357 / 365
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
107項
しおりを挟む押し倒され、口を塞がれたことにレイラの心臓が高鳴っていく。
だがそれ以上に、何処からか聞こえてくる足音に、レイラだけでなくジャスティンも緊張が走った。
「……確かに此方から声が聞こえたような気が…」
「気のせいじゃありませんか?」
やって来たのは女性教団員だった。
二人組の彼女たちはホウキを逆さに持ちながら、怯えた様子で辺りを見まわしている。
「けどこの辺って…夜な夜な人の叫び声が聞こえてくるっていう場所ですし……」
「それって私が小さい頃から聞いている怪談話ですよ? 未だそんな古い噂を信じるとは…」
と、次の瞬間。
ガサガサと、何処からともなく物音が鳴り響く。正しくは風で木の葉が擦れた音だったのだが。
その女性教団員たちは恐怖のあまり、悲鳴を上げながら去っていってしまった。
「―――ねえ、もういいんじゃない?」
「ああ、そのようだな」
女性教団員たちの足音が遠のいたことを確認すると、ジャスティンはようやく身体を上げた。
続けて、押し倒されていたレイラもゆっくりと上体を上げる。
「っていうか…女の子押し倒しといて謝罪の一言もないの…?」
囁きながらも怒りの籠った声で、レイラはジャスティンを睨む。
だが彼の方は始終冷静に、眼鏡を押し上げながら言った。
「ああ…突然だったため説明している暇もなくてな、すまなかったな。後でちゃんと責任は取ろう」
「せ、責任って…!?」
この状況で『責任を取る』という発言は、乙女ならば敏感になってしまう言葉だ。
もちろん、ジャスティンがそう言う意味で言ったわけではないと、レイラも理解はしている。
だが、予想外の言葉は彼女を赤面させ、声は上擦らせた。
そんな乙女の反応をするレイラに気付く様子などなく。ジャスティンは食指を口に当てながら言う。
「大きな声を出すなっ……とにかく。君たちは一刻も早くここから出ろ。なるべく警戒心は見せずにな。その後もここに近付くのは止めたまえ」
「なんでよ…?」
反射的に言い返したレイラだったが、ジャスティンの真剣な表情にそれ以上の反論は出来なくなる。
だがその代わりに、彼女は一番しっくりくる理由を口に出した。
「もしかして…マティさんとロゼの関係について、アンタは何か知ってるの…っ!?」
思わず昂るレイラの口をジャスティンは慌てて覆い、しーっと声を漏らす。
辺りを十二分に気にしつつ、彼はため息と共に彼女の口を開放させた。
「それを教えるわけにはいかんのだ」
そんな言葉で落ち着くレイラではなかった。
「ちょっと…何で教えてくれないのよ?」
彼女の不満は、徐々に不安へと変わっていく。
そもそも、アマゾナイトが花色の教団敷地内に忍び込んでいること自体、意味不明だ。
現状的には灰燼の怪物関連で、というのが一番考えられる理由ではある。
が、レイラ的には、ロゼが関係して誰かの命で動いている方が納得いくと、直感的に思ったのだ。
しかし、そうだとしても、何故ロゼがアマゾナイトや花色の教団と関わってくるのかが謎だ。だからこそ、余計に不安が募ってくる。
するとそんなレイラの心情を悟ったのか。ジャスティンはおもむろに彼女の頭を優しく撫でた。
「その時が訪れれば全てわかるだろう。そして、君たちへ力を借りるときもやってくるだろう。だから、その時までは心配せず待ちたまえ……と、今の私にはそれしか言ってやれん」
それは完全な子供扱いで、レイラが嫌いなものであった。
だが、このときばかりは不覚にもその愛撫のおかげでレイラは安堵してしまっていた。
「……だろうばっかね。それに、こういうのってセクハラなのよ」
レイラは不機嫌な顔を真っ赤にさせながら、慌ててジャスティンの手を振り払う。
「そ、そうなのか。すまない」
”セクハラ”という言葉に流石のジャスティンも慌てて手を放す。行き場を失った彼の手はやむを得ず、眼鏡を押し上げている。
「けど…わかったわ。とにかくここからは出て行くわよ」
釈然としないものもあったが、それでもジャスティンは間違いなく味方ではある。
ならば、今は彼の言うとおりにするべきだとレイラは判断した。
「それなら一安心だが……それと一つだけ言っておく。私の名前はアンタではなくジャスティン・ブルックマンだ。せめて名前で呼べ」
「はいはい……」
レイラは立ち上がりながら、衣服についた土埃を丁寧に払う。
教団総本部から離れるにしても、先ずはキースと合流しなくてならない。そう思いレイラはあの応接室へ戻ろうとする。
と、思い出したように彼女は立ち止まり、ジャスティンの方へ振り返った。
「そうそう、ところでジャスティンさ……そんな子供みたいな隠れ方はバレバレだから止めた方が――」
だが、しかし。
振り返ったその先に、ジャスティンの姿は既になくなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる