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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
60項
しおりを挟むロゼの言葉に不満げな顔を浮かべていたジャスティンだったが、彼は咳払いを一つ零すと眼鏡を押し上げながら言った。
「ウオッッホン! ……ま、まあ…そうとも言うかもしれないがな! だがな、自慢ではあるが」
「そういうときは『自慢じゃないが』で切り出すものだけど…?」
「……私はあの男に認められた人間であるのだ」
「そうなの?」
「あの男を知っているなら貴殿も解るだろうが、アイツは常に数手先を読んでいるような男だ。だからこそ! この私の知性が必要だと思ったからこそ、わざわざ、直接、こんな僻地への左遷を命じたのだろうと私は推測しているのだよ!」
誇らしげに語るわりにその表情はまさに苦虫を噛み潰したようなもので。
ジャスティンが語る内容に心当たりがあるロゼとしてもそれは真実なのだろうとため息を吐く。
「それで? 貴方は私を引っかけたくて、わざわざ此処までやって来たのかしら?」
「いや、あくまでも重要事項は灰燼の怪物に対する警告だ。あの男が何の目的で私を動かしているのかは知らんが…アイツにとって灰燼の怪物が動き出す事態までは流石に想定外だったのではと思ってな。貴殿も何をどう頼まれ此処を訪れているかは知らんが、アイツを知っているならば話は早い。一刻も早く『鍵』を私に渡して―――」
「さっきも言ったじゃない。『鍵』は誰にも渡さないわ。例え貴方が彼の味方だとしてもね」
即答で断られるという予想外の返答にジャスティンは口をへの字に曲げる。
冷静さを保つためか、何度も眼鏡を押し上げつつ彼は言う。
「し、しかし…灰燼の怪物の残虐非道な大罪の数々については貴殿も知っているだろう? だとすれば事態は急を要するのだ。選択一つ、一歩間違えればこの村自体が壊滅状態にされかねんのだぞ?」
「解っているわ。村が襲われる危険性も、最悪の事態が想定されることも……それでも、私は『鍵』も…あの子たちも守るわよ。そのために此処までやって来たのだもの」
言葉以上に揺るぎない自信に満ちた双眸を、ジャスティンに見せつけるロゼ。
それはまるで自信を通り越して、これが使命なのだと言わんばかりのようで。ジャスティンは思わず閉口してしまう。
「そもそも…灰燼の怪物がこの村へやって来るという確証もまだないでしょ。だったら、今は下手に狼狽えるより静観していた方が返って安全よ。あの子たち的に、ね」
そう言うとロゼは先ほどまでの敵意の眼差しから打って変わって、穏やかな笑みを浮かべた。
その不敵とも取れる笑みを見せつけられ、ジャスティンは深いため息を吐く。
「……なるほどな。あの男が寄越しただけのことはある。というわけか…ならば致し方ない。認めたわけではないが、取り敢えずこの村については貴殿を信じて任せよう。が、しかし。何か異変があれば即座に緊急通信で連絡しろ。いいな!」
指先をロゼへ向けながら語気を強め話すジャスティン。
彼の言動に深い深いため息を吐き出しつつ、ロゼは「わかったわ」とだけ返した。
「では、私は一旦支部へと戻る―――と…だが、その前に一つだけ良いか?」
引き返そうとしたその足を不意に止め、ジャスティンは尋ねた。
「……貴殿の顔を見かけたことがあるような気がするのだが…もしや私といつか何処かで会ったことはなかったか…?」
その言葉に一瞬だけ目を見開くロゼ。
だが次の瞬間にはいつも通りの不敵な笑み浮かべて返した。
「何それ? もしかして私を口説いているつもり? まあ私の美しさを考えれば当然の行為でしょうけど」
その口振りは冗談やからかいの類であるのは明らかなのだが。それでもジャスティンは真に受けたようで、顔をこれでもかというほど真っ赤にさせてかぶりを振った。
「ななななっ!? そ、そ、そんなわけがなかろう! もう良い! 私は帰らせてもらうからな!」
紅潮した顔を隠すべく即座に背を向けると、ジャスティンはドカドカと乱雑に歩きながら来た道を戻っていった。
(だがしかし……記憶力には誰よりも自信があるというのに、はっきりと思い出せんこの感覚……あの男は一体何者なんだ…?)
ジャスティンはそんなことを考えつつ、何度も首を左右に傾げながら村の中へと消えて行く。
不機嫌そうに去っていく彼の背を見送ったロゼは静かに踵を返す。
それから、深いため息を吐き出しながら手ぬぐいに顔を埋めた。
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