そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
148 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

76連

しおりを挟む
   






 エミレスとフェイケスは王城の屋上に来ていた。
 此処にはノーテルの屋敷の庭のように、沢山の花や木々が観賞用に植えられている。
 しかし王城の裏庭同様、手入れされた様子は此処十年近くなさそうで。
 庭園は雑草に覆い尽くされていた。

「―――フェイケス…どうしてここに?」

 彼女は此処にきてようやく冷静さを取り戻し、一つの疑問を投げかけた。
 困惑めいた表情を見せる彼女。
 だが、フェイケスはそんな彼女の顔を見ようとしない。
 それどころか此処に来るまでの間、彼は一切口を開くことはなかった。

「以前……僕の一族の名について、話したね…?」
「…はい、イニムですよね」
「しかし一般の者にはネフ族と呼ばれている」

 エミレスの困惑は一層と深まる。
 急に何故そんな話をし出すのだろうと。
 フェイケスは彼女の困惑を他所に話を続ける。

「昔の言葉で紅蓮やら蒼穹を意味するらしいが…我が一族において『ネ』は神を意味する言葉。そして……『フ』という言葉は否定を意味する…」

 その直後。
 フェイケスは指先を額に当て、爪を立てた。
 紅い瞳に交差し、額から紅い線が描かれる。

「つまりネフとは我らにしては『神に背く』という烙印でしかない! だから俺はこの言葉が嫌いで堪らなかった…!!」

 その瞬間、エミレスは首を締め付けられた。
 昨夜、頬を撫ぜてくれたその指が今度は彼女を苦しめる。

「ど…うし…て…?」

 突然のことに驚きと困惑しかないエミレス。
 だが、フェイケスの見せる強い怒りと憎しみの形相は、これまでにない恐怖を植えつけた。
 フェイケスは正気に返ると、静かに彼女の首から手を放した。
 エミレスは解放され、息を荒くしてその場に座り込む。

「『ネフ』と呼ぶ人間は嫌いだが、名づけたお前の一族は…それ以上に憎い!」
「え…」
「お前ら王族なんだよ…初めに我らイニムにそんな不名誉な名を勝手に付けたのは…!」

 口調も今までとは違い荒々しく、見つめるその顔までまるで別人であった。
 否、最早別人だとエミレスは思ってしまった。

「…フェイケス…」

 気のせいだと信じたい。
 エミレスは手を伸ばした。
 が、フェイケスは彼女の手を跳ね除け、更には頬を思い切り打った。
 彼女の頬が紅く染まっていく。

「俺の名を呼ぶな! 汚らわしい!」

 涙が溢れた。
 体中が痛くて仕方がなかった。
 エミレスは信じられなかった。
 ずっと優しくしていた人の、あっけない裏切りが。

「ずっとこの機会を待っていたんだよ…お前のその、恐怖と絶望に震える顔を見るのが…!」

 ずっと思い描いていた憧れの、大好きだった人の、非情な笑みが。
 エミレスは信じられなかった。




「…俺はずっとお前が嫌いだった、憎んでいた―――だがそれは俺だけじゃない」 
 
 フェイケスはそう言うと不気味に黒い笑みを浮かべる。
 ゆっくりと近付く男に、エミレスは思わず後退りをする。
 つい先ほどまで、あんなに近寄りたいと思っていたはずなのに。
 恐怖と困惑と、絶望でエミレスの呼吸は浅く、早くなっていく。
 フェイケスはそんな彼女を見つめ、告げた。

「何故お前が皆から嫌われているか、知っているか…?」
「皆から…嫌われる理由……?」

 そんなことは知っている。
 それは自分が醜いからだ。
 王族なのに、見合わないほどに醜くて惨めで――。
 だから、嫌われていた。

「見た目等…それは只の一端だ」

 フェイケスはそう言うとエミレスの髪の毛を鷲掴みにした。
 持ち上げられ、苦痛に歪む顔。
 彼女の金の髪は乱れ、されるがままに揺れた。

「嫌われている一番の要因…それはお前の呪われた力だ」
「私の…力…?」

 フェイケスは髪の毛を離し、するすると指先から離れていく。
 エミレスは解放され、力無く地べたに倒れた。
 未だ何も分からず困惑顔でいる彼女に、フェイケスは笑みを零した。

「本当に何にも覚えていないのか、傑作だな…いいさ、思い出させてやる」

 エミレスは恐怖に強張らせた。
 息さえも止まってしまうほどに体は硬直し、気圧される。
 完全に脅えきってしまっている彼女へと、フェイケスは手を伸ばした。

「―――お前は今では殆ど使われなくなった『エナ』という力を持っているんだ」
「エ、ナ…?」
イニムはそれをロムと呼んでいるがな」






 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

処理中です...