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残り10時間15分27秒
しおりを挟む夫婦の虚しい離婚劇を目撃した俺たちは、気分を切り替えて朝食をとることにした。
タカさんの話によれば、心配していたギンジロウ夫妻とシンヤも、ちゃんと朝食をとりに来たらしい。
そして驚いたのは、和食のセットまできっちり用意されていたことだ。
「和食っつっても、にぎり飯に味噌汁と漬物の簡単なセットだがな」
そう言っているが、注文通りにしっかり用意してくれたトビトには感謝しないと。
俺とエリカちゃんは両手を合わせた。
「いただきます」
おにぎりの具はシンプルな梅干しだったが、疲れた身体にこの酸味はありがたい。
味噌汁も出汁の芳醇な香りが立っていて、プロの味付けだとわかる。
「は? 味噌汁はインスタントだぞ」
と、トビトに言われた。どうやら俺の舌はその程度だったらしい。
「インスタントでも美味いならそれで充分だろ? そもそも今じゃ冷凍食品だってプロ顔負けの時代だしな」
シガの余計な一言に、トビトのスイッチが入る。
「はあ? そいつは聞き捨てならねえな? プロの味にテメエの舌がついていけてねえだけじゃねえのか!?」
売り言葉に買い言葉。ケンカ腰のやり取りを楽しむように、シガも応戦する。
「そのとおり! 酒とタバコ大好きおじさんの舌は、激濃いか激辛しか認めないんだぜ?」
「自慢することじゃねえだろ!」
まさに火に油。沸点の低いトビトは、殴り合いを始めそうな勢いだった。
「じゃれ合うのは程々にしておけよ」
ちょうどいいところでタカさんが二人の間に割って入り、仲裁に入る。
「はあっ!? どう見たらこれがじゃれ合ってるってんだ!」
「ちょっとトビくん! 声が大きいです!」
怒声を聞きつけてイチゴも慌てて駆けつけ、トビトの耳を引っ張っていた。
……タカさんとイチゴが、なんだか学校の教師と学級委員長に見えてくる。
「……ところで、オニヅカとシンヤの聞き取りは済み、残るは二人だが……見当はついているのか?」
食事を終えると、タカさんが真剣な顔で問いかけてきた。
俺は眉をひそめ、俯きながら答える。
「いえ、全然です。南側フロアも北側フロアもくまなく探しているのに見つからない……となると、オニヅカさんのように俺たちから逃げ回っているのかもしれません」
そして俺は、この残りの二人のうち一人について、心当たりがあった。
ゲーム開始直後、エレベーターを確認していた偉そうな小太りの初老男性――。
またそのうち見かけるだろうと気にも留めていなかったが、まさかここまで出会わないとは思わなかった。
「こうなったら左右に分かれて探しましょう。追い込んでいけば、逃げ場を失って見つけられるはずです」
そもそもこの展望フロアは半分がガラスの壁。隠れられる場所などそう多くない。
ローラー作戦で行けば、すぐに見つけられるはずだ。
「ふむ……刻限は迫っているが、他に手立てもない以上、虱潰しに探すほかあるまい」
タカさんがうなずいたそのとき、シガがいきなり俺の腕に飛びついてきた。
「じゃあ俺はツムギくんと一緒に探そうかな」
「……俺と組んでサボるつもりじゃないですよね」
「ま、まさかあ?」
図星だったらしく、露骨に下手な誤魔化し方をするシガ。
それはもはや、わざとと言ってもいいくらいだ。
「では、シガはオレと共に来てもらおうか!」
「いやいやいや。ここまで一緒に行動はしてたけど! 別に助手役として付き合ってたわけじゃないから……」
「今さら何を言っている。ここまで来たなら“死なばもろとも”だろう」
「え、死ぬこと確定なの?」
タカさんに引きずられるようにして、シガも捜索へ向かった。
二人が右回りなら、俺とエリカちゃんは左回りで探すことになる。
「それじゃあ、何でもいいから気になるものを見つけたら教えてね」
「うん」
俺の言葉にエリカちゃんはうなずき、地道に床まで見て回る。
……さすがに床の下にはいないと思うけどな。
残り二人の捜索中、事情を知ったエマとカズコ、ヒヰロ、それにトビトとイチゴも協力してくれた。
