そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
150 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

78連

しおりを挟む
   






 ―――その日、エミレスは城の屋上に居た。
 いつものように兄と、その婚約者である義姉と三人で鬼ごっこなどをして遊んでいた。
 歳の離れた兄と義姉は、病弱で早くに死別してしまった母と多忙の父の代わりであり、エミレスにとって大好きな人たちだった。

「エミレスは次何して遊ぶ?」
「かくれんぼがいい!」
「また身体を動かすの? 本当エミレスはお転婆なのね」

 エミレスは城外には一度も出たことがなかった。
 屋上庭園から見える景色の向こうに何があるのか。
 気になったことこそあったが、エミレスはこの環境で充分だった。

「エミレスはお転婆ではなく、無邪気な野花なのだよ」
「またその例え? ほんと意外とロマンチストよね、スティンバル様は」
「私は野の花大好きよ! ここの花も大好きなの!」

 この手入れされた綺麗な庭で、兄と義姉と三人一緒に居られれば満足だったのだ。





「―――こんなところに居たのか…?」

 珍しく庭園に姿を見せたのはエミレスの父だった。
 当時のエミレスは知らなかったが、その年、近年まれに見る大飢饉による対策等で、父は多忙を極めていた。
 寝る間も惜しみ自ら先頭に立って活動をしていた。
 そのせいか最近は随分とやつれてしまい、今も時折ふらついていた。
 大臣に進められ彼は息抜きとして庭園へとやって来たのだった。




「おとうさま!」

 まだ9歳であったエミレスは、父の姿を見つけるなり、満面の笑顔で駆け寄る。
 父に会うのは数日振りであった。
 父はとても優しくて、エミレスをいつも愛してくれていた。
 が、この日の彼は笑顔を作るだけでいつものように抱きしめはしなかった。

「すまないエミレス…少し休ませてくれ……後で遊んであげるから……」

 そう言うとエミレスをすり抜けた父は庭園の中心にある東屋へと向かう。
 休息用に備えられた大きな長椅子があり、彼はそこに倒れ込むようにして寝た。

「スティンバル、ベイル…エミレスと遊んでやれ…」

 父はそう言って兄と義姉―――スティンバルとベイルの二人にエミレスを押し付けた。




「随分とお疲れのようね、お義父様…」
「ああ。ああいうときは絶対に近付かない方が良い」

 そうこっそりと二人は耳打ちをする。
 エミレスには優しく見せている父であったが、スティンバルの知る父は違った。
 現国王であるが故の自尊心と責任を持ち、自他共に厳しく。
 国王というものを口ではなく体で示すような人物だった。
 国のためには自らを犠牲にし、国のためならば愛息でも躊躇わず平手打ちをする。
 国の未来のためにと、愛する妻も実験に差し出す冷血さも父にはあった。
 そんな父はこの庭園の東屋でゆっくりと休息を取ることが何よりのストレス発散でもあった。
 だからこそスティンバルとベイルは知っていた。
 今の父に労いの言葉など不要。
 放っておいて、早々に庭園から離れるのが得策であった。
 
「エミレス、仕方がない…お絵かきはお前の部屋で―――」

 そう思いスティンバルはエミレスに声を掛けた。
 はずだった。
 しかし、そこにエミレスの姿はなかった。

「あの子ったらどこに…?」
「ゴンズたちも。エミレスを一緒に探してくれ」

 スティンバルの命を受け、姿を見せたのは数名の従者たち。
 その身なりこそ庭師や侍女のものであるが、実際は密偵であったりエミレスの実験に携わった研究者であったりした。

「へい、了解しやした」

 ゴンズはそう言うと一人の少女を探すべく分散する。
 この屋上庭園はそれほど大きくはない。
 ゴンズたちの手で直ぐに見つかることだろう。
 スティンバルはそう思い、移動の準備を始めていた。




「おとうさま!」

 だが、エミレスはスティンバルの予想を超えた場所から姿を現した。
 正しくは、向かって行ってしまった。

「疲れたときにはね、ハーブが良いってベイル姉さまが言ってたの。だから、はい!」

 エミレスとしては幼心に父の疲労を悟り、労いたかっただけだった。
 父に喜んでもらうべく、純粋に行動したまでであった。




「エミレス!」

 背後から聞こえてきた妹の声に、スティンバルは血の気が引いた。
 其処には東屋で寝ている父がいたからだ。
 彼女は大人の入れない植え込みの隙間から飛び出してきたようだった。
 それは、鬼ごっこのときにいつもエミレスが利用していた専用の小道であった。
 
「頼む…休ませてくれ……」

 しかし、呼び止めようにも既に後の祭りだった。
 急ぎスティンバルは振り返るとそこには、無邪気な顔で父に構う妹の姿があった。
 一見すると仲睦まじい親子の姿だ。
 だが苛立ちも見せていた今の父に近付くことは、例え愛する娘であってもご法度。
 下手をすれば平手打ちさえ飛ぶやもしれない。
 そう焦り息を呑むスティンバルであったが、父の激昂を受けたくなく、その足は動けなかった。
 その躊躇が、後の過ちの一端になるとも知らずに。






   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...