そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

72連

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 ときは少しばかり遡ること、昼過ぎ。
 エミレスは自室で読書の真っ最中であった。
 その本は城内別館にある図書館から侍女が借りてきたもので。
 今は伝記ものを読んでいた。
 エミレスはその中でも特にこの国の名の由来となった女王アドレーヌの伝記がお気に入りだった。
 愛する者、国、世界のために自身を犠牲にし、荒廃した大地を復活させたというアドレーヌ。
 そんな彼女のことをエミレスは純粋に憧れていた。
 こんな自分でも彼女の血を受け継いでいることが、エミレスの唯一誇れることであった。
 いつか自分も、アドレーヌのようになりたい。
 そう願っていた時期もあったエミレスにとって、アドレーヌ女王は神にも等しい存在だった。



 と、そんなときだった。
 突然地震のような大きな揺れが起こった。
 カップの中の紅茶が波立ち、ガラスの飾りが音を立てて震える。

「キャッ!」

 揺れは何度も立て続けに続き、激しさを増す。
 明らかに地震とは違う不自然な轟音。
 徐々にそれは人々の叫び声へと変わった。
 エミレスは咄嗟にソファにかけてあったカーディガンに手を掛けた。

「…お、襲われてる…」

 それは生まれて始めての状況だった。
 全身が震え、血の気は引いていき、鼓動が高鳴る。
 次の轟音が鳴った瞬間、耐え切れずエミレスはカーディガンを頭に被りながら部屋の外に飛び出した。




「だ、誰か! お兄様…お義姉様! ラライ……!」

 壁伝いに廊下を歩き、震える声で誰かを呼ぶも誰も姿を見せない。
 その孤独感が更に彼女を恐怖に貶めていく。

「お願い、誰か―――」

 と、直後。
 大きな揺れに足下を掬われエミレスは転んでしまう。
 廊下に飾られていた陶器の壷が落ちて割れていく。

「あっ…あ……!」

 壁に飾られていた絵画も揺れ落ち、花瓶の花が散る。
 エミレスは顔を青ざめさせ、思わずその場に蹲ってしまう。
 腰が抜けてしまい、これ以上動くことが出来なかった。
 恐怖により声も出ず、涙が込み上げてくる。
 助けて。と、彼女は心の中で叫んだ。

(助けて……フェイケス―――!!)

 その瞬間。
 窓を打ち破り砲弾が飛び込んできた。
 勢いのまま、砲弾は通路の壁へ直撃する。
 それと同時に破壊された窓は、エミレスの目前でガラス片をまき散らした。
 無数のガラス片が、彼女を襲う。



 しかし。
 エミレスはガラス片が刺さる寸でのところで、何者かに押し飛ばされた。
 その人影と共に彼女は床を転がり、うつ伏せに倒れる。
 苦痛に顔を歪めつつも、エミレスはゆっくりと兵士を見つめた。

「…ぅ………え…?」

 兵士の身なりであった彼の双眸は、燃える炎のような紅い色をしていた。
 それと交わった瞬間、エミレスは瞼を大きく開かせた。

「フェイ…ケス」

 彼は鉄製の兜を外し、爽やかな笑みを浮かべる。
 青空のような青い髪を揺らしながら、エミレスを優しく起こした。

「昨晩の君が心配で…兵士に紛れてどうにか会おうとしたら運悪く城が襲撃されたみたいでね……だけどこうして君を助けられたことは運が良かったと神に感謝するべきだ」 

 フェイケスはそう告げるとエミレスの手を掴む。

「こっちの道はまだ大丈夫だったから、一緒に行こう」

 まさに運命的な再会の衝撃に、エミレスの胸の高鳴りは最高潮となっていた。
 先ほどまでの恐怖心は消え去り、希望へと代わる。
 目の前の彼が、神々しい存在に映る。
 と、彼女は繋がっているフェイケスの手が紅く滲んでいたことに気付いた。

「…フェイケス、怪我をしてるわ」
「これくらい、大した怪我ではない」

 そう言って微笑むフェイケスだったが、ガラス片からエミレスを守る際に負った怪我なのだろう。
 一筋に切れた傷口からぽたりと鮮血が滴り落ちていた。

「駄目…結構血が出てる…止血、しないと」
 
 高鳴る鼓動を懸命に押さえつつ、エミレスは頭に被っていたカーディガンからハンカチを取り出す。
 轟音も悲鳴も未だ聞こえてくる中、フェイケスが急ぐ気持ちも理解出来たが、それでも彼女は怪我の手当てを優先したかった。
 以前リャン=ノウから教わった知識を頼りに、エミレスはハンカチで彼の手の甲を堅く結ぶ。

「私にはこんなことしか出来ないから…」

 不意にそう呟いたエミレス。
 彼女を見つめていたフェイケスは感謝に微笑み、その頭を撫でた。

「そんなことはない。君にだって出来ることは沢山あるし、僕はエミレス…君に救われているんだから…」

 真っ直ぐに見つめる眼差しで、彼は「ありがとう」と言う。
 その美し過ぎる笑顔はエミレスを一瞬にして幸福の世界へと導く。
 周囲は薔薇色、乙女の色へと変わり、破壊されていく情景は彼女の視界から消える。
 夢のような淡い世界にエミレスは目頭を熱くさせ、それを堪えた。
 そうして二人は強く手を繋ぎ、フェイケスに導かれるままエミレスは駆け出していく。
 明るい幸福に包まれながら、暗雲が広がる外へと連れ出される。




 


    
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