そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
20 / 365
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

18話

しおりを挟む











 賑やかな夕食も終わり、親子はまたそれぞれの時間を監視付きの医務室で過ごしていた。
 アーサガは相変わらず銃の手入れに余念がなく、ナスカは読み手をハイリへと変えて彼女の語る本の内容を真剣に聞いていた。
 先ほどまで読み聞かせていたリュ=ジェンはと言うと、夕食がまだ尾を引いており椅子に持たれかかったまま言葉を吐く余裕すらない様子でいる。

「『じょうおうはいいました。すべてのひとがしあわせでありますように。そして…』―――」
「どうしたの?」
「ナスカちゃんは、自分では本を読まないんですか?」

 素朴な疑問としてハイリは投げかけたわけだったが、その質問にアーサガがピクリと反応し、眉を顰める。
 ナスカは彼女の質問へ首を縦に振って答えた。

「読んでみたらどうですか? ほら、ここから」
「………よめない」
「え? 読み書き出来ないの…歳はいくつ?」

 俯くナスカを優しく、ハイリは顔を覗き込みながら尋ね続ける。
 ナスカは膝上の両手を広げて見せると、静かに右親指だけを折り曲げてから言った。

「9…」
「それならナスカちゃん、良かったら読み書き覚えません?」
「―――うるせえな」

 突然乱入してきた低い声に、ハイリは驚き目を見開く。
 それからベッドの方を見つめた。
 ベッドに腰掛けていたアーサガは、彼女から視線を背くように顔を窓の方へと移し、続けて話す。

「ナスカが読み書き出来ねえことが悪いのか? ちょっと前の大戦中なんざ出来ねえ奴なんてゴロゴロ居ただろうが」

 これまでの悪態や皮肉と比べものにならないほどの、違う怒りを露わにするアーサガ。
 何処が失言だったのか焦るハイリはただた彼の急変した態度に竦んでしまい、謝罪の言葉を口にする。

「すみません…ですが―――」

 確かにアーサガの言う通り、大戦時代は学習など出来る子供はほとんどおらず。
 その影響もあって未だに読み書きが出来ないでいる大人も多い。

「ですがこれからの時代、読み書きは必要です。ナスカちゃんも是非覚えた方が―――」
「余計なお世話なんだよ…!」

 ハイリは開いていた口元を急ぎ噤み、自分が口走った言葉を後悔した。

「ナスカは俺がちゃんと育ててんだ…俺の子なんだ。他人のくせに人の子の問題に口出ししてくんじゃねーよ!」

 アーサガが舌打ちし、怒声に近い声でそう叫んだからだ。
 それはまるで仔を守ろうと威嚇をする親の動物そのもののようで。
 『他人』という言葉と共に冷たい何かがハイリへ突き刺さっていき、身体は自然と震えていた。
 その後も激怒してしまったアーサガを宥めるべく、ハイリは頭を下げ続け謝罪することしか出来ず。
 終始項垂れたままであったリュ=ジェンからの加勢や仲裁も入ることはなかった。
 無神経な質問をしてしまった自分にも非はあったとハイリは猛省する。
 しかし、その反面。
 彼女は彼ら親子―――特にアーサガから伝わって来る違和感のような何かを抱かずにはいられないでいた。



 その後もアーサガたちは監視から解放されることなく医務室で過ごし、結局夜もそこで迎えた。
 就寝時間は流石にハイリたちも退室する形となったが、それでも時折ドアの向こうから会話が漏れ聞こえていたところみれば、誰かしらは見張っているのだろうとアーサガは考察する。
 本来ならばさっさとこのような場所から飛び出て行きたい、早くあの女との約束の場所へ向かいたいアーサガであったが、事を荒立てることは彼としても出来るだけ避けたいのだ。
 今だけ大人しくしていれば明日には解放してくれるだろう。
 そう信じながら、彼は静かに瞼を閉じ眠りについた。







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

処理中です...