本も託されてたんですよ! 荷物検査されたら一発でアウトでしょう!」

 確かにナイフ25本なんて、サバイバルマニアでも持ち歩かない。完全に不審者だ。
 それと同時に、俺たちは初歩的なミスに気づいた。
 ――最初から手荷物検査をしていれば、イチゴのカッターや時限爆弾のスイッチも見つけられたかもしれないという事実に。

「……すまない。その考えは抜けていた」

 タカさんは深々と頭を下げる。

「警備員なのに……ですか?」

 俺の視線にタカさんはさらに、地面に付くかくらい頭を下げた。
 
「本当に、面目ない」

 一方でエリカちゃんとシガは「わかっていた」と言わんばかりの顔をしていた。

「必要ないと思ったから……」

 ……エリカちゃん。可愛い顔で言われても、それならそうと言って欲しかったなあ。

「面白くなりそうだと思ったから……」

 おじさんシガが可愛く見せようとしても、俺には無意味だった。

「……それで、どうしてこんな集まりにやって来たんですか?」

 俺の問いかけに、イコシが素早く「こんなとは何だ」と怒鳴る。
 だがニコに頭を叩かれると、アラームを止められた時計みたいに大人しくなった。

「――自分は実は漫画家でして。昔は一発当てたこともあったんですが、その後は鳴かず飛ばずで」
「それで生活苦の果てに……?」
「いやいや、過去の栄光あてた作品のおかげで今も楽して暮らしてますよ」
「あ、そう……」

 楽に暮らせるなら十分幸せじゃないか、と誰かが漏らす。
 けど、人の悩みは千差万別だ。その物差しは人によって違う。

「生活に困ってはいませんでした。ただ……なかなか次の連載が決まらず、悩んでましたよ」

 大作ぜんさくを超えるものを。より感動させるものを。
 読者ファンから求められるほどに、彼はもがき苦しんだと言う。

「そ、それで……悩んだ末に、自殺志願の集まりに来てしまったと」
「あ、いえ。次回作の資料になればと思って、つい……しかし、まさか本気の集まりだとは思わず、申し訳ない」

 気まずそうに笑うオニヅカ。

「それに他の方の悩みを聞いて、自分の悩みがどれだけ小さかったのか、痛感しましたよ」

 好奇心旺盛というか、創作意欲に飢えていたというか。どこかのんきに語るオニヅカへ、タカさんがため息を吐く。

「発想探しは自由だが、それで銃刀法違反になったら意味がないぞ」

 注意されたオニヅカは申し訳なさそうに、ペコペコ頭を下げた。

「すみません、ほんの出来心だったんですよ。それに……まさか、こんな非常事態な現象にまで巻き込まれるとも思いませんし」
「オニヅカさんは、これがじゃないって思ってるんですね」

 俺の言葉に、彼は少年みたいに目を輝かせた。

「どう見てもファンタジーかSFのそれじゃないですか! バラバラだった面々が徐々に協力して脱出――なんて燃える展開、一度は体験してみたかったんですよ」

 ……ナイフを隠し持っていた人間が協力側になれるとはそう易々とは思えないが。まあ、口には出さないでおこう。

「ところで、その一発当てた漫画って……なんて名前なんですか?」
「え?」

 オニヅカは露骨に嫌そうな顔をした。

「ちょっとそれは……自分、顔出しが恥ずかしいんで、ペンネームも変えてるのですよ」

 そう言われると余計に気になる。
 しかし無理に聞くのもどうかと思っていると、シガが割って入った。

「けどなあ、本当に漫画家か確認は必要だろ。嘘の可能性もあるわけだしな」
「た、確かに……!」

 そうだ、これは必要であり仕方がない確認なんだ。
 ……決して一個人の好奇心で聞こうとしているんじゃない。
 自分にそう言い聞かせつつ耳を傾けると、オニヅカは渋々答えた。

「『槍撃のウィリアム』ですよ。もう十何年以上前の作品なんで、知らない子も多いでしょうけど」

 自嘲する彼に対し、俺は思わず息をのんだ。

「え……そ、槍撃の――」
「ウィリアムですか!?」

 俺より先にカズコが叫ぶ。
 彼女はエマと一緒に、騒動を聞きつけていつの間にかやって来ていたようだ。

「じゃ、じゃあ……翡翠月ひすいづき先生って……」
「あ、それは自分のペンネームですよ。見た目に似合わずおしゃれ過ぎやしましたよね」

 腹をポンポン叩いて笑うオニヅカ。
 カズコは口をあんぐりと開けたまま言った。

「あ、いえ……ネットでは翡翠月先生は女性なんじゃないかって言われてたので……」

 その噂は俺も聞いたことがある。
 女心の細やかな描写が丁寧すぎて『これは女性にしか書けないだろ』と、巷では言われていた。

「あはは、そんな噂もあって余計に困ってるんですよ。実際は五人の姉を参考にしただけなんですけどね」
「なるほど……」

 俺が感心していると、突然カズコは色紙とペンを取り出した。
 ……って色紙?

「あ、あの……翡翠月先生! もしよろしければ、サインください……!」
「それ、持ち歩いてたの?」
「はい、いつ誰と出会えるかわからないので……!」

 カズコは若干興奮気味に語る。
 まあ、声優を目指すきっかけとなった作品だし、無理もない。
 それにサインを見れば、本人かどうかも確かめられるだろう。

「わ、わかりましたよ。いつもは人前でサインなんてしないので、緊張しますけど」

 そう言いながらも拘束を解かれたオニヅカは、スラスラとサインと共にウィリアムのイラストまで描いてみせた。
 ……これがプロというものなのか。途端に色紙からオーラが放たれた。

「間違いなく……」
「翡翠月先生です!」

 俺とカズコは顔を見合わせて頷く。
 目の前の人が大人気漫画家――そう思った途端、俺もソワソワしてきた。
 ……カズコからペンを借りてシャツにサイン貰おうか。
 そんなことを考えていたときだ。

「あの……」

 そう言って現れたのはアマツキだ。
 彼の手にはゲーム機とペンが握られている。

「俺も……サイン、ください」
「え、アマツキくんもファンなの?」
「俺のプレイヤーネーム”ウィリアムズ”は、先生の作品から取ってて……」

 そういえば、と俺は思い返す。
 しかしまさかアマツキもファンだとは。アニメ人気に世代は関係ない、ということなんだろう。

「ウィリアムの、芯の強さとかに憧れて、それで柔道を始めて……」

 アマツキは少しばかり照れくさそうに話す。

「なるほど、さっきの護身術はそういうことか」

 俺の言葉にアマツキは頷いていた。

「アニメから入ったけど、漫画も全巻買いました。先生の、世界観とか、漫画版にしかない独特な言い回しとかも大好きなんで……」

 今までで一番饒舌に語るアマツキ。彼がどれほどのファンなのかよく伝わってくる。
 負けじとカズコも前のめりに語る。

「わ、私も! 先生の描くキャラたちが……特にサラサの陰ながら見守る優しさが大好きで……!」

 二人の熱量に押され、オニヅカはたじたじといった様子だ。
 だが、その瞳は嬉しさとやる気に輝いている。どうやら彼にはいい刺激になったようだ。
 
「翡翠月先生の次回作、楽しみだね」

 エリカちゃんはそう言って俺の手を握る。

「ああ、そうだね」

 俺も心から先生の次回作に期待したい。
 ただし――このふざけたゲームを題材にした作品だけは、勘弁してほしい。


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