そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

62話

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「あの…ハイリくん?」
「えっ―――ブ、ブムカイ隊長!」

 ハイリがブムカイの存在に気づいたのは、アーサガたちの姿がいなくなって暫く経ってからだった。
 彼女は上司を目の前にして、慌てて顔を真っ赤させながら敬礼をする。
 そんな彼女を、色々と言いたげな表情で見つめるブムカイ。
 それから「なんだか暑いねぇ」と、意地悪そうに笑みを零した。

「ったく…名前を呼ばれただけ進展してるかもだけど、それじゃあいつまで経ってもそれ以上の進展はないぞ? 後追うくらいのことはしないと」

 眼鏡を曇らせる程に顔を迸らせ、沈黙するハイリ。
 ニヤニヤと笑うブムカイはそんな彼女を囃し立てるかの如く言う。

「アイツって中身は只のひねくれたガキだけど、そのわりに表向きはクールな二枚目だからか…母性をくすぐられた一部の女性には人気らしいってな。で、本人もあんなだし…射止めるのは大変だぞ…?」

 ブムカイは急に真剣みを帯びた表情をハイリに見せる。
 応援半分、からかい半分といった激励のつもりだったのだが。

「―――でも甘やかされっぱなしの彼を厳しく言えるのは、私だけですから…」

 と、彼の予想に反した返答をハイリはしたのだ。

「え、それって…?」
「……え、いや、それは少々語弊のある言い方をしましたが…そういう意味ではなくて…あくまでも面倒を見るならという意味というか…」

 予想外の事態に驚き目を丸くさせるブムカイへ、ハイリは顔を真っ赤にしながら答える。
 いつもとは違うしどろもどろな口振りとその動揺した表情に、ブムカイは思わず笑ってしまった。

「…ああ……そうか、そうか! 君が本気だと言うなら俺は応援するぞ!」
「だから、違います!」

 大きな声で笑うブムカイへ必死に弁明するハイリ。
 しかし聞く耳持たず施設内へと帰っていく彼に顰めた顔で、ズレた眼鏡を直す。
 と、彼女はおもむろに彼方へと消えていったアーサガたちを見つめるように、遠くを眺めた。
 穏やかな風が、彼女の背中を優しく押すように吹いていく。
 遠方の山間からは静かに朝日が昇り、ハイリたちへ温かく輝かしい光を注いでいた。




 
 

 
 ナスカが目を覚ますと、バイクは何処かで停車しているようであった。
 視線を向けた先には、森林の合間にぽつりと聖堂のような建物が見える。
 バイクから降りたアーサガはその建物へと歩き始めた。

「あ、ナスカも…!」

 そう言って慌ててベルトを外そうとするナスカ。
 上手くベルトが外せないでいた彼女であったが。

「慌てんじゃねえって。落っこちたらどうすんだ」
「パパ!」

 娘の声を聞き、戻ってきたアーサガが代わりにそれを外した。
 再度歩き出すアーサガの後ろへ寄り添い、ナスカは父の服袖を掴みながら歩いていく。



 建物の入り口には従来ならば4、5人程の警備兵がいるはずだった。
 しかし今は何故か誰もおらず。
 辺りを見回してみても気配さえ感じられなかった。
 そして一番意外だったのは、厳重に施錠されていた扉には何の鍵も無くなっていたことだ。
 通常とは違う状況。
 気掛かりではあるが、心当たりもあった。
 アーサガは迷うことなく色褪せた装飾の施された鉄製扉をゆっくりと開けた。
 扉を開けるとそこには薄暗い空間が待っている。
 円形の天井窓から注がれる光で僅かに辺りを見渡せるものの、その屋内には寂しいほどの暗さと静けさがある。

「パパ…ここどこ?」

 ナスカの質問に答えることなく、アーサガは歩き始めた。
 静寂の中で響く足音と、そして外とは別世界かのような冷たい空気が二人を刺す。
 脅えたように引っ付いてくる娘の頭を優しく撫ぜつつ、彼はそこで立ち止まった。







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