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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
74項
しおりを挟む背後のソラの指先に気付くことなく、ロゼは灰燼の怪物の前へ立ち対峙する。
「―――確かに貴方の爆炎の威力に、今の私は叶わないでしょうね」
灰燼の怪物は転んだ拍子についた土埃を払うとニット帽を目深に被り直しながら口角を吊り上げた。
「あ? 今生の別れは済んだんか? それとも…勝てないと解ったから『鍵』を渡して命乞いでもする気ぃか?」
ロゼの手にはソラから奪い取った『鍵』が握られていた。
傍目には指先大の水晶が取り付けられた、至ってシンプルな作りのそれにしか見えない。
何故それが『鍵』なのか。それは『鍵』の正体を知る兄でなければ解らない。
そう、ソラは思っていた。
「どちらでもないわ。なにせ私に醜い敗北は似合わないのだから」
と、ロゼは『鍵』を掴み、それを自身の首筋―――チョーカーに当てた。
ソラはすっかり忘れていたが、丁度そこにも『鍵』と同じ大きさの水晶がはめ込まれていた。
カチンと、水晶同士が重なり合う。
直後。『鍵』とチョーカーの水晶が同時に閃光を発した。
思わず目を覆ってしまうほどの眩い光に、ソラも灰燼の怪物も自然と目を閉じていた。
「な、なんや!?」
眩い閃光は周囲を包んだものの、一瞬にして終わった。
恐る恐る目を開けるソラ。
彼女はそこにあった光景に言葉を失った。
(な…何で……!?)
それは兄から贈られた拙いプレゼントのはずだった。
世界でたった一つしかないただのペンダントだと思っていた。
だが、しかし。それは違ったようだった。
閃光が止んだ先に立っていたロゼは、その艶やかだった黒色の髪が、煌びやかな金色へと変貌していた。
「か、髪の色が変わった!? ちゅーか何であんさんが『鍵』の使い方知っとんねん!? いや……なるほど…『鍵』についてはともかく。髪の毛に関しては元の髪色に戻った言ーほうが正しそうやな……」
気のせいか、ロゼに纏っている風も先ほどとは何かが違うようにソラは感じた。
先ほどよりも重厚に、かつ鋭い刃の如く。風が揺らめいているようだった。
「そう…ここまで抑えていた力を解放したから元の髪色に戻ったのよ。それと、この状態に戻ったからには手加減はしてあげないから」
「ハハッ……随分と上から目線やなあ…そないなふざけた台詞はガキの年齢までにしときいや…!」
八重歯を剥き出し、まるでご馳走を前にして無邪気にはしゃぐ子供のように笑みを浮かべる灰燼の怪物。
それとは相対してニット帽の奥に隠した瞳は獲物を前にした獰猛な獣の如く、ギラギラと輝かせている。
と、灰燼の怪物は次の瞬間。地を蹴りロゼの間合いへと飛び込んだ。
ロゼが動き出すよりも素早く懐へと入り込み、服袖から取り出したナイフを喉元目掛け薙ぎ払う。
確実にその刃先はロゼの喉元を掻っ捌いた。と、思われた。
だが、しかし。
いつの間にかそこには、喉元どころかロゼの姿さえない。
―――その刹那。
殴られたかのような衝撃が灰燼の怪物を襲った。
しかし実際に殴られたわけではなく、それは突風による衝撃だった。
「ぐっ…はッ!!」
呻き声を上げながら宙へ吹き飛ばされる灰燼の怪物。
が、彼は咄嗟に身じろぎながら両手から炎を噴き出し、辛うじて森林の中へ着地する。
炎に当てられた木々は瞬く間に爆ぜる音を立てながら焼かれていった。
「ハハッ…こないな一撃初めてやわ……まあ同じ『エナ使い』に会えたもんも初めてなんやけど―――気に入ったわ…ロゼ…名前覚えたでぇ! あんさんならオレを……満足させてくれる…!」
口端から流れる鮮血を拭いながらそう叫ぶ灰燼の怪物。
彼は高笑いながらまたしても両手に炎を生み出し、周囲を爆発させていった。
「とことんやり合おうや…なあ、ロゼ!!」
燃え上がる炎と爆発を喰らい、森林はみるみるうちに姿を変えていく。
いつもあった日常の光景が、真っ赤に塗りつぶされていく。
「やだよ…こんなの……」
火の手はソラの家にまで迫っていた。
思い出のいっぱい詰まった我が家。
煙たさのせいかソラは咽返り、そして涙が溢れた。
「ほらほらどないしたん? オレはここやで! けどこれやと手も足も出せへんやろ!」
まさにその様は火を噴く山の如く。
灰燼の怪物は両手を上下左右に振り回し、炎を放ち続ける。
勝ち誇ったように歪めた笑み。その額からは汗が流れ落ちていく。
が、その瞬間だった。
「―――醜い炎ね…それじゃあ風には勝てても私には勝てないわよ」
突如耳に入ってきた声。
彼の死角からロゼが姿を現す。
灰燼の怪物が身構えるよりも素早い身のこなしで、ロゼは彼の後頭部を一蹴した。
確実な一撃にぐらりと揺らぐ灰燼の怪物。
しかし、それで終わりではない。
「言ったわよ。手加減はしてあげないって」
ロゼが掌をひらりと左右に薙ぐと、その直後。
灰燼の怪物へ無数の刃が襲う。
「なっ!? んや、コレ…!!」
その目に見えない風の刃に抵抗も出来ず。
灰燼の怪物の身体はナイフに弄ばれるかのように、次々と切りつけられていく。
「がッ…ぐはッ…ぎゃッ……!!」
反撃の暇も、反論の隙も与えられず。
灰燼の怪物の耳に最後の言葉が届く。
「―――それじゃあ、おやすみなさい」
すると、何処からともなく吹き荒れた豪風によって、灰燼の怪物は空高く吹き飛ばされていく。
手も足も出せなかった、呆気ない敗北。その屈辱と高揚感を胸に、彼は意識を失う。
そうして、負けた烏が逃げて帰るかの如く、怪物は闇夜の彼方へと消えていった。
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