そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

42案

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 町外れの廃工場。そこに隠されたアジトへと通じる扉が開き、ヤヲは再び闇の中へと身を投じていく。
 湿気と鉄とカビと熱気が入り混じったような臭い。薄暗く狭い通路。
 そして殺気と覇気の入り乱れた空気。
 それらはヤヲにとって既に慣れたものであった。
 だがしかし。そこにはいつもとは更に異なる雰囲気が漂っていた。
 肌で直感的に感じ取ったヤヲは思わず眉を顰め、リデを一瞥する。
 彼女も同じ気配を感じ取ったらしく、彼と似たように顔を強張らせていた。

「何かあったのかしら…?」

 リデは足早になり、ヤヲの先を進む。
 すると通路の突き当たりで組織の一員と出くわした。

「何かあったの…?」

 思わずその男へと尋ねるリデ。

「リ、リデ嬢? その格好……あ、いえ、何でも……」

 男はリデのいつもとは違う衣装に一瞬目を丸くさせるものの、すぐさま戸惑いながらも質問に答えた。

「じ、実は…つい先ほどリーダーロドから通達がありまして…明日には此処を立ち、エクソルティスに向かうと…」
「明日王都に? 随分急ね…」
「けどまあ一週間後にはもう嫡男生誕を祝う祭が始まるわけだし…急ぐのも当然と言えばそうだけど…」

 国王の嫡男生誕祭―――その大々的な祝いの場で王都エクソルティスを襲撃する。それが反乱組織ゾォバの現在の目的だった。
 組織の面々にとってそれは大一番の朗報。
 このそこかしこから駄々洩れている異様な気配はそれ故に、ということのようだった。
 勿論、王国へ復讐を誓うヤヲにとってもそれは同じだった。
 いよいよという言葉が脳裏に過ると共に、自然と拳は強く握られる。
 だが、その一方でリデはどうにも腑に落ちない様子でいた。

「ロドは今何処…?」
「恐らく自室に戻られたかと…」

 男の回答を聞くなり、リデは通路を駆け出した。
 冷静沈着であるはずの彼女にしては珍しく、焦りとも動揺とも取れる様子だった。
 ヤヲはそれが気にかかり、無意識にリデの後を追いかけていた。





 蟻の巣のように地下深く、迷路のように作られている通路。
 鉄と錆と湿気が入り混じる通路の最奥。
 そこにロドの自室があった。
 その部屋はプライベートルームであり、リデ以外の人間は訪ねることすら許されない。
 ヤヲもその部屋のドアを見かけたことすら、初めてのことだった。
 リデはヤヲが付いてきていることにも気付かず、ノックもせずに、そのドアを開けた。
 
「ロド!」

 戸惑いつつも、ヤヲはその部屋をこっそりと覗く。
 と、その異様な室内にヤヲは顔を顰めた。
 プライベート、と呼ぶにはあまりにも素っ気無い部屋だったからだ。
 漆黒色に染められたそこには、何もなかったのだ。
 ソファも本棚も机も。
 ただ一つ。灯りに照らされた浴槽だけが、その部屋に置かれていたのだ。
 
「風呂…?」

 思わずヤヲは呟く。
 そんな様子の彼に気付かぬリデは、容赦なくその浴槽へと近付き、勢いよく浴槽の縁を叩いた。

「ロド! 明日なんて流石に急すぎるわ! 兵器だってまだ全て運びきれてないし」
「粗方運び終わってはいるんだ。残りは陸路からでも充分運べる」
「それに作戦だってまだちゃんと皆に説明し終えていないじゃない…!」

 ヤヲも恐る恐る、リデの傍ら―――その浴槽へと近寄る。
 そこには粘液のような緑の液体に浸かる、ロドが居た。

(この色…は…?)

 見覚えのある色。
 脳裏に過ったそれを思い出し、ヤヲは思わず口元を抑える。
 と、ロドと視線が合い、ヤヲは目を見開いた。
 彼が見たロドの双眸は、これまで見せていたリーダー格らしい我の強い眼差しなんかではなく、単純な敵意を向けた眼光だったからだ。
 だが、その瞳に反してロドの態度は至っていつも通りだった。






     
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