そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
87 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

15連

しおりを挟む







 食事が終わった後もエミレスは終始浮かれた状態でいた。
 入浴中も。
 着替え中も。
 部屋へ戻った後も。
 就寝前の読書中も。
 脳裏に過るのは、あの蒼い髪と紅い瞳が特徴的な彼の姿。
 その興奮と感動の余韻はいつまでも冷めないでいる。
 外の世界と疎遠だった彼女にとってフェイケスとの出会いはまさに、新しい絵本を与えられた子供以上の喜びと至福だった。
 エミレスは飛び込むようにベッドに転がり、布団を被ることも忘れたまま眠りにつく。
 そうして瞼を閉じた先に映る“友達”は、エミレスへ優しく語り掛けてくる。

『また此処でお会いしましょう。私はいつでも待っていますから』

 彼の言葉が頭の中で、何度も何度も繰り返される。
 また会いたい。
 今度は何を話そう。
 今度はお詫びに何かプレゼントしなくては。
 そんな空想がいつまでもいつまでも浮かび続けてしまう。
 ランプの灯りを消した後も、なかなかエミレスは寝付くことが出来ず何度も寝返りを打つ。
 だが、この日の夜はいつになく至福で幸福なひとときで。
 心が満たされて眠れたのは久々のことだった。

 



 翌日、早朝。
 いつもならばエミレスは日課である花壇の手入れをしている時間帯だ。
 しかし、今日は違った。
 足音を忍ばせながら向かう先は裏口。
 そこから彼女は人目を避けるようにこっそりと屋敷を抜け出したのだ。
 今度はリョウ=ノウもいない、一人での外出だった。
 本当ならば屋敷の外に出ることさえ、堪らなく不安で恐怖で仕方がない。
 だが、そう足が竦む度にエミレスはを友達の言葉を思い出す。

『また此処でお会いしましょう。私はいつでも待っていますから』

 彼女はその約束のために勇気を振り絞って、屋敷を飛び出した。
 徐々に足取りは忍び足から軽やかなものに。
 弾むように、踊るように。
 エミレスは街の方へと駆け出していった。



 そんなエミレスの一部始終を二階バルコニーから覗いていた影が二つ。
 走り去っていく彼女の背を見つめながら、双子の姉弟は正反対の表情を浮かべていた。

「あんなに外出を反対していたくせに、本当に一人で行かせて良かったんですか?」

 眉を顰めているリョウ=ノウは鉄柵に縛られている縄梯子から実姉へと視線を移す。
「これでええんや」と即答するリャン=ノウは一息おいて答える。

「確かに…あの子に恐怖、怒り、悲しみは絶対に与えてはいけない。それが絶対厳守。やけど……それ以前に笑顔まで奪ったらアカン」

 リャン=ノウはそう言うとおもむろに手摺へ凭れ掛かり、丘の向こうへ消えていく少女の背を見つめる。

「もしものため衛兵には後付けさせとるし心配はない。そもそも―――あの子のあんな笑顔、どれくらい久しぶりや…?」

 実姉の視線は実弟へと移る。

「…あのように楽しげな様子はスティンバル国王様とご一緒に暮らしていたとき以来かと」

 リョウ=ノウは彼女の隣に並び、一緒になって彼方へ消えた主人を温かく見つめる。
 だが、彼の表情は一向に曇ったままで。
 静かに―――しかし姉の耳に届くくらいの声で―――呟いた。

「でも…笑顔は時として下心を隠す仮面にもなるんです。僕やリャンのそれと同じように…」

 意味深な、遠回しに何かを語り掛けているような呟き。
 リャン=ノウはそんな彼を一瞥し、それから直ぐに視線を遠く空へと移した。
 弟の言葉を聞かなかったことにするかのように、彼女は関係の無い言葉を吐いた。

「……ええ天気やな」

 



 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

処理中です...