そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
259 / 365
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

9項

しおりを挟む
    







「まあ女性の格好する男性も都会にはいるって聞くし…可笑しなことじゃないんだろうけど」
「けど変わってはいるじゃん。変わり者だよ、変わり―――フガッ!?」
「な、なんという偏見を!」

 歯に衣着ぬ言葉ではっきりと言ってしまったソラの口を、カムフは大慌てで塞ぐ。
 彼の顔色はみるみるうちに青ざめ、イヤな汗が滝のように流れ出る。
 それが仮に、本当に、『変わり者』だったとしても。それをはっきりと言われて良い顔をする人など滅多にいない。
 聞こえてはいないだろうと願いつつ、カムフはおもむろに振り返り客人へと尋ねた。

「あの…今の話、聞こえては…?」
「変わり者って言っていたわね。というよりも、ずっと筒抜けなんだけど?」

 二の腕を組みながら顰めた顔でそう言う客人の男性。
 カムフは即座に立ち上がるなり、その客人へ深々と頭を下げた。

「すみません! ホントすみません! あの、彼女も無知なもんで! 何にも知らない田舎者なんで! あの、変わった衣装はしてますが、変わり者ではないとおれは思います!」

 と、何度も頭を下げ謝罪する余り、自分でも何を言っているのか解らなくなるカムフ。
 片やその背後ではのんきに疑問符を浮かべているソラ。普段は穏和なカムフであるが、今日これほど幼馴染みの彼女を憎々しいと思ったことはなかった。
 もしこれで客人が機嫌を損ねて帰ってしまうのも問題だが。これをきっかけに悪評判が広まってしまうのはそれ以上の大問題。祖父から大目玉を喰らうどころではない。
 恐怖のあまりカムフはより一層と顔を青白くさせる。
 ―――が、しかし。

「別に良いわよ」

 ため息交じりに返ってきた言葉は予想外のものだった。
 客人は続けて言った。

「…私の美しさなんて、醜いそこのガキには解らないのでしょうから」

 これまた何とも意外な言葉にカムフは目が点になる。
 毒舌には毒舌を、ということなのだろうか。
 不敵に笑ってみせる客人を見て、カムフの汗は尚更に止まらなくなる。

「はあ!? 誰が醜いガキだってさ!!?」

 何故なら、ソラは感情の起伏が激しいからだ。
 案の定、客人の毒舌に怒り狂うソラは、顔を顰めながらソファから立ち上がる。
 鋭く睨み付ける彼女に対して、客人もまた挑発的な笑みで反撃する。

「見た通りのことを言ったまでよ。隠れず真正面から言う度胸だけは認めてあげるけど…その視野の狭い発言は自分の醜態を晒すだけって話よ」
「なっ…!? けど! そもそもあたしガキじゃないし!」

 挑発に乗せられ憤慨する少女と、挑発を一向に止めない客人。
 そんな二人の板挟みになってしまったカムフは両手を挙げながら二人の間に割って入り、何とか宥めようと試みる。

「まあまあ、二人ともとりあえず落ち着けって」

 しかし、一度火の付いたソラは何があっても止まらない―――猪突猛進な性格であることもカムフは重々承知している。だからこそ、せめて客人の挑発は止めさせたいところではあるのだが。

「私は充分落ち着いているわ。このガキが勝手に事実を言われて怒っているだけよ」
「うが―ッ!! もうカムフ、この人泊めなくて良いよ! 追い出して! 出禁にして!!」

 二人は火と油なのか。共に全く言い合いを止めようとしない。

(確かにソラが悪いけども…これは手に負えないって…誰か助けてください…)

 カムフは心の底からそう願い、心の底で涙した。




 カムフの切実な願いが届いたのだろうか。
 間もなくして、祖父の大声が旅館中に轟いた。
 
「お、お客様ッ!!」

 曲がっているはずの腰を真っ直ぐに伸ばしながら、ノニ爺は杖を使うのも忘れて階段を駆け下りる。
 そしてそこから老人とは思えない勢いでソラと、ついでにカムフの背中をはっ叩き、床に付くかとばかりの角度で頭を下げさせた。
 
「申し訳ございません! うちの者らが無礼を!! お気を悪くしたならお詫び申し上げます! なので何卒お許しを!!」

 息が止まるかのような強打を受け、声さえ出せなくなるソラとカムフ。
 その一方で何度も深々と頭を下げ続け謝罪し続けるノニ爺。
 そんな様子を見た客人は白けたとばかりにため息を洩らした。

「もういいわよ。それよりも早く部屋に案内してくれる? 此処へ辿り着くのに随分と疲れたのよ」
「承知致しました。ほらっ! さっさと案内せんか!」

 ノニ爺はもう一度頭を下げると、カムフの背をもう一発引っ叩く。
 言われた通りカムフは叩かれた箇所を優しく労りつつ、「此方です」と接客をする。
 客室へと案内し、階段を上っていくカムフと客人。
 一方で残されたソラは自身の背中を撫でつつも、自分は悪くないと頬を膨らませていた。

「だって向こうが先にガキって言ってきたんだよ! あたしは何も悪いこと言ってないのにさ!」

 自分が先に『変わり者』と言ったことなどとっくのとうに忘れ、ソラはノニ爺に不満を訴える。
 
「それでも客人は客人じゃ! 悪態なんぞ褒め言葉だと思え!」

 しかし彼女の気持ちを汲んでくれることはなく。ノニ爺はいかりのぎょうそうのままエントランスの奥―――食堂の方へと姿を消していった。
 一人になったソラは不満な顔付きのまま、階段の向こうへ消えて行った客人を睨む。

「……あんなのに助けられた? 嘘ウソ、絶対嘘だ! 絶対なんかの勘違いだから!」
 
 そう言って舌を突き出した後、ソラはテーブルでほったかされたままだったグラスの水を勢いよく飲み干した。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

処理中です...