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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
9項
しおりを挟む「まあ女性の格好する男性も都会にはいるって聞くし…可笑しなことじゃないんだろうけど」
「けど変わってはいるじゃん。変わり者だよ、変わり―――フガッ!?」
「な、なんという偏見を!」
歯に衣着ぬ言葉ではっきりと言ってしまったソラの口を、カムフは大慌てで塞ぐ。
彼の顔色はみるみるうちに青ざめ、イヤな汗が滝のように流れ出る。
それが仮に、本当に、『変わり者』だったとしても。それをはっきりと言われて良い顔をする人など滅多にいない。
聞こえてはいないだろうと願いつつ、カムフはおもむろに振り返り客人へと尋ねた。
「あの…今の話、聞こえては…?」
「変わり者って言っていたわね。というよりも、ずっと筒抜けなんだけど?」
二の腕を組みながら顰めた顔でそう言う客人の男性。
カムフは即座に立ち上がるなり、その客人へ深々と頭を下げた。
「すみません! ホントすみません! あの、彼女も無知なもんで! 何にも知らない田舎者なんで! あの、変わった衣装はしてますが、変わり者ではないとおれは思います!」
と、何度も頭を下げ謝罪する余り、自分でも何を言っているのか解らなくなるカムフ。
片やその背後ではのんきに疑問符を浮かべているソラ。普段は穏和なカムフであるが、今日これほど幼馴染みの彼女を憎々しいと思ったことはなかった。
もしこれで客人が機嫌を損ねて帰ってしまうのも問題だが。これをきっかけに悪評判が広まってしまうのはそれ以上の大問題。祖父から大目玉を喰らうどころではない。
恐怖のあまりカムフはより一層と顔を青白くさせる。
―――が、しかし。
「別に良いわよ」
ため息交じりに返ってきた言葉は予想外のものだった。
客人は続けて言った。
「…私の美しさなんて、醜いそこのガキには解らないのでしょうから」
これまた何とも意外な言葉にカムフは目が点になる。
毒舌には毒舌を、ということなのだろうか。
不敵に笑ってみせる客人を見て、カムフの汗は尚更に止まらなくなる。
「はあ!? 誰が醜いガキだってさ!!?」
何故なら、ソラは感情の起伏が激しいからだ。
案の定、客人の毒舌に怒り狂うソラは、顔を顰めながらソファから立ち上がる。
鋭く睨み付ける彼女に対して、客人もまた挑発的な笑みで反撃する。
「見た通りのことを言ったまでよ。隠れず真正面から言う度胸だけは認めてあげるけど…その視野の狭い発言は自分の醜態を晒すだけって話よ」
「なっ…!? けど! そもそもあたしガキじゃないし!」
挑発に乗せられ憤慨する少女と、挑発を一向に止めない客人。
そんな二人の板挟みになってしまったカムフは両手を挙げながら二人の間に割って入り、何とか宥めようと試みる。
「まあまあ、二人ともとりあえず落ち着けって」
しかし、一度火の付いたソラは何があっても止まらない―――猪突猛進な性格であることもカムフは重々承知している。だからこそ、せめて客人の挑発は止めさせたいところではあるのだが。
「私は充分落ち着いているわ。このガキが勝手に事実を言われて怒っているだけよ」
「うが―ッ!! もうカムフ、この人泊めなくて良いよ! 追い出して! 出禁にして!!」
二人は火と油なのか。共に全く言い合いを止めようとしない。
(確かにソラが悪いけども…これは手に負えないって…誰か助けてください…)
カムフは心の底からそう願い、心の底で涙した。
カムフの切実な願いが届いたのだろうか。
間もなくして、祖父の大声が旅館中に轟いた。
「お、お客様ッ!!」
曲がっているはずの腰を真っ直ぐに伸ばしながら、ノニ爺は杖を使うのも忘れて階段を駆け下りる。
そしてそこから老人とは思えない勢いでソラと、ついでにカムフの背中をはっ叩き、床に付くかとばかりの角度で頭を下げさせた。
「申し訳ございません! うちの者らが無礼を!! お気を悪くしたならお詫び申し上げます! なので何卒お許しを!!」
息が止まるかのような強打を受け、声さえ出せなくなるソラとカムフ。
その一方で何度も深々と頭を下げ続け謝罪し続けるノニ爺。
そんな様子を見た客人は白けたとばかりにため息を洩らした。
「もういいわよ。それよりも早く部屋に案内してくれる? 此処へ辿り着くのに随分と疲れたのよ」
「承知致しました。ほらっ! さっさと案内せんか!」
ノニ爺はもう一度頭を下げると、カムフの背をもう一発引っ叩く。
言われた通りカムフは叩かれた箇所を優しく労りつつ、「此方です」と接客をする。
客室へと案内し、階段を上っていくカムフと客人。
一方で残されたソラは自身の背中を撫でつつも、自分は悪くないと頬を膨らませていた。
「だって向こうが先にガキって言ってきたんだよ! あたしは何も悪いこと言ってないのにさ!」
自分が先に『変わり者』と言ったことなどとっくのとうに忘れ、ソラはノニ爺に不満を訴える。
「それでも客人は客人じゃ! 悪態なんぞ褒め言葉だと思え!」
しかし彼女の気持ちを汲んでくれることはなく。ノニ爺はいかりのぎょうそうのままエントランスの奥―――食堂の方へと姿を消していった。
一人になったソラは不満な顔付きのまま、階段の向こうへ消えて行った客人を睨む。
「……あんなのに助けられた? 嘘ウソ、絶対嘘だ! 絶対なんかの勘違いだから!」
そう言って舌を突き出した後、ソラはテーブルでほったかされたままだったグラスの水を勢いよく飲み干した。
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