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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
37話
しおりを挟むカラメル街道―――旧スラム街道にはまるで一つの町かと見間違う程に数多の店や民家が無許可で建ち並んでいた。
それらを一掃する目的ならば、その建物全てを一斉に燃やしてしまった方が手っ取り早く、目的も旧スラム街道の粛清と思い込ませられたはずだ。
だがディレイツ―――ジャスミンは現在も人が住む家、店、廃屋問わず、特定の場所ばかりを襲撃し燃やしていた。
まるでその建物だけにあった記憶と記録、全てを燃やし消してしまうかの如く。
「ふふん、よく覚えていたね。さすがアドレーヌに惚れてただけはあるさね」
ジャスミンは変わらず、口角をつり上げ笑う。
その声に顔をしかめさせ、アーサガは銃を更にジャスミンへ押し付けた。
「良いから答えろ…」
「じゃあ、あんたは何故兵器の撤去をしている? ハンターをしているんだい?」
「それが……アドレーヌが望んでいたことだからだ!」
世界が生まれ変わったあの日。
世界が眩い光に包まれたあの日。
全ての兵器が鉄屑となり、腐敗した大地に緑が蘇ったあの日。
あの瞬間にアーサガは悟った。
それが誰の力のもので、誰の願いだったのかを。
世界が生まれ変わったあの日。
それはかつてアドレーヌと交わした淡い約束――自分が行うべき使命をアーサガが理解した日でもあった。
すると、ジャスミンはまた高らかと笑って見せた。
徐々に白煙が晴れていくせいか、より一層と彼女の笑い声が彼の脳内に轟く。
「じゃああたしと同じさ! あたしもね、アドレーヌのためにしているのさ!」
「何を言ってるんだ。思い出の場所を破壊することがアドレーヌのためなものか!?」
指先に力が込められていくと同時に、自然と銃口が震えてしまう。
怒りに任せ今すぐ引き金を引きたい衝動と、それでは意味がないと留まる理性が彼の中で葛藤していた。
それを知ってか知らずか、彼女は余裕を見せ両手を挙げたまま再度大きな声で笑う。
「あんたが思い出ね…本当に面白い日だよ、今日は。まあ残念だが此処はあの子にとって思い出の場所じゃないんだよ…一刻も早く消すべき忌まわしい過ちの場所なのさ!」
次の瞬間。ジャスミンはアーサガの一瞬の隙をつき、彼の足下目掛け足払いをしかける。
が、咄嗟に気付いたアーサガは彼女の足がぶつかる寸での所で飛び退き、二人は再度対峙する態勢となった。
しかし地面に置いたジャスミンの銃は今、アーサガの手の中にある。
彼女の方が不利な状況は変わらない。
と、ジャスミンは再度両手を挙げてみせ、「さっきの体勢がちょっと疲れただけさね…」と言い、ステージへ腰掛けた。
その間もアーサガは神経を尖らせ、銃口をジャスミンの方に向けている。
「過ちの場所ってのはどういう意味だ…」
「そのまんまの意味さ…あたしはね、あの子―――アドレーヌを神にしてやりたいのさ」
アーサガはより一層と眉を顰める。
自然と引き金に触れる指先にも力が入ってしまう。
アドレーヌは今も水晶のような結晶体の石柱に取り込まれたまま、眠り続けている。
『眠る』という表現が果たして正しいのか。
そもそも彼女は一体いつ目覚めるのか、目覚める事が出来ないのか。
それを知る者は誰も居ないが、ただ一つ確かなことは、アドレーヌはこの国を救った英雄として永遠に語られ続けるに違いないという事実だ。
「彼女が英雄としてなら未来永劫語られ続けるだろうよ。だが神だと? そんなものに人がなれるわけがねえ。そんなものにしてどうする気だ?」
不利な状況であるにもかかわらず、彼女は余裕の表情を見せたまま、煙草を取り出し口に咥える。
「あんたは知らないんだよ。人は神に救いを求めちまう生き物さ。そして、神を求めた者にとって、神の言うことは絶対となる…」
「あんたがそんな熱心な宗教家だとは思わなかったな」
「あたしは神なんか信じちゃいないよ。けど誰だって一度は何かに縋りたくなるんだよ。目に見える女神ならば尚更だろうね」
マッチを取り出すジャスミンを鋭く睨みつけるアーサガ。
すると彼女は「最後の一服くらい見逃しとくれ」と言い、煙草を吸い始めた。
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