そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
39 / 365
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

37話

しおりを挟む









 カラメル街道―――旧スラム街道にはまるで一つの町かと見間違う程に数多の店や民家が無許可で建ち並んでいた。
 それらを一掃する目的ならば、その建物全てを一斉に燃やしてしまった方が手っ取り早く、目的も旧スラム街道の粛清と思い込ませられたはずだ。
 だがディレイツ―――ジャスミンは現在も人が住む家、店、廃屋問わず、特定の場所ばかりを襲撃し燃やしていた。
 まるでその建物だけにあった記憶と記録、全てを燃やし消してしまうかの如く。

「ふふん、よく覚えていたね。さすがアドレーヌに惚れてただけはあるさね」

 ジャスミンは変わらず、口角をつり上げ笑う。
 その声に顔をしかめさせ、アーサガは銃を更にジャスミンへ押し付けた。

「良いから答えろ…」
「じゃあ、あんたは何故兵器の撤去をしている? ハンターをしているんだい?」
「それが……アドレーヌが望んでいたことだからだ!」




 世界が生まれ変わったあの日。
 世界が眩い光に包まれたあの日。
 全ての兵器が鉄屑となり、腐敗した大地に緑が蘇ったあの日。
 あの瞬間にアーサガは悟った。
 それが誰の力のもので、誰の願いだったのかを。
 世界が生まれ変わったあの日。
 それはかつてアドレーヌと交わした淡い約束――自分が行うべき使命をアーサガが理解した日でもあった。



 すると、ジャスミンはまた高らかと笑って見せた。
 徐々に白煙が晴れていくせいか、より一層と彼女の笑い声が彼の脳内に轟く。

「じゃああたしと同じさ! あたしもね、アドレーヌのためにしているのさ!」
「何を言ってるんだ。思い出の場所を破壊することがアドレーヌのためなものか!?」

 指先に力が込められていくと同時に、自然と銃口が震えてしまう。
 怒りに任せ今すぐ引き金を引きたい衝動と、それでは意味がないと留まる理性が彼の中で葛藤していた。
 それを知ってか知らずか、彼女は余裕を見せ両手を挙げたまま再度大きな声で笑う。

「あんたが思い出ね…本当に面白い日だよ、今日は。まあ残念だが此処はあの子にとって思い出の場所じゃないんだよ…一刻も早く消すべき忌まわしい過ちの場所なのさ!」

 次の瞬間。ジャスミンはアーサガの一瞬の隙をつき、彼の足下目掛け足払いをしかける。
 が、咄嗟に気付いたアーサガは彼女の足がぶつかる寸での所で飛び退き、二人は再度対峙する態勢となった。
 しかし地面に置いたジャスミンの銃は今、アーサガの手の中にある。
 彼女の方が不利な状況は変わらない。
 と、ジャスミンは再度両手を挙げてみせ、「さっきの体勢がちょっと疲れただけさね…」と言い、ステージへ腰掛けた。
 その間もアーサガは神経を尖らせ、銃口をジャスミンの方に向けている。

「過ちの場所ってのはどういう意味だ…」
「そのまんまの意味さ…あたしはね、あの子―――アドレーヌを神にしてやりたいのさ」

 アーサガはより一層と眉を顰める。
 自然と引き金に触れる指先にも力が入ってしまう。
 アドレーヌは今も水晶のような結晶体の石柱に取り込まれたまま、眠り続けている。
『眠る』という表現が果たして正しいのか。
 そもそも彼女は一体いつ目覚めるのか、目覚める事が出来ないのか。
 それを知る者は誰も居ないが、ただ一つ確かなことは、アドレーヌはこの国を救った英雄として永遠に語られ続けるに違いないという事実だ。

「彼女が英雄としてなら未来永劫語られ続けるだろうよ。だが神だと? そんなものに人がなれるわけがねえ。そんなものにしてどうする気だ?」

 不利な状況であるにもかかわらず、彼女は余裕の表情を見せたまま、煙草を取り出し口に咥える。

「あんたは知らないんだよ。人は神に救いを求めちまう生き物さ。そして、神を求めた者にとって、神の言うことは絶対となる…」
「あんたがそんな熱心な宗教家だとは思わなかったな」
「あたしは神なんか信じちゃいないよ。けど誰だって一度は何かに縋りたくなるんだよ。目に見える女神ならば尚更だろうね」

 マッチを取り出すジャスミンを鋭く睨みつけるアーサガ。
 すると彼女は「最後の一服くらい見逃しとくれ」と言い、煙草を吸い始めた。








しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...