アマツキとニコ、そしてグレイとナノハは『25神妙教騒動』で拘束した四人の見張りについている。
黙って静観したままの人もいたが、それでも少しずつ皆が協力し合おうとしていた。
「……ツムギくん、なんだか嬉しそう」
「そ、そんなことないよ? でもね……オニヅカさんじゃないけど、“みんなで協力して”っていうのは嫌いじゃないから、ちょっと胸が熱くなっちゃって」
そうして最後は犯人を見つけて、全員で成功。
――そんなハッピーエンドまで想像してしまう。
だから、つい顔がにやけてしまうのかもしれない。
だが現実は甘くなかった。
二人の姿どころか、痕跡すら見つからない。
刻限の『25時間後』――午後二時まで、残り一時間まで迫っていた。
「ね、ねえ……本当に25人いるの? もしかして“実はいない”っていう引っかけなんじゃないの?」
汗を拭いながらエマが言う。
一月とはいえ、陽が差し込みっぱなしのフロアは暑いくらいで、俺も額の汗をぬぐいながら言った。
「いや、アナウンスの言葉に嘘はないと思う。こんなに“25”にこだわってるのに、そこだけ違うなんてこのゲームじゃありえない気がする……」
そのとき、苛立ちを募らせたトビトが俺の胸ぐらをつかんで叫んだ。
「そもそも“推理ゲーム”って前提が間違ってるのかもしれねぇだろ! 犯人を見つけねえと、実は徐々に一人ずつ消されてく“デスゲーム”だったらどうすんだよ!!」
その言葉に、俺は目を見開いて答えた。
「確かに! それは考えてなかった!」
「考えてなかったのかよ!」
呆れたトビトが手を離し、すぐさまイチゴに説教されていた。
そんな二人を横目に俺は自分の考察を言う。
「まあ、確かに他の可能性は考えてなかったけどさ。でも本当にこれが“デスゲーム”だったら、もっとド派手に誰か殺されてるよ……シガあたりが」
「なんで俺が!? しかもド派手に!?」
なにせ、これは大したヒントも用意されていない“悪ふざけのゲーム”だ。
『俺たち一人一人が爆弾』という可能性も考えると、それくらいのことをしてもおかしくはない。
すると、おもむろにエリカちゃんが口を開いた。
「……大丈夫。残りの二人は、絶対に生きてこのフロアにいるよ」
その確信に満ちた瞳を見て、俺はつい苦笑しながら返す。
「それってもしかして、カン?」
「うん」
彼女は年相応の、無邪気な子どものように微笑んだ。
――とはいえ、探すところはすべて探した。時間はもう一時間を切っている。
このままでは爆弾が爆発して、全員が死んでしまう。
「人じゃなくて実は人形を入れて“25人”でした、ってオチじゃない?」
「け、けど……人形なんて土産物ショップにごろごろ置いてあったよ……?」
「あ、もしかして三つ子がいて、こっそり入れ替わってるんじゃないですか?」
「だとしても、さっきの大捜索で見つけられてるはずだよ」
「なんだとテメエ! イチゴの推理に反対すんのか!」
焦燥感からか、みんなの声量が上がり、フロア内は騒がしくなっていく。
……ああ、このまま仲間割れしてタイムオーバーになるのかもしれない。
そう思うと、俺の声も次第にヒートアップしていった。
と、そのときだった。
「あ、あの……これはオフィスフロアで働く社員から聞いた噂なんだけど」
そう言って挙手したのはヒヰロだった。
「このビルを建てたオーナーさんが、私的利用のために“秘密の部屋”を作ったって聞いたことがあるの」
いわゆるVIPルームというやつか。金持ちは本当に、羨ましいことをしてくれる。
「それでね、その秘密の部屋は各階に用意されていて……そばには“直通エレベーター”があるっていうのよ」
しかもその部屋にはトイレ、キッチン、風呂まで完備されているとかいないとか。
……それはもはやホテルの一室だろ。オーナーはここで暮らすか、あるいは避難場所として想定していたのか。
俺がのんきにそんなことを考えている一方で、タカさんは突然、目の色を変えた。
「まさか……!」
そう言い残すと、彼は一人、どこかへと走り出した。
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