そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
124 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

52連

しおりを挟む







 ―――それから数日後。
 エミレスの部屋の扉が、ようやく開かれた。



 始めは、これまでの自分の行いの負い目や周囲の目から、エミレスは外に出ることを渋っていた。
 しかしラライの熱心な説得や、何よりも変わろうとするエミレス自身の意志があって、ようやく実現できた。
 ラライがバリケードにしていたソファや戸棚、机を除けて。
 そうしてようやく扉は開かれたのだ。



 開かれた扉の先でまず待っていたのは、感涙する侍女と微笑み頭を下げるクレアの姿だった。
 エミレスはその意外な待ち人に目を大きくさせた。
 世話役はゆっくり彼女の傍へ歩み寄り、そして手を握った。
 優しい温もりが、エミレスの手の中に広がっていく。

「お待ちしておりました、エミレス様」

 そう言って、クレアはもう一度頭を下げた。
 静かに上げられた双眸からは涙がそっと零れ落ちる。

「申し訳ありませんでした…今まで、私たちはエミレス様の気持ちを何も考えず…『王女』という肩書きに接していただけでした……病気だと言われればその言葉だけを信じて、エミレス様の言葉に耳を傾けていませんでした」

 動揺するエミレスは思わずラライの方を一瞥する。
 しかし彼女の後方に立つラライは、頼るなとばかりに顔を背ける。

「本当に申し訳ありません…エミレス様が申し上げ下されば嫌がることは一切強要しません…ですから、どうかこれからも私たちにエミレス様のお世話をさせてください」

 良かったと安堵し、謝罪しながら涙を流すクレア。
 彼女の姿を見て、エミレスもいつの間に泣いていた。

「わ、私の方こそ…ご、ごめんなさい……」

 侍女たちも同じようにすすり泣き、自然とエミレスの側に歩み寄る。
 そうして暫く皆で涙した後、侍女たちは静々と部屋の掃除を始めた。
 ラライはその様子を少しだけ眺めた後、ひっそりと姿を消した。
 そこに居る必要はないだろうと、彼自身が判断したからだ。
 彼が姿を消した後、部屋からは時折楽しげな彼女たちの笑い声が聞こえてきた。








 それから、エミレスは徐々に変わっていった。
 変わるよう努めるようになった。
 始めは、何をするにも拒んだ顔で戸惑った様子で拒否していた。
 だがいつしか、部屋でとっていた食事が大食堂で食べられるようになっていった。
 勉学も、マッサージも、その他の教養も。
 少しずつ少しずつ。
 彼女は心を許し、進んで「やってみる」と言えるようになった。

「―――いきなり色々やり過ぎじゃないか? あんまり無理はすんなよ」

 そう心配するラライに、エミレスは頭を振って微笑む。

「嫌ならいつでも部屋に戻りますから。それに…嫌な兵士がいてもラライが注意してくれるから…」

 エミレスが最も恐れていたものは、孤独以上に王城を行き交う貴族たちや兵士たちの視線であった。
 未だ彼女を冷ややかな目で見ては、陰で嘲る者も少なくはないからだ。
 目の当たりにした分、ラライは彼女以上に目を光らせるようになった。
 結果、些細な悪口にすら食って掛かる『恐ろしく凶暴な護衛』とラライの方が噂の的へと変わっていったわけだが。

「ま、流石にこないだのはやり過ぎだったかもしれないな……」

 当の本人は全く以って気にしてはいなかった。
 今回の成敗もゴンズに厳しく灸を据えられたというのに、誇らしげに語って見せた。

「ラライこそ…あまり、無茶なことはしないで下さいね…」

 そんな彼を隣に見つめながら、苦笑するエミレス。
 彼女の忠告を受け入れつつも、ラライはふんと鼻息を荒くさせる。
 
「あー、ちょっと熱く注意してるだけだ。手を出しているわけじゃないんだが、『眼つきが怖い』と相手が勝手にビビってるだけなんだがな…俺としちゃあじいさんの雷の方が重罪で重罰だろ」

 そのときの状況を思い出し、二人はほぼ同時に笑った。







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...