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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
8案
しおりを挟む「……あの女軍人は…必ず倒す」
チェン=タンは笑みを浮かべ、くつくつと笑う。
と、彼は、キ・シエの傍に近寄るなり握っていたそのエナ石を取り上げた。
「じゃあこれ返して。これ使ってその左腕も治してあげるから」
「ほ、本当ですか…!?」
左腕を失ったことは痛手であった。
が、もう一度復活出来るのならば、より確実に復讐を果たせる。
キ・シエの心はその一言で決まった。
「お願いします…あの女軍人の首を取るためにも…!」
真っ直ぐにチェン=タンを見つめるその双眸に迷いはなく。
チェン=タンは更に喉を鳴らすように笑う。
そしてポケットから取り出した眼鏡を、キ・シエに渡した。
「はいこれ。視力落ちてるからかけたほうが良いよ。で、まずは身体完治させて。復讐はそれからね」
眼鏡を貰い、掛けてみると周囲が一層とよく見えるようになった。
天井の節目も、目前の青年の笑みの黒さもよく見える。
と、キ・シエは壁際にかけられていた鏡に気付いた。
ベッドに座る自分の姿が見える。
包帯だらけの体。
無くなった左腕。
そして―――。
「あ、それから…君ねネフ族っての隠した方が良いよ。その方が復讐しやすいしからね…くっくっく…」
鏡の中、眼鏡の向こう。
そこにある瞳は、あの血のような赤色ではなくなっていた。
義眼にされたことで、その瞳は黒色へと変わっていたのだ。
だが、キ・シエは驚きも否定もしない。
今この時点から伝―――ネフ族のキ・シエはもういなくなったからだ。
此処にいるのは、愛する者たちの恨みを晴らすべく動く、ただの復讐者だった。
キ・シエの回復力は凄まじいものだった。
彼は左腕に義手が取り付けられるなり、直ぐにリハビリを始めた。
リハビリと言っても義手を動かすこと自体は容易であった。
エナの奇跡というべきなのだろうか、エナ石を埋め込まれた義手はまるで本来の腕のようにしなやかかつ軽やかな動きを可能とさせる。
しかし、義手と言えば聞こえが良いが、外見はそれとは程遠い存在だと言うことが問題だった。
「復讐にはそんなのの方が良いよ」
チェン=タンがそう言って取り付けた鉄製の義手は、指先に刃が仕込まれており。
他にも関節部にはナイフやロープが仕込まれており、最早凶器そのものと言っても過言ではない代物だった。
そんな暗器を充分に扱えるように。キ・シエはこの一か月間死に物狂いで特訓を続けた。
そうして、半年は掛かるだろうと言われていた技術を、その復讐心だけで会得としたのだ。
そこから更に半月後、眼鏡の違和感にもすっかり慣れた頃。
その日のチェン=タンは珍しく暴れていた。
いつもなら研究室に篭りっきりである彼が、慌しく研究室からごみを掻き出していた。
彼が部屋を掃除するのは相当珍しいことだった。
「何か…ありましたか?」
するとチェン=タンは輝かせた瞳をキ・シエに向けた。
満面の笑みは相変わらず純真そのものの輝きを発している。
彼は資料のくずを乱雑に麻袋へ詰め込みながら言った。
「常連さん。久しぶりに来客だよ」
「常連さん…ですか?」
彼に常連客がいたことに目を丸くするキ・シエ。
チェン=タンはエナ石を利用した機械の開発とその売買を生業にしていた。
しかし、彼の開発した人工エナ石は表舞台に決して出てはいけない行き過ぎた技術。
そのため批評が多く、裏の顧客でさえ顔を顰めたまま購入せず帰ってしまうことが少なくなかった。
「どのような方ですか?」
ちょっとした好奇心でキ・シエは彼に尋ねた。
が、チェン=タンは持っていた麻袋をキ・シエに手渡すと研究室のゴミを片付けるよう指示するだけ。
彼の研究所に住み着いてから一月半近く。
掃除も整理整頓もしないチェン=タンに代わり、キ・シエが毎日代行していた。
諸々の恩義もあるとはいえ、彼はすっかりチェン=タンの世話係となってしまっていた。
「―――ああ、そうそう常連客ね。君と同類ってやつ?」
紙くずを袋に詰めながら、チェン=タンは思い出したようにそう言った。
同類。それはおそらくこの国に復讐心を抱いている者たちのことだろう。彼の言葉からキ・シエはそう推測する。
つまり、その『常連さん』というのはチェン=タンが手を貸している別の復讐者ということなのだろう。
どんな人物なのか、とキ・シエは更に好奇心を強める。
だが、それ以上に気になったのはその『常連さん』と自身の実力だった。
せっかくの機会。自分の力量は彼らにも通用するものなのか。この義手で渡り合える程なのか。彼らで試せはしないだろうか。
そんなことをキ・シエはつい考えてしまっている。
いつの間にか掃除の手が止まっていることにも気付かずに。
「ああもう! 手伝ってよ、掃除ちゃんと!」
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