25階。このふざけたゲームを終わらせて

緋島礼桜

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残り10時間45分25秒

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 25神妙教の騒動が収まったあと、俺たちは再び床に就いた。
 とはいえ、拘束中の三人の見張りも必要だったため、そのまま北側フロアで雑魚寝となった。
 疲労困憊の体に硬い床はなかなか堪えたが、それでも寝てしまえば一瞬だった。



「……今、何時……?」

 不意に目を覚ました俺は、スマホを探す。

「――今は朝の五時らしいっすよ」

 誰かが答えてくれたおかげで時刻がわかった。
 まだ寝ていてもいいか、とぼんやり思ったが――ふと、目の前に見知らぬ男がいることに気づいた。

「やっと起きた? おはよう」

 ゲームから抜け出してきたような爽やかなイケメンの笑顔に、甘い囁き。
 夢じゃない。間違いなく、俺の目の前で知らない男が添い寝していた。

「うわあああぁっ!!」

 思わず叫んでしまい、芝居の稽古でも出さないような声に自分で咽せ返る。

「可愛い反応っすね。こういうの、慣れてないわけじゃなさそうなのに」
「か、顔近すぎなんだよ! アイツだってこんなに顔寄せては……」
「あ、それ恋人のこと?」

 ニヤニヤとした笑いが余計に腹立たしい。
 俺は慌てて後退りし、座っていたシガの背後に隠れた。

「え、何々? どうした?」

 俺の悲鳴で飛び起きたシガをよそに、俺は添い寝男を警戒する。
 近くで寝ていたエリカちゃんも俺たちの前に立ち、守るように構えた。頼もしい子だ。

「そんなに警戒しなくても。俺、仕事以外で男に手を出すことはしないっすよ」

 男性はにこやかに起き上がる。
 彼は何をしてもずっと起きなかったスーツ姿の――まだ話を聞けていなかった例の男性だ。

「なんか変なイベントが始まったなあってとこまでは覚えてんすけど、それから睡魔に負けちゃって……で、さっき起きたら警備員さんから君と話せって言われたんすけど、あんまり寝顔が可愛いもんだから、つい」

 ……つい、で添い寝なんかするもんじゃないだろ。
 それと”警備員”というのはタカさんのことだろう。俺のためにうまく誘導してくれたらしい。

「で、その警備員さんは?」
「ああ、朝食作りの手伝いしてたっすよ。皆『トーストがいい』とか『和食がいい』とか注文多くて大変らしいっす」

 ……トーストはともかく、このカフェに和食の食材なんてあるのか?
 無茶な注文に苛立つトビトの顔が容易に浮かぶ。
 おおかた、タカさんはそんな彼らの間に入って調整しているのだろう。

「そういや自己紹介がまだっすよね。俺は審矢しんや 壱時いちとき。まあまあ人気のホストっす」

 そう言ってシンヤは名刺を差し出す。そこには『右近(ウコン)』と洒落た文字が踊っていた。

「それは源氏名っすね。ニックネームみたいなもんっす」

 機会があれば指名よろしく、なんてウインクされたが。
 ホストと会う機会なんて俺にはほぼないだろう。

「……で、そのシンヤさんはどうしてこのビルに? しかもよく今まで寝てられましたね」

 揺すっても叩いても起きなかったから後回しにしていたのだが。
 その後もスミレの騒動や、25神妙教の騒動など。結構騒々しいことが起こっていたというのに。
 よくもまあ、ぐっすり寝られたものだ。少しばかり羨ましく思う。

「あー、姫とアフターでホテルに行ってて。そのあと『ここに用事がある』って言うから彼女を送ってあげて。で、気付いたらこの状況っすよ」

 隠し事のない口ぶりに嘘は感じられない。
 ただ、相手は接待のプロ――ホストだ。全て鵜呑みにはしないでおこう。

「でもって俺、連続で起きてるのは得意で、25時間まではイケるんす。でも一度寝ると十五時間は絶対起きられないんすよ」

 それで『睡魔に負けて』しまい、今の今まで寝入っていたとのことだ。
 ……しかし、25時間起きて十五時間眠るって、随分変わった特技(?)だな。

「まあ、事情はわかりました。ありがとうございます」
「いやいや、それほどでもないっす。じゃあ俺は朝食いただいてくるんで」

 軽く手を振ってシンヤはカフェへと向かう。
 こんなよくわからない状況だというのに、寝起きであの余裕の態度――かなり肝が据わった人間だと感心する。
 と、ちょうどそのときだ。

「――ねえ、トーストはまだなの? 私、朝はトーストじゃないと嫌なの知ってるでしょ?」

 姿を現したのはギンジロウとクルミ夫妻だった。
 二人も朝食を求めて来たらしい。クルミは相変わらずピリピリしており、ギンジロウは腰の低い態度のままだ。
 ところが――クルミが急に足を止めた。

「ウコン……くん?」

 これまでとは違う、上ずった声。
 目を見開いた彼女の視線はシンヤを射抜いている。

「あれ、クルミさんじゃないっすか!」

 明るく笑うシンヤに、クルミは慌てて人差し指を口に当てていた。

「しーっ!」
「え、何がっすか?」

 きょとんとするシンヤは、彼女の合図に気づいていない。
 ……いや、普通なら気づくだろ。俺でも気づく。
 ようやく察したのか、シンヤは手を合わせた。

「ああ、もしかして隣の方が旦那さんっすか? いやあ~、いつもクルミさんにはお世話になってます」

 丁寧に頭を下げるシンヤに対し、クルミは頭を抱え込んだ。不正解の挨拶だったらしい。
 だが、ギンジロウは気にも留めず、にこやかに頭を下げ返した。

「いえいえ、こちらこそ……クルミさんがお世話になっているようで」

 穏やかな笑顔から察するに、ギンジロウはシンヤの正体に気づいていない。
 確かに、普通のスーツ姿で派手さもないシンヤは、そのままではホストに見えない。
 ……これは上手く誤魔化せるかもしれない。
 俺はそう思って固唾を呑んだ。

「いや~そんなことないっすよ。クルミさんが指名してくれるおかげで今の俺があるんすから。足向けて寝られないっす」

 ――まあ、いつも向けてんのは身体の方ばっかっすけどね。と笑いを添えるシンヤ。



 ……ダメだった。それは完全にアウトだ。
 俺もクルミも、思わずその場に崩れ落ちてしまっていた。


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