そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
277 / 365
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

27項

しおりを挟む
   






 旅館の前まで辿り着くと、そこではしかめっ面で二の腕を組んで待っているロゼの姿があった。
 如何にも苛立っているというその様子を見つけ、ソラのテンションはがた落ちする。

「……あのさ、やっぱ帰るってのは…だめ?」
「ダメダメ。此処まで来たんだし、それにこういう探索は気晴らしになるだろ?」

 帰さないとばかりにぴったりとソラの背後を歩くカムフ。
 諦めたソラは深いため息を吐いてからロゼのもとへと駆けていった。

「遅いわよ」

 怒りが籠っているようでいないような声。だが苛立っているのは確かなようだ。
 カムフはロゼに愛想笑いを浮かべつつ頭を下げる。

「すみません」
「日が暮れる前には戻るんだから、早く向かうわよ」

 するとロゼは早速、旅館の更に奥。エダム山へと向かう道を歩き始めた。
 さくさくと進んでいってしまう彼の後ろ姿を見ながら、ソラはおもむろにカムフの服を引っ張る。

「ねえねえ。山の探索だってのにまさかあんな格好のままなで行くの? 一応冒険家なんだし、もっとちゃんとした格好すればいいのに…」

 エダム中腹となれば、ある程度の山中散策にはなる。それなのに何の準備もなく全身黒尽くめの衣装のままであるロゼに対し、ソラは不思議そうな顔を浮かべる。
 
「まあ、あれがあの人の冒険スタイルってやつかもしれないし…人それぞれなんじゃないか?」

 そう言って一応擁護しておいたカムフであったが、内心ソラと同意見であった。
 昨夜はあんなにも目を輝かせ宝を見つける気満々といった様子であったが、その割に探索用の服装どころかそれらしい道具―――スコップの一つも持ってはいない。
 まるで散歩にでも行くかのような軽い装いなのだ。

「もしかすると…見つける云々ってよりか、気晴らしの散歩感覚なのかもな。だったら俺らもそういうつもりでいた方が良いってことだろ」

 そう言い残し、カムフはさっさと進んでいくロゼの後を大急ぎで追い駆けていく。
 残されたソラは頬を膨らまし、森林へと消えていく二人を睨んだ。

「こっちは散歩感覚じゃ困るのに…!」






 ソラたちはエダム山の山林を順調に進む。
 森林の隙間から注ぐ日差しとそよぐ風は心地良く。その澄んだ空気は心をも癒してくれる。
 鳥のさえずり、木々の揺れる音。この空間で感じる全てが、ソラは大好きだった。
 こういった場所に弁当を持ってきて、昼寝をしたり釣りをしたりして過ごすのがソラの趣味でもあった。
 賊の魔の手がなければ今日も悠々とその辺の木陰で眠りこけていただろうが、今はそれだけではない。

「こっちにはないよぉっ!!」
「わかったぁ! となると…今度はあっちの方か…」

 鳥たちが羽ばたいて逃げてしまうほどの声を上げつつ、ソラたちは森林内を捜索していた。
 辺りを見渡し、例の書に書かれてあった野の花畑を探している。
 と、ソラは顰めた顔をしてカムフへと歩み寄っていく。
 ソラに気付いたカムフは、額の汗を拭いながら尋ねた。

「どうしたんだ?」
「いや、さ。ホントにあるかどうかは別としてさ……この声で確認しあうのって、意味ある?」
「こうして声を掛け合った方が、互いの位置を確認しあえるし良いってロゼさんが言ってただろ?」
「けどこれじゃああの賊たちにだってあたしたちの位置教えてるようなもんじゃん!」

 ソラの怒声が遠くまで響き渡っていく。
 鳥どころか獣までもが逃げ出しそうな大声を張る彼女に、カムフは宥めながら言った。

「まあまあ…ロゼさんにも考えがあるわけだし」

 しかし、このという言葉が、今のソラにとって何よりも気にくわなかった。
 確かに冒険家である以上、ロゼの方が知識も経験も豊富。ロゼを頼るのは当然だ。
 だがだからといって何でもかんでもロゼを贔屓するカムフが、ソラには気にくわなかったのだ。
 人はそれをと言うのだが、生憎と彼女はそんな可愛い感情に気付かず。
 ソラは何とも言えない苛立ちを、カムフの頬で八つ当たりする。

「いででっ!」
「ふーん。じゃああたしは大声出しながら向こうの方探しに行ってくるから!」

 そう言ってソラは大声で投げやりな歌を歌いながら森の奥へと消えた。
 
「なんで急にただの暴力を?」

 突然の八つ当たりにわけもわからず困惑顔を浮かべるカムフ。
 彼はつねられた頬を押さえつつ、慌ててソラを追いかける。

「って―――あんまり離れると何かあったとき困るから! 待てってソラ!」

 そこで彼はようやくとあるに気付いた。

「ロゼさんも早く追い駆けないと……ってあれ? ロゼさんは…?」

 いつの間にか、近くにいたと思っていたロゼの姿が忽然と消えていたのだ。
 彼らしい黒色の人影どころか、辺りには生き物の気配さえない。
 カムフは今頃になって自分が独りになってしまったことに気付いた。

「うそ、だろ…」







    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...