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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
90連
しおりを挟む深夜。
偽の勅命によって踊らされた戦闘部隊がようやく帰還した。
兵たち自体に疲弊の色はなかったが、王城の被害を目の当たりにして流石の彼らも動揺を隠せないでいた。
プライドはズタズタに傷つけられ、責任が重く圧し掛かってしまっていた。
スティンバルはそんな兵たちと馬を休ませるべくある程度の休息を取るよう命じた。
そして明朝、一部の隊のみが折り返しノーテルの街を目指すこととなった。
時刻は夜明け前。
空色は薄らと明るくなっていた。
スティンバルとエミレスも乗馬し、乗馬経験のないエミレスの代わりにラライが手綱を握る。
「向かうはノーテル…進軍開始!」
大隊長―――ラドラス将の雄叫びと同時に馬は駆け出し始めた。
王城襲撃から始まり、この出兵もまたアドレーヌ王国の歴史上初めての事態となった。
馬を率いた部隊は休むことなく、野を駆け、道を駆けた。
疲れも感じさせず、彼らは目的地をただただ目指していく。
その馬たちの働きもあってか、ノーテルにたどり着くまでに丸一日は掛かるところを、三分の一も短縮できた。
最東端の街、ノーテルにエミレスたちが辿り着いたのは、夕刻に迫る時刻だった。
「お待ちしとりました」
街の入口にて姿を見せたのはゴンズだった。
「ゴンズか。街の状況はどうなっている? 第二部隊が駐留中であるはずだが…」
一月半ほど前に起きたノーテルの屋敷襲撃事件の際、派兵させていた第二部隊。
そもそも彼らがまだ残留しているはずなのに、何故襲撃者たちはこの街に潜伏出来たのか。
その答えは至って単純なものだった。
「それが…街の者の話しによりますと屋敷の調査をしていた部隊は数日前、突然東の方へ出発したとか……」
至極慌てた様子だったため、宿の主人が尋ねると彼らは「命を受けた」と答えたらしい。
話を聞いたスティンバルは眉を顰めた。
「ベイルの仕業か…或いはベイルの名を利用した別の者か…」
「部隊が姿を消して間もなく、屋敷を出入りする白装束の集団が目撃されとりやす」
街外れの屋敷とは言え、潜伏する不気味な白装束の集団に、街は恐れから静まり返ってしまっているのだという。
確かに、エミレスが耳を傾けても、多種多様な人々が賑わうあの声もあの音も聞こえてはこなかった。
「あー、面倒なことは解らんが…おそらく、もしもの避難用として元より利用する算段だったんだろうな」
「間違いないだろうな。仮に我らが占拠していたとしても奪い返せると思っていたのだとすれば随分と舐められたものだがな…」
ラライの言葉に肯定しながら、スティンバルは僅かに苦笑いする。
と、そんなスティンバルの傍らに馬から降りた部隊の隊長―――ラドラス将が近寄る。
「そうなると向こうは我らも知らない『失われし兵器』を使用してくる可能性もあります。此処は一旦街を統治するファウス公の屋敷で―――」
そう言うと彼らはノーテルの街の地図を広げ、其処で会議を初めてしまう。
スティンバルとしては一刻も早くベイルのもとへ行きたいのだろうと、ラライは人知れず眉を顰める。
そして、それは彼女も同じ心情であった。
出来るだけ早く会いに行きたかった。
彼らに―――彼に会いたかったのだ。
「おいばか弟子」
「出会って早々にばかはないだろ」
ゴンズの声に気付き、ラライは険しい顔のままで返答する。
しかし、それでも構わずゴンズはラライの腕を引っ張り半ば強引に馬から引きずり下す。
「―――何故エミレス様まで来ておる?」
ゴンズの耳打ちにラライはため息をついた。
「その話か…オレだって一応忠告はしたがそれでも引き下がらなかったんだ。国王が許可しなきゃ一人ででも行きかねなかったしな」
彼はそう言うとおもむろにエミレスを一瞥する。
大人しく馬に乗る彼女は思いを馳せるかの如く、遠くを見つめ続けている。
泣きそうでもなく、苦しそうでもない。
決意に満ちた顔をしている。
「見た目によらず無茶なこともする一途な子か…リャン=ノウ姐さんの言ってたことは案外的を得てたな」
ふとラライはそう呟く。
エミレスの横顔は一度もラライを見ることはない。
「つい最近まで、アイツは誰かを頼ってないと一人じゃいられないほどに弱くて…何も出来ないお姫様だと思ってたんだがな」
そう言ってラライは視線をゴンズへと戻す。
そんな彼の顔を見ていたゴンズは笑みを浮かべながら答えた。
「だとすりゃあ答えは一つだ。あれがエミレス様の本来のお姿なのだろうて」
「あれがか?」
「ああ、昔はむしろお転婆だったくらいだからのう。つまり、それだけお前に気を許した―――信じているということなんだろうて」
お前も最近は随分とまるくなったからかのう。
そう言って笑うゴンズにラライは眼光を鋭くさせる。
即座に逸らした顔は何処か紅く。
「オレは…ただ色々と面倒くさくなっただけだ」
そうラライは返した。
と、エミレスはようやく此方に気がついたらしく、二人へはにかんで見せる。
目の端でそれを捉えつつ、ラライは小さく吐息を洩らした。
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