89 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
17連
しおりを挟むその後、エミレスはフェイケスの持ってきた朝食を食べながら、他愛のない会話をした。
会話―――と言っても一方的に語っていたのはフェイケスの方だ。
色々な商いの話やこの地域の気候や文化について。
ほんのひとときにしては濃厚なほどに、彼は語ってくれた。
エミレスはそんな話を何度も頷き、耳を傾けては時折ひっそりと彼の横顔を見つめていた。
吸い込まれるような紅い双眸を、いつの間にかじっと眺めてしまっていた。
「それでは、また」
その日は朝食を終え、次回会う日時の約束を交わした後二人は別れることとなる。
手を振っているフェイケスに後ろ髪を引かれながら、エミレスは屋敷へと帰ったのだった。
「はい…また」
別れることの哀しみと、だがまた会えるという約束を交わしたことへの喜び。
その二つの感情に胸を熱くさせながら帰路につくエミレスの足取りはとても軽やかであった。
その日から、エミレスはみるみるうちに変わっていった。
あれだけ人前を気にしていたのに、最近はよく屋敷を抜け出すようになった。
興味もなく、むしろ恐怖さえ持っていたはずのおしゃれに気をつけるようになった。
そして、よく笑うようになった。
その変化をリャン=ノウは良い経過だと思った。
「もしかするとこのまま…もっと人前に出てもええようになるかもしれへん」
だが片やリョウ=ノウは姉の考えをあまりよくは思っていないようでいた。
そう告げる彼女の隣で、渋った顔を見せる。
「そうでしょうか…僕はいけないことだと思います。いつかこのことが大変な事態を招くような気がしてなりません」
リョウ=ノウはそう言うと踵を返し、執務室を出て行く。
たったその忠告をしにきただけである弟を見送ることもせず、彼女は小さくため息をついた。
「相変わらず肝っ玉の小さな奴やなあ。あんなエミレスの楽しげな姿見といてよー言うわ」
リャン=ノウはそう呟き、座っていたソファから立ち上がる。
と、テーブルに置かれていたカップを手に取ると彼女はそれを一気に飲み干した。
「けど…アイツの忠告自体は間違ってへんのやけどな…」
乱雑に元の位置へ戻されるカップ。
力強く拭った彼女の口元はまるでほくそ笑むかの如く、口角がつり上がっていた。
バルコニーに面した窓からリズム良くノックが3回。
耳に入ったその音に気付き、窓を開放すると、其処には一人の男が立っていた。
「ようこそ」
その一言に男は顔を顰めて見せる。
物音を立てないよう室内へと入った彼は慎重に窓を閉めてから告げた。
「もう少し慎重にことを運べ」
「問題ないよ。どうせ誰も見ちゃいないしね」
男の忠告をそう反論しながらその者は乱雑に椅子へと座る。
事実、今回で既に何度目かの密会であるというのに、未だ目撃されたという話は聞こえてこない。
「それより経過はどう?」
そう言いながらその手は目の前に置いてあった盤上遊戯へと伸びる。
始めるのはいつもの独り遊び。
ルールなどは全く関係ない、単純な駒の並べ合い。取り合い。
「恐ろしいほどに順調だ。そろそろ次の手に移ったらどうだ?」
男は立ったままその者の戯れを見つめ続ける。
が、彼の言葉に遊戯の手が止まった。
「まだだーめ。念には念をってね―――それに、目撃されてはいないけど、怪しんでいる奴がいる」
男は僅かに眉を顰め、口を開く。
「―――お前の片割れか」
その者は無言のまま頷く。
と、その者は白の駒を一つ盤上から爪弾いた。
弾かれた駒は地面へコトリと音を立て落ちる。
勝敗のない無意味な戯れを眺めていた男は、静かにその白い駒を拾った。
「…やっぱ次の作戦に行っちゃおうか」
そう言うとその者は突如、お気に入りの王冠の黒い駒を手に席を立つ。
移動した窓の向こうでは、重たく不気味な暗雲が夜空を覆い隠していた。
「忠告はさ、素直に受け取っとかないと…ねえ」
薄暗い室内故に、その者の表情が窓ガラスへと反射することはない。
が、見えずともその者の顔色を男は容易に想像できた。
文字通りの無邪気な笑み。
恐らくこの屋敷のほとんどの者が見たことないだろう真に楽しげな顔。
それを唯一知る男は顔を顰めながら、手にしていた女神の駒を人知れず強く握り締めていた。
0
あなたにおすすめの小説
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる