そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

103項

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 ロゼの行方を追うため、レイラとキースが訪れたのは、花色の教団本部がある広場だった。
 ”花色の君”とも”聖人”とも呼ばれた創始者の教えを信仰し、伝説のアドレーヌ女王を『大地を救った女神』として崇める――国教でもある花色の教団は、王国各地に支部や教会を持つ巨大組織で。
 その総本部があるこの場所は、巡礼者にとって聖地であり、常に多くの信仰者で賑わっていた。

「商店街や大通りの方はカムフが回ってるし……わたしたちが聞き込みするならこの辺が妥当ね」

 レイラの言葉に、キースは小さく頷いた。
 周囲を見渡せば、観光客や巡礼者らしき人々がひっきりなしに行き交っている。

「じゃあ、さっそく行くわよ!」

 レイラは勢いよく声を上げ、そのまま近くの人々に次々と声をかけ始めた。キースは後ろをそっとついていく。
 だが――。

「あの、黒髪の長髪を一つに束ねてて、全身真っ黒で化粧をした男性って見かけませんでした?」
「それ、前に流行ったスオウコーデの人? だったら、あっちにいたよ」

 案内された先にいたのは、もちろんロゼではない。
 スオウコーデを身にまとう、まったくの別人だった。

「しかもじゃない! って聞いてるのに…」

 レイラは小さく苛立ちを吐き出した。
 スオウコーデが最も流行したのは四年以上も前のこと。しかし、未だ根強い人気があり、着こなす者は町のあちこちで見かける。

「盲点だったわ……でもロゼの名前を出すのも怖いし……」

 二人は近くの噴水に腰掛け、休憩を取った。
 この噴水には『花びらを浮かべ、沈まずに流れれば運命の出会いが訪れる』という言い伝えがあるが、今の二人に観光を楽しむ余裕はない。
 レイラは頬杖をつき、深いため息をついた。

「それとも、ウミ=ズオの名前で聞いたほうがいいのかな? あ、でもあの人の名前もあんまり出せないんだったっけ……」

 時間ばかりが過ぎていく。
 そのとき――。

「……今、ウミ=ズオ、と言いましたか?」

 不意に声を掛けられ、レイラとキースは思わず身を固くした。

「ああ、すみません。怪しい者ではありませんよ」

 声の主は、亜麻色のコートにフードを目深にかぶり、顔を隠した人物だった。声の調子からして女性のようだ。

「えっ……誰? 確かにウミ=ズオって言ったけど、それが何か?」

 レイラは警戒心を露わにし、自然とキースを庇うように前に出た。

「すみません、本来ならまず私が名乗るべきですね」

 女性はそう言い、ゆっくりとフードを下ろした。
 茶色のウェーブがかった髪をかき上げる、気品ある妙齢の女性。彼女は名を告げる。

「私はマティ・フォー・チェーンと申します……」
「えっ……!?」

 その名前を聞いた瞬間、レイラは目を見開き、震える指先を女性に向けた。

「マティ・フォー・チェーン様!? 花色の教団のトップが、なんでここに!?」

 驚愕する二人を前に、マティは穏やかに微笑んだ。



 マティ・フォー・チェーン――
 彼女は現”花色の教団の最高指導者”。
 その聡明で穏和な人柄から、『聖女』と讃えられ、人々に崇められる存在だ。
 早速、レイラを聞きつけた信者たちが、彼女のもとへ駆け寄ってくる。

「マティ様だ!」
「マティ様……! どうかこの悩みをお聞きください!」
「マティ様、マティ様! お恵みのおかげで母が元気になれました!」

 老若男女問わず両手を合わせ、祈りを捧げる。
 レイラとキースも彼らと同じように、慌てて祈りを捧げた。

「……ここでは落ち着きませんね。本部の方へお越しください。お二人を通すように伝えておきます」

 微笑みを浮かべたまま、マティは一人ひとりの声に耳を傾ける。
 母のように優しく、絵画のように神々しいその姿に、誰もが心を奪われていた。

「えっ……ちょっと、そんなこと言われても……どうすればいいのよ?」

 すっかり蚊帳の外になったレイラとキースは、呆然と立ち尽くすしかなかった。


    
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