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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
108項
しおりを挟むジャスティンとの思わぬ再会によって、思わぬ情報を得たレイラ。
だが随分、時間を掛けてしまったことに怪しまれていないかと焦っていた。
(トイレにしたら長すぎよね……迷子になったとか、言い訳した方がいいのかも)
たかが小娘にそこまで疑いを掛けるかとも思ったが、想像は膨らませておいて損はない。
そんなことを考えながら、レイラは急ぎキースのいる応接室へと向かう。
(でも……ちょっと待って。キースとマティさんって二人っきりで待ってたってこと……?)
と、今更になって弟を一人置いていってしまったことに、後悔と不安を抱くレイラ。
急ぎ扉を開けると、彼女の心配を他所に、紅茶を飲みながら寛いでいる二人の姿があった。
誰かがいつの間にか用意したのだろう、お茶うけの菓子までテーブルには置かれている。
「あら、お帰りなさい」
微笑を見せるマティの和やかな雰囲気は如何にも母親のそれそのもので。
思わずゆるりと笑みを返すレイラだが、彼女はソファに腰掛けることなくキースの腕を掴んだ。
困惑するキースを他所に、レイラは彼を立ち上がらせる。
「…どうしましたか? せっかくケーキも用意しましたし…もう少しゆっくり寛いで行ってはどうですか?」
レイナは一息吐き、変わらぬ笑みを浮かべ続ける。
(警戒心は出さないように…)
不意にジャスティンの言葉が彼女の脳裏に過ぎる。
『君たちは一刻も早くここから出ろ。なるべく警戒心は見せずにな。その後もここに近付くのは止めたまえ』
その理由は解らずとも、その忠告が何を意味するのかは、流石のレイラも理解している。
つまり、彼女に対して、決して心を許してはならない。ということだ。
「ちょっと、その……待ち合わせの用事を思い出しまして。なので、もう急がないと……」
「あらあら、そうなのですか……」
慌てた様子を見せながらも、冷静な笑みを装い、答えるレイラ。
一方でマティは非常に残念だとばかりに眉尻を下げつつ、ソファから立ち上がった。
「それでは、せっかくですから正門前まで見送りましょう」
「い、いえ! 玄関までの道は覚えてるんで、二人で帰れますし大丈夫です。それにマティさんの貴重な時間をこれ以上割くわけにはいきませんので!」
キースの腕を強引に引いたまま、レイラはいそいそとドアの前に立つ。
それから深々と一礼し、部屋を出て行った。
「それじゃあ、色々と失礼しました…!」
不自然さはなかったはずだ。
そう感じつつも内心ヒヤヒヤしているレイラ。
だが、思いのほかマティはそれ以上、特に追及するわけでもなく。
そのドアが閉まるまで微笑みを浮かべ、何なら手を振ってくれていただけであった。
「いいえ……それではまた、会えるその日まで。ごきげんよう―――」
彼女のその言葉と共に、ドアはゆっくりとしまっていった。
一方その頃のソラは、アマゾナイト本部にて、一人そのときを黙って待ち続けていた。
時刻は既に夕方近く。本部内に人気は少ない。残っている者たちも忙しそうにあちらこちらと動き回っている。
そんな空間で彼女は待合用に用意されてあるソファにただただじっと座っていた。
と、いうのも。ソラは兄セイランに会いに此処へとやって来たわけなのだが。
受付にいた係に面会を申し出たところ、返ってきた言葉が――。
「今は任務中でお会いすることは出来ません」
の一点張りだったのだ。
兄が何時に任務が終わるのか、今日はもう会えないのかとも尋ねたのだが、係りは「お答えすることは出来ません」と突っぱねるだけであった。
(今は灰燼の怪物のせいでアマゾナイトも忙しいみたいだし……まあ、しょうがないよね)
彼らの態度にムッとするソラであったが、そう思い直し。
せめて一瞬だけでもセイランと出会えはしないかという一縷の望みに賭け、勝手ながらこの場所で待ち続けることにしたのだ。
(……兄さんは間違いなくロゼについて知ってる。絶対に会って、事情を全部聞かないと……!)
そう決意するソラは不貞腐れるわけでも不機嫌になるわけでもなく。
祈るようにして待ち続けた。
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