そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

107項

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 押し倒され、口を塞がれたことにレイラの心臓が高鳴っていく。
 だがそれ以上に、何処からか聞こえてくる足音に、レイラだけでなくジャスティンも緊張が走った。

「……確かに此方から声が聞こえたような気が…」
「気のせいじゃありませんか?」

 やって来たのは女性教団員だった。
 二人組の彼女たちはホウキを逆さに持ちながら、怯えた様子で辺りを見まわしている。

「けどこの辺って…夜な夜な人の叫び声が聞こえてくるっていう場所ですし……」
「それって私が小さい頃から聞いている怪談話ですよ? 未だそんな古い噂を信じるとは…」

 と、次の瞬間。
 ガサガサと、何処からともなく物音が鳴り響く。正しくは風で木の葉が擦れた音だったのだが。
 その女性教団員たちは恐怖のあまり、悲鳴を上げながら去っていってしまった。




「―――ねえ、もういいんじゃない?」
「ああ、そのようだな」

 女性教団員たちの足音が遠のいたことを確認すると、ジャスティンはようやく身体を上げた。
 続けて、押し倒されていたレイラもゆっくりと上体を上げる。

「っていうか…女の子押し倒しといて謝罪の一言もないの…?」

 囁きながらも怒りの籠った声で、レイラはジャスティンを睨む。
 だが彼の方は始終冷静に、眼鏡を押し上げながら言った。

「ああ…突然だったため説明している暇もなくてな、すまなかったな。後でちゃんと責任は取ろう」
「せ、責任って…!?」

 この状況で『責任を取る』という発言は、乙女ならば敏感になってしまう言葉だ。
 もちろん、ジャスティンがで言ったわけではないと、レイラも理解はしている。
 だが、予想外の言葉は彼女を赤面させ、声は上擦らせた。
 そんな乙女の反応をするレイラに気付く様子などなく。ジャスティンは食指を口に当てながら言う。

「大きな声を出すなっ……とにかく。君たちは一刻も早くここから出ろ。なるべく警戒心は見せずにな。その後もここに近付くのは止めたまえ」
「なんでよ…?」

 反射的に言い返したレイラだったが、ジャスティンの真剣な表情にそれ以上の反論は出来なくなる。
 だがその代わりに、彼女は一番しっくりくるを口に出した。

「もしかして…マティさんとロゼの関係について、アンタは何か知ってるの…っ!?」

 思わず昂るレイラの口をジャスティンは慌てて覆い、しーっと声を漏らす。
 辺りを十二分に気にしつつ、彼はため息と共に彼女の口を開放させた。

「それを教えるわけにはいかんのだ」

 そんな言葉で落ち着くレイラではなかった。

「ちょっと…何で教えてくれないのよ?」

 彼女の不満は、徐々に不安へと変わっていく。


 そもそも、アマゾナイトジャスティン花色の教団敷地内こんなところに忍び込んでいること自体、意味不明だ。
 現状的には灰燼の怪物関連で、というのが一番考えられる理由ではある。
 が、レイラ的には、ロゼが関係して誰かの命で動いている方が納得いくと、直感的に思ったのだ。
 しかし、そうだとしても、何故ロゼがアマゾナイトや花色の教団と関わってくるのかが謎だ。だからこそ、余計に不安が募ってくる。


 するとそんなレイラの心情を悟ったのか。ジャスティンはおもむろに彼女の頭を優しく撫でた。

が訪れれば全てわかるだろう。そして、君たちへ力を借りるときもやってくるだろう。だから、その時までは心配せず待ちたまえ……と、今の私にはそれしか言ってやれん」

 それは完全な子供扱いで、レイラが嫌いなものであった。
 だが、このときばかりは不覚にもその愛撫のおかげでレイラは安堵してしまっていた。

「……だろうばっかね。それに、こういうのってセクハラなのよ」

 レイラは不機嫌な顔を真っ赤にさせながら、慌ててジャスティンの手を振り払う。

「そ、そうなのか。すまない」

 ”セクハラ”という言葉に流石のジャスティンも慌てて手を放す。行き場を失った彼の手はやむを得ず、眼鏡を押し上げている。

「けど…わかったわ。とにかくここからは出て行くわよ」

 釈然としないものもあったが、それでもジャスティンは間違いなく味方ではある。
 ならば、今は彼の言うとおりにするべきだとレイラは判断した。

「それなら一安心だが……それと一つだけ言っておく。私の名前はアンタではなくジャスティン・ブルックマンだ。せめて名前で呼べ」
「はいはい……」

 レイラは立ち上がりながら、衣服についた土埃を丁寧に払う。
 教団総本部ここから離れるにしても、先ずはキースと合流しなくてならない。そう思いレイラはあの応接室へ戻ろうとする。
 と、思い出したように彼女は立ち止まり、ジャスティンの方へ振り返った。

「そうそう、ところでジャスティンさ……そんな子供みたいな隠れ方はバレバレだから止めた方が――」

 だが、しかし。
 振り返ったその先に、ジャスティンの姿は既になくなっていた。


   
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