そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

11項

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 カーテン越しに降り注ぐ陽光。
 その光によって目を覚ましたソラはゆっくりと瞼を開ける。

「ん…う…なんだ夢か……」

 ゆっくりと上体を起こした彼女は欠伸と共に背伸びをし、ベッドから起き上がる。
 それから着替えようとタンスへと目を向け、ふと気づく。
 タンスの上に置いてあったペンダント。それは昨日兄セイランから贈られた大切なプレゼントだった。
 そのときの情景を思い返し、ソラの目尻は自然と下がっていく。

「ふへへ~。これは夢じゃない」

 目尻どころか口許も緩み、ご満悦のソラ。彼女のブラコン具合は相当なものだった。
 が、しかし。それと同時に脳裏には昨日の出来事までもが過っていく。
 突然襲い掛かってきた謎の二人組の男。そのとき体験した恐怖は未だ震えるほど記憶されている。
 だが、二人組の男に関しては今度こそ返り討ちにしてやればいいと、言ってしまえば高を括っていた。
 一番の問題は、ソラの危機を救ってくれたと思われる、あの客人―――例の変わり者だった。

(ほんのちょこっとくらいはさ、まあ謝らないといけないってのも解るよ。ほんとにちょっとだけど。けどさ…あんな風な態度のヤツに頭下げるってのはナシ…!)

 思い出すだけでも沸々と湧き上がる憤り。募ったその怒りを拳に乗せて、ソラはタンスを思いっきり殴った。
 が、良い音こそすれどもタンスが破壊されるわけでも、ましてやヒビが入るわけでもなく。
 ただソラの拳を痛めただけだった。

「ぅぅ…絶対に、頭、下げたくない…!」

 そんな唸り声を洩らしつつ、ソラは静かに着替えを始めた。



 着替え終え、階段を下りるとそこにはいつものように椅子に腰を掛ける父の姿があった。
 テーブルには既に朝食のパンやらサラダやらが並んでいる。

「あ、父さん作ってくれたんだ…」

 と、椅子に座ろうとしたソラはそこでようやく気付く。
 テーブルを挟んだ向かいの席にカムフがいたことに。

「あれ、カムフじゃん。どうしたの?」

 幼馴染みが訪ね来ること自体は珍しいことではない。が、客が宿泊している最中は接客が忙しいため、こうしてソラの家にやって来ることは早々ない。
 
「もしかして…あの変わり者が帰ったとか?」
「お生憎様。早朝に何処かへ出掛けて行ったけど、まだ泊まるみたいだぞ。結構な金額貰ったからな。お蔭でじいちゃんなんか年甲斐もなく張り切っちゃってるよ」
 
 ソラはこれでもかってほどの睨み顔をカムフに向ける。
 『なんで追い出してくれないんだ』と訴えるようなその視線に、カムフは吐息を洩らした。

「まあまあ、一応お客様なんだからそんな嫌そうな顔すんなって」

 あからさまに不機嫌な顔を浮かべたまま、ソラはやけ食いのような食事を始めた。
 どうやらカムフが用意してくれたものらしいが、そんなありがたみなど皆無なほど豪快にパンを頬張り、サラダをかき込んでいく。

「……で、カムフは何しに来てくれたの? 朝食の御裾分けで来たってわけじゃないんでしょ?」
「まあ、な…」

 そう言うとカムフの視線はソラの父へと向く。
 二人だけで話がしたいようだと察したソラは、頬張ったパンを飲み込み、牛乳で流し込んだ。

「父さん、カムフとちょっと旅館の方行ってくるね」

 ソラはそう言って椅子から立ち上がる。
 既に朝食を終えていた父は「わかった」とだけ返答すると、杖を付きながら庭園へと消えていく。日課である野菜畑の手入れに行ったようだった。

「じゃあ行こ」
「ああ」

 そうしてソラとカムフは共に家を出た。



 シマの村は今日も相変わらず穏やか―――というよりも静寂としており、聞こえてくるのは鳥のさえずりと葉擦れの音ばかりであった。
 そんな村中を歩きながら、ソラとカムフは旅館へと向かう。
 旅館内も変わらずに静かで。しんとした空気が広がっている。

「…で、話しがあるんでしょ? 何さ?」

 エントランスのソファへ真っ先に座ったソラは、早速カムフへ尋ねた。

「…例の、男のことで……」
「えーっ!? もしかしてあの変わり者のこと? 謝れってこと?」

 ソラの脳裏には例の黒尽くめの客人―――彼女が『変わり者』と呼ぶ青年の姿が過る。
 これでもかというほど眉を顰めるソラにカムフは頭を横に振った。

「違う違う…昨日襲って来たっていう二人組の男のことだ」
「あ、そっち…」

 それならそうとちゃんと言ってよ。と、ソラは向かいのソファに座ったカムフの肩を思いきり叩く。
 痛みで肩を擦る彼を後目に、ソラは言われた通り昨日起こった出来事をもう一度、一から説明した。






     
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