249 / 365
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
~別記~
しおりを挟む―――人気のない、仄暗い道が続く空間。
そこにカツンカツンと、足音が響き渡る。
ランタンに灯された細道を歩くその人影は、やがて最奥の一室へと辿り着く。
重い扉をノックも無くゆっくりと開き、そこにいた人物―――男を見やる。
地下室特有の息苦しさとカビ臭さも気にせずに、その男は緑色に輝く液体をビーカー越しに覗いていた。
「よくわかりましたね、ここにいたのが。ああ、そうですよね。用意したのは貴方でしたしね」
入って来た人影に気付き、振り返る男。
男は手にしている実験道具をそのままに頭だけは深々と下げる。
「お疲れ様です、とりあえずは! 大成功…とまではいかなかったけど計画通りでしたね」
そう言って喉奥を鳴らし笑う男。
「愚かですよねあの貴族も…あんなことまでして王の座ってのは欲しいものなんでしょうかね? ワシにはさっぱり理解できませんよ」
肩を竦めながら男はいつものように座っている椅子を揺らし遊びつつ語らう。
まるで子供のように楽しそうに、無邪気な顔で。
「でもまあそいつのおかげで王国に侵入しやすくなるわけですし。これでまた一層と王国のエナ研究は発展しそうですね」
と、男はグラスの中のエナを傾けてみせる。
ランプの灯に照らされたそれは鮮やかな緑色に輝き揺れる。
「なんたって王国の方じゃあ未だエナの抽出の方法どころか、人工エナ石の作り方さえ。なあんも知らなんですからね! ワシより劣っててホントウケますよ! ま、ワシが天才なんだし、それは当然でしょうけど」
上機嫌に笑いながら男は背後の机からもう一つのグラスを取り出し、それ同士を重ね合わせる。
カツンと鳴るグラスの音。どうやらそれは彼なりの祝盃のようだった。
「これで計画の完遂まで一歩前進! ですが…いつも思いますが、なんか回りくどい計画ですよね。ワシが開発したエナ技術も兵器の作り方も、さっさと王国に教えちゃった方が簡単そうなのに…」
此処にはそのために書き残した資料もこんなにあるのに。
そう言って男は部屋の隅に積み重なった紙の束を指差す。
男が長い長い年月を掛けて蘇らせた暗黒三国時代の技術―――その努力の結晶がそこには残されていた。
「ああそっか。そういえば確か人を争わせることも貴方の計画なんでしたっけ? 争いがあるから人は知恵や武器を求めてしまう、そして求められた知恵や武器、技術はこの地に破滅を呼ぶ……言葉だけにすりゃあ案外簡単そうな気もしますがね。しかし人はずる賢い愚かな生き物ですから…それが大変だ」
クツクツと喉を鳴らし笑う男は、不意に思い出したように「そうだ」と付け足して語る。
「そうそう、今回の計画に利用したあの反乱組織も随分と小賢しいことしてましたよ? あの計画で全員消えて貰わなきゃならないってのに、何人か逃がそうとしてたんで。ワシがそうならないようやっときましたけどね、ちゃあんと」
男はそう言うとグラスを机に戻し、急ぎポケットから包み紙を取り出す。
見た目はどう見てもただのキャンディであるそれを見せつけ、男は「これでやりました!」と、まるで親に褒めてもらいたい子供のように話す。
「まったく大変ですよ…貴方が拾ってくる連中は毎度毎度、出来が良さそうで悪い素材ばっかりなんですから。最近拾ってきたあのネフ族だって、能力こそ開花してましたが、てんで弱くって全然役に立ちそうになかったですし」
あんなのは仲間引き入れる資格もないです。男はそう付け足し、肩を竦め深くため息を吐く。
と、男はそこでようやく違和感に気付いた。
目の前の人物が―――わざわざこの隠れ家にまで足を運んできた客人が、ここまで何も、一言も言わないでいたのだ。
客人の異変に困惑し、首を傾げながら男は尋ねる。
「どうしましたか、さっきから黙っちゃって……ああ、もしかして計画が進んだお祝いのプレゼントとか…―――ッ!!?」
そこで、それまで陽気に語っていた男は、表情を一変させる。
客人の、その掌に気付いたからだ。
「まさか…まさか! だって、ワシはこれまでずっとずっと貴方に尽くしてきた! 『天才』にしてくれた貴方のためにと、貴方の計画完遂のためにと…何百年とかけてエナの研究をしてきたんですよ!」
向けられた沈黙の殺意。
その気迫と脅威は決して冗談というものではなく。
思わず狼狽える男。
椅子からは転げ落ち、その衝撃で机に置いていたグラスが落ち、砕け散る。
地面に緑色の液体が流れ広がる中、それでも逃げようと這いつくばりながら男は後退る。
「そんな…まさか、ワシも……用済みだと。所詮は道化だったと。駒だったと…?」
噴き出す汗と共に湧き上がる感情。
それは男が無くしていたはずの、長いこと忘れ去っていたはずの感情だった。
「いやだ! こんな形で終わりたくない! まだエナの研究は終わっていないというのに、止めてくれ! ワシはまだ、貴方の一番の悲願を果たせてはいないというのに―――!」
そう叫んだところで、男は悟ってしまった。
この『悲願』こそが、自分を消そうとしている要因なのだと。
唯一その秘密を知る自分の存在が、邪魔になったのだと。
『悲願』を果たすつもりは、この彼にはもう無くなってしまったのだと。
「待って、待ってください、ウォナ……いや、神よ―――!!!」
その叫びは地下深くにあるこの隠し施設から、外へと届くことはなく。
男が命よりも大切にしていた紙切れは数枚を取り上げられた後、無惨にその場へ散らばっていった。それらは墓標の如く、絶命した男を埋めていく。
そして無情にも扉は閉まり。男の姿はやがて、漆黒に呑まれていく。
0
あなたにおすすめの小説
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる