そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

3話

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 兵器を運ぶ役として賊に雇われていたはずの御者の男。
 しかし、その荷台には兵器の残骸だけではなく、どういうことか賊の男たちも捕えられた状態で輸送することとなった。
 本来なら雇われただけの無関係を主張して、さっさと愛馬と共に逃げ出したい御者の男。
 が、馬車と片時も離れず並走するバイク。
 そこでは黒衣の狩人ハンターがヘルメット越しに眼光をギラリと光らせているようで。
 最早無関係は名乗れそうになかった。

「おい、キビキビ行けよ」
「キビいけ…きびいけ」

 彼が押すバイクの後部座席では幼子が足をブラブラ振りながらそんな事を呟いていた。
 御者の男はおもむろに娘と言われていた少女へと視線を移す。
 彼女の方はいつの間にかヘルメットを外しており、まるで人形の様な白い肌と金の髪に大きな青い瞳。そして真っ白いワンピース姿を見せていた。
 全身黒尽くめの衣装を纏う“漆黒の弾丸”とはまるで対照的で、そのせいか到底親子とは思えない。
 例えるならば『天使を連れ回す悪魔』のようだと、御者の男は思う。
 と、ヘルメット越しから殺気の様な視線を感じ、御者の男は背筋を凍りつかせる。
 娘を見続けるんじゃねえと言いたげな気配。
 男は顔を真っ青にしながらも咄嗟に視線の先を誤魔化すべく、バイクを指差した。

「お、おお…あ、あんたさ…そのバイクすげ~よな。そんな小せえのに馬並みに速くて頑丈なんだろ? なのに火力でも電力でもないっていう…」
「…そうだな。最近発見された『力』様様ってところだ」

 話題が良かったらしく、狩人ハンターの男性は想像より気さくに返答し、その尖り続けている気配も少しばかり緩んだように思えた。
 男は少しばかりの息を呑み込み、人知れず安堵する。
 緊張も和らいでいき、男は更に話しを続ける。

「んじゃあ、おらのリンダよりも速そうだな。あ、競争してぇとは思わねえけど…」
「…リンダ?」
「あ、ああ…おらの愛馬さ」

 これまた予想外の食い付きである狩人ハンターに驚きつつも、御者の男は笑顔を見せながら答える。
 荷車を引き健気に歩く四頭のうちの一頭。それが特に愛情を注いでいる馬であった。
 元々、御者の男は愛馬たちを養う金のためにと賊に唆され悪行に手を染めてしまった。
 しかし自分が捕まってしまい彼らはこの先どうなってしまうのか。
 今更その後を考え、男は酷く後悔していた。
 と、ヘルメット越しからではよく分からなかったものの、バイクを引く狩人ハンターの男性もまた笑っていたようだった。

「奇遇だな…」
「は、はあ?」
「俺のコレもリンダってんだ」

 男性はそう言って、自身が押すバイクへと優しく手を添える。
 そして彼は続けざまに予想外のことを告げた。

「…そうだな、アンタのリンダに免じてアンタに付いては情状酌量の余地があると掛け合ってやっても良い」

 冷血漢との噂もある“漆黒の弾丸”からの、予想外でありがたい提案。
 御者の男は目を丸くさせた。

「え、え…良いのか?」
「本来良くはねえ。が、アイツらに利用されただけの口だろ? 最近はそう言った連中も被害者だから大目に見てやれって言われてんだよ」

 そう言ってから漆黒の弾丸は視線を荷台で拘束されている男二人へと向け「アイツ等については酌量の余地もねえけどな」と付け足す。
 実は噂に聞くほど冷徹な人間でもないのかと、御者の男は漆黒の弾丸に心から感謝し、胸を撫で下ろした。

「あ、ありがとう」
「感謝はてめえの愛馬にしな。ちゃんと手入れしてやれよ」

 そう告げる漆黒の弾丸の後ろ―――バイクの後部座席では少女がコクコクと小さく頷いていた。
 偶然とは言え『リンダ』と名付けた自分と愛馬にも感謝しつつ、御者の男はふと抱いた疑問をぽつりと呟く。

「―――『リンダ』って名前、もしかして初恋の人の名前…とかか?」

 半信半疑、冗談交じりで呟いたものであったが、漆黒の弾丸の耳に届いていたようで。
 彼は少しの間を置いた後、「そうだな」と意外にも答えた。

「リンダは俺が一番愛した女の名だ」

 漆黒の弾丸は静かにそう言うと、自身のバイクをじっと見つめているようであった。
 その双眸はヘルメットに隠されているため御者の男から覗くことは叶わないが、それでもこれまでとは違う優しい声色から彼の表情はなんとなく想像できた。




「ナスカは? パパ、ナスカは一番じゃないの?」

 すると突然、バイクの後部に跨る子供が不安そうな声で男性へと尋ねた。
 パパと呼ばれ、漆黒の弾丸は少女の方へ振り向くと頭を優しく撫で答えた。

「わりぃ。これは譲れねえ。けどな、ナスカは俺の分身だから…一番以上なんだぞ」
「そっか…ナスカ、一番以上…じゃあ0番なんだね?」
 
 そう言ってはにかみ、はしゃぐ子供。
 今のは一体どういう会話だったんだ。と、内心疑問を抱く御者の男。
 困惑する彼を他所に、漆黒の弾丸はおもむろにそのヘルメットを取り外した。
 真っ黒なフルフェイスのヘルメットから現れた顔は、これまた黒い髪に黒い瞳。
 端正な顔立ちだろうがその切れ長の目は常に顰められているせいか、高圧的な印象を受けてしまう。
 要は目つきが悪く、柄も悪く見えてしまっていた。
 
「ああ、ナスカは俺の大事な命だ」

 外見の印象とは裏腹に、彼は優しい手つきで、娘の頬に触れる。
 娘ナスカははにかみながら、その温もりを確かめるように父の掌を握る。
 捕えた罪人たちを前にして、愛くるしく呑気に触れあう親子。
 が、賊の男たちが驚いたのはそういったことではなく。

「わ、若っ!!?」

 思わず賊の男たちは声を揃え、叫ぶ。
 ようやく拝めた漆黒の弾丸の素顔。
 銃の手練れさとふてぶてしさ。親子という先入観もあり壮年くらいだろうと彼らは思いこんでいた。
 が、現れた漆黒の弾丸の素顔はどちらかと言えば青年という年端にしか見えなかった。
 10歳前後らしき少女と並べば親子というよりは兄妹と言っても良いくらいだ。と、御者の男は思う。

「は? 俺は24だ。若くもねえだろ」

 『若い』という言葉は禁句だったらしく、先ほどまでとは打って変わり、漆黒の弾丸は男たちを鋭く睨みつける。
 慌てて男たちは身体を縮ませながら「すみません」と謝った。

「……世の中って、やっぱ広いんだな」

 今度は漆黒の弾丸に聞こえないよう、ひっそりと呟き、御者の男はゆっくりと空を見上げた。
 見上げた先では、雲一つない青空がどこまでも続いていた。
















